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クズの城④ 虎と龍と城と

クズかしむかしの戦国時代

北の海を制する龍、と呼ばれた最強の大名と・・・

山々を背にする、虎と呼ばれた最高の大名がいた。


これは、そんな・・・

最強の大名と、最高の大名のお話・・・では、ない。


永禄、元亀、天正。

こんな元号を並べられても

なんのこっちゃ、と思うかもしれない。

まあ、平たく言うと

虎や龍のように、強い戦国大名たちが

日本のあちこちを暴れまわっていた。

そんな時代だ。


そりゃ、暴れる本人も

家臣たちも、ニホンを平和にしようと思って

頑張ってはいるんだろうが、弱くて

臆病で、ただ生きていければいいと思う

人間たちには、たまったものではなかった。


虎と龍に挟まれて、それだけでなくて

でっかい山や谷にも挟まれた

北信濃の奥地に

クズと呼ばれる、小さな里があった。


日当たりが悪いから、作物をつくっても

クズのような作物しか採れない、という理由で

そう呼ばれたともいうし


かつて、山が大噴火を起こしたせいで

クズのような小石が、じゃらじゃらと

あちこちに落ちこぼれているからだともいうし


あるいは、九匹の龍が

産み落とした巨大な山々に囲まれているからだとも、いう。


ほんとうのことは、誰にもわからん。


だが、ここにひとつ問題があった。

戦国の世というのに・・・

その里を治める大名は、弱かった。

氣が弱いだけでなく、名前までも弱かった。

その名を、弱杉セーゲンと言った。

第一に、子供のころのケガをきっかけに刃物が握れない臆病者だった。

第二に、人間どころか、生き物を殺すのが嫌いで戦いどころか喧嘩や

罵りあいにも耳をふさぐ始末。

第三に、力もなければ

たいして知恵もあるように見えない、正真正銘の臆病者じゃった。


ただし、セーゲンが、たった一つ得意だったことがある。

それは、ソロバンじゃった。そして、ちょっとずつ銭を貯めるのが大好きだったのじゃ。


そして、村の百姓たちと一緒に出稼ぎに

出かけては、使わなかった小銭を

壺のなかに、一枚、二枚と

貯め続けておるのじゃった。


貯めた銭を、ソロバンで計算し

いつ、どれくらい、どこに貯めたのかを

きっちりと計算しておった・・・。


ところで、セーゲンが弱いのかといったら、その部下たちも

弱虫ぞろいで、カタナや武器なんぞほったらかして畑仕事や、子育てや、山菜取りにばかり精を出しておった。

ただ、セーゲンに似て、みな穏やかで

殺し合いや奪い合いのない、小さな郷には

小さくとも、幸せな毎日があった。

良き農の地には、動物もたくさんいて

猿や馬やイノシシも、たいへん

幸せに暮らしておった・・。


クズは、とても小さな里で

北信濃のなかでも、奥まった

本当の山奥なので、こんな山奥の里になぞ

誰も攻めてこんじゃろ・・・と

里のものたちも、どこかタカを括っておったのかもしれぬ・・・。


だが、そんなクズの里にも

戦国の大津波が押し寄せてきた。


海の龍と、山の虎の戦いが

北信濃の大地で始まったのだった。

いまも、日本の歴史に名を残すこの

戦いを、のちの世では川中島の戦いと言ったとか、言わないとか・・。


ともかくも、海の龍を称する武将から

クズの里に、使いがやってきた。


「かくかく、しかじかの理由でワシは不義非道の徒である、山の虎を

打ち滅ぼすことにした。我が旗のもとに集い、配下となって戦え」


同じころ

「北の龍、手前勝手な正義を振りかざし迷惑するところ大である。

我が陣に加わって、今回の戦の道案内を務めよ」

そんな使いが、山の虎を名乗る武将からもやってきた。


一度目の誘いは、当主である

「セーゲンが病に臥せておりますので」

と、断った。


二度目の誘いは

「村に疫病が流行っておりますので」

と断った。

三度目の誘いは

「コメが不作で、兵を連れて行っても

腹を空かせてしまって、お役に立てそうもない」

と断った。


それでも、龍の大名と

虎の大名から、しつこく

