宗教改革の新しい研究を知るための日本語文献ガイド

宗教改革の新しい研究を知るための日本語文献ガイド

日本では余り盛り上がりませんでしたが、2017年は宗教改革研究にとって重要な節目になる年でした。何故なら、1517年にドイツの神学者マルティン・ルターが『95箇条の提題』を公表してから500年にあたる年だったからです。

世界史の教科書にも載っているこの出来事が、長らく宗教改革のはじまりだと考えられてきたために、2017年は宗教改革500周年として(主にドイツで)大々的に祝われ、日本でも海外でも宗教改革に関する本や論文が無数に出版されました。

宗教改革研究は、この10年、あるいは5年の間でも急速に変化しています。研究の進むスピードが非常に早く、一昔前の研究と今では宗教改革に対する見方が大幅に変わっているので、宗教改革について関心を持っている方、例えば大学で宗教改革について卒業論文やレポートを書こうとしている学生などは注意が必要です。

ということで、今回は、宗教改革の新しい研究を知るためにはどんな本や論文を読めば良いのかをご紹介します。

1 世界的な宗教改革研究の流れを知るために

近年の宗教改革研究の大きな変化は、主に英語圏の研究が震源地になっています。2017年前後には、英語をはじめとした様々な言語で山のように研究が出ました。宗教改革研究も他の歴史学の分野と同じように、とにかく公刊される数が多く、しかもテーマによってかなり細分化されているので、なかなか全体の動向を把握するのは難しいです。

私は、近年の宗教改革研究では、以下の三つの視角が影響力を強めていると考えています。

1. 複数形の宗教改革
2. 長期の宗教改革
3. グローバルな観点から見た宗教改革

一つ目の「複数形の宗教改革」は、宗教改革の多様性を強調する傾向のことです。以前は、宗教改革というと、ルターやカルヴァンといった有名な神学者やルター派や改革派(カルヴァン派)といったプロテスタントの主流派教会が行ったものだと見なされてきました。

しかし、近年では、再洗礼派や心霊主義者のような宗教改革から生まれたマイノリティ、さらには長らく宗教改革の敵だと見なされてきたカトリックも宗教改革の担い手だと考えられています。このように宗教改革は、様々な人々によって行われたと考えられるようになってきたので、特に英語圏では、宗教改革を単数形の「The Reformation」ではなく、複数形の「The Reformations」で呼ぶ研究者が増えてきています。

二つ目の「長期の宗教改革」は、宗教改革は長期にわたって進んでいった運動だと考える見方のことです。少し前までは宗教改革は概ね1517年のルターの『95条の提題』で始まり16世紀半ば頃に終わる16世紀前半の出来事だと考えられてきました。

しかし、近年は、宗教改革は一方では中世後期と連続していること、他方では16世半ば以降も続いていたと考えられるようになってきました。そのため、宗教改革は、中世後期から17~18世紀、場合によってはさらに長期的な運動だと考えられるようになってきています。

三つ目の「グローバルな観点から見た宗教改革」は、宗教改革はヨーロッパだけに限定された現象ではないという視角です。宗教改革というと、従来ルターの国であるドイツを中心としたヨーロッパの出来事だと考えられてきました。

しかし、この10年くらいで、アジアやラテンアメリカなどヨーロッパ外の諸地域との相互関係の中で、宗教改革を考えねばならないという見方が強まりました。これは、歴史学で「グローバルヒストリー」の影響力が強まってきたためです。このような見方からすると、カトリックのイエズス会が日本で行った宣教やキリシタンも宗教改革研究の対象に含まれるということになります。

このような三つの視角に整理して新しい宗教改革の研究動向を概観したのが、2018年に私が書いた論文です。2017年前後に出た新しい研究をたくさん紹介しているので、世界的な宗教改革の研究動向を知るには、先ずこの論文を読むのが一番手っ取り早いと思います。

永本哲也「拡散と収束-複数形、長期、グローバルな観点による宗教改革像の黎明」『歴史学研究』975、2018年10月号、18-26頁。

同じく上の三つの視角から宗教改革の研究動向をまとめたのが、東京大学出版会の雑誌『UP』で2017年に掲載された「広がる宗教改革」という全4回の連載です。この連載では、私を含む4人の研究者が「長期の宗教改革」「グローバルヒストリーの中の宗教改革」「複数形の宗教改革」について紹介しています。こちらは個々の研究をより詳しく紹介しているので、上の論文と合わせて読むと理解が深まると思います。

原田晶子「中世後期への拡大-中世と連続する大変革(広がる宗教改革1)」『UP』539、2017年9月号、12-18頁。
鍵和田賢「『未完の』宗教改革 宗教改革はいつ終わったのか?(広がる宗教改革2)」『UP』540、2017年10月号、42-45頁。
井上周平「グローバル・ヒストリーのなかの宗教改革(広がる宗教改革3)」『UP』541、2017年11月号、36-39頁。
永本哲也「広がっていく宗教改革『像』 その複雑さに迫ろうとする試み(広がる宗教改革4)」『UP』542、2017年12月号、1-4頁。

英語圏を中心に研究動向をまとめた私とは異なり、主にドイツの状況を紹介したのが、高津秀之の以下の論考です。前半部分では、ドイツで行われた宗教改革500周年に関わる展覧会などの記念イヴェントを紹介しています。

後半では、宗教改革500周年の宗教改革史研究には、「グローバル化」と「エキュメニズム」という二つの傾向があったとまとめています。「グローバル化」については上で説明したとおりです。「エキュメニズム」は、様々な教派に分裂したキリスト教の諸教会の一致を目指す運動のことです。高津は、エキュメニズムの観点からルターの宗教改革運動を論ずる場合、一方ではルター以前のカトリック教会内における改革の動きとの連続性、他方では世俗化や宗教的中立化や多様化に至る過程に与えた影響が重視されることになると述べています。(91頁)

高津秀之「歴史の眼 宗教改革500周年:2017年の記念イヴェントと研究動向について」『歴史評論』815、2018年3月号、88-93頁。

2017年にドイツ各地で行われた宗教改革500周年記念のために行われた行事を通して、現代ドイツにおけるルターや宗教改革に対する見方を検証し、現在の宗教改革研究の課題を浮かび上がらせたのが、踊共二の以下の論文です。重要な提言が多数含まれているので、宗教改革研究に関心がある人は必読です。

踊共二「創られたドイツ宗教改革―現代史的考察―」『武蔵大学人文学会雑誌』50-1、2018年12月、1-33頁。

宗教改革研究と密接な関係があるのが宗派化論です。宗派化とは、16世紀半ば以降にヨーロッパで教会と国家が支配領域の宗派的統一性を確立するために推進した運動ないし政策のことです。

日本では、踊共二が2011年に宗派化論を紹介した記念碑的な論文を出しましたが、2018年にはより新しい研究動向を紹介した論文が刊行されました。次第に扱う時代の範囲が広がっている宗教改革研究と宗派化研究は既にかなり程度重なっているため、宗教改革研究に関心がある人は、宗派化研究の動向も把握していくことが必要になっています。

踊共二「宗派化と世俗化の歴史解釈-ヨーロッパ史からグローバルヒストリーへ」『東欧史研究』40、2018年、1-12頁。
踊共二「宗派化論-ヨーロッパ近世史のキーコンセプト-」『武蔵大学人文学会雑誌』第42巻第3・4号、2011年、221-270頁。

2 日本語の新しい宗教改革研究を知るために

これまで紹介してきた文献では、英語やドイツ語といった外国語で出された新しい研究の紹介が中心にななっています。そのため、これからは日本語の宗教改革研究を探す際に知っておくと便利な文献を紹介します。

宗教改革研究は現在進行形で急速に変わっているため、残念ながら新しい宗教改革像はまだ確立されておらず、研究者にとっても非常に分かりにくくなっています。その中で、「複数形」「長期」「グローバル」などの新しい視角を組み入れながら、簡潔に宗教改革の全体像を描いているのが、踊共二による以下の論考です。8頁と短いですが、非常に重要な論考だと思います。

踊共二「世界史の中の宗教改革」『歴史地理研究』873、2017年12月号4-11頁。

宗教改革研究は、様々なテーマによってかなり細かく細分化され、各テーマについて多数の文献が存在しています。これは日本でも同様です。日本語の宗教改革研究で、どのようなテーマが扱われているのか、どんな文献を読めば良いのか悩んだときに大変役に立つのが、森田安一による以下の紹介です。

森田はこの中で、主に21世紀に入ってから公刊された日本語のドイツ宗教改革研究を、「正統派宗教改革者としてのルター」「宗教改革急進派」「都市の宗教改革」「農村の宗教改革―農民戦争」「諸侯の宗教改革」さらにこの分類に入らないコミュニケーションや女性に分類して紹介しています。

森田安一「附論 日本のドイツ宗教改革史研究-過去・現在・未来」踊共二編著『記憶と忘却のドイツ宗教改革-語りなおす歴史 1517-2017-』ミネルヴァ書房、2017年、313-327頁。

2017年前後には、日本でも宗教改革関連の本が大量に出版されました。その一部を紹介しているのが、伊勢田奈緒による以下の論考です。様々な文献の紹介がされているので、何を読むかを考える際に参考になると思います。

伊勢田奈緒「2017年の宗教改革についての出版本を考える―キリスト教史の視点から」『キリスト教史学』72、2018年7月、53-59頁。

この数年で出た宗教改革研究は日本語だけでもかなりの数になりますし、海外の文献も含めればほぼ無数と言って良い膨大な数になります。急激に変わりつつある宗教改革研究の動向を把握するのは簡単ではありませんが、逆に言うと、大きな変化が様々なテーマで起こっている状況なので、研究するには大変面白いと思います。この日本語文献紹介が、宗教改革研究に関心を持つ方々に少しでも役立てば幸いです。

追記

まだ宗教改革について余り良く知らず、最初に何を読めば良いか分からないと思っている方は、以前私がブログで書いた「宗教改革を研究したい場合先ず何を読めば良いのか?」という記事もご覧下さい。

https://saisenreiha.hatenablog.com/entry/20140802/1406999820

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歴史学の研究者。専門はミュンスターと低地地方の再洗礼派、ノイヴィートの宗教的寛容。共編著『旅する教会 再洗礼派と宗教改革』。単著『ミュンスター宗教改革』。 業績一覧。https://researchmap.jp/saisenreiha/