我が味方に加われ!という誘いがやってきた。

お使者は、かんかんになってものすごい

剣幕・・・。


仏の顔も三度まで、という。

いよいよ断る言い訳も思いつかない。


さてさて、どうしたものか・・・

セーゲンは、すっかり困り果ててしまった。


そのころ、クズの城には

不思議な軍師がいた。


軍師とは、大名のそばにあって

戦のやり方を教え、人々を守るための

大切な仕事だった。


ところがどっこい、この軍師もまた、弱虫じゃと

噂された。ただ、弱いではあるが

その代わりに、不思議な賢さを持ち合わせていた。そして、なぜだかいつも猿と一緒に暮らしていた。


その名を、ゴンスケといって

どこからか流れてきて、いつからか

クズの城に雇われて暮らすようになったという。


セーゲンは

ゴンスケに、ことの次第を説明し相談した。


「かくかくしかじか、龍の殿様と

虎の殿様が戦するとのこと。どちらも

我らに味方せい!と言ってきておる。

どうすればよいじゃろ?」


ゴンスケは、言った。


「そうさな、それならば

クズの里のお侍衆を二手に

わけなされ。家中、龍の殿様、虎の殿様、どちらに

お味方するかご意見まとまらず、真っ二つに割れ申した。

ついては、どちらにも

お味方いたす。そのかわりに、条件をお出しなされ」


「ほう、条件とな?」


「われら、この土地のどこに

山があり、川があり、谷があるかよう存じております。

ついては、ぜひ軍勢の先方をお申し付けくだされ、と」


「しかし、それでは

我らクズのサムライたちが、合戦場で殺しあうことになりはしまいか?」


「それについても、策がござる、ごにょごにょごにょ・・」

ゴンスケは、なにやら小さな声でつぶやいた。


そして、セーゲンは言った。

「その手があったか!よし、そうしよう」


カンスケは、村の鍛冶屋や

サムライどもに、こう命じた。


「よいか、皆の衆。これより、クズの里の

カタナは全て刃引きしてしまえ。槍の穂先は、先が人に刺さらぬように削いでしまうのじゃ。

弓は矢じりのトンガリをけずりとって、人に刺さらぬように。

里にある武器という武器を、すべて人が死なぬように作り変えるのじゃ」


セーゲンは、龍と虎の大名のお使者にこう伝えた。

「龍の殿様も、虎の殿さまも

どちらも偉大なお方じゃ、と家中の意見、真っ二つにわれもうした。とうとう手のつけられぬありさまゆえ、我が弟、テーゲンに100の兵を与え

虎の殿さまに。我は100の兵をもって、龍の殿様にお味方いたす」

と双方のお使者に申し送り、出陣することにした。


そうして、戦の始まる前に

村人総出で、武器という武器を

役に立たないものに作り変えてしまった。


山間のひらべったい盆地、川に挟まれた

カワナカという土地で、とうとう戦が始まった。


幾日も幾日も

龍と虎はにらみ合いを

続けていたが、ある霧の深い秋の夜

とうとう、しびれを切らした龍のほうから

虎にせめかかった!!


いずれの先方も、ヨワスギの軍勢が

先陣を仰せつかっていたため、双方が

激しい戦いをする・・・


フリ、をしたのじゃった。

激しく飛び交う矢は、矢じりのない

あたってもケガのないもの。

矢もカタナも刃引きされ、思いっきり

ひっぱたいても、人の殺せないものに

なっていたため、双方激しく戦っても

誰一人死なぬよう、工夫がされていたのじゃった・・・・。


わー

ぎゃー

わー

どかーん

ばきーん

と激しく戦う!ふりを

数時間つづけ、双方、見事全滅!!

のフリをした・・・。


出陣の前から

念入りに、戦いのフリと

死んだフリの練習をしていたため

傍目に見れば、勇猛果敢!全滅で死体になった!

と思わせるに十分な演技じゃった・・・。


そうして、ヨワスギの軍勢は

なんとか、四回目のカワナカの合戦を

切り抜けた・・・。


龍と虎の軍勢は、数時間も激しく

殺しあって、どちらも我が勝ちじゃ!と

叫びながら引き上げていった


・・・そうして、日が暮れて合戦の終わったころ、セーゲンはただ

逃げ帰るだけでなく、あることを部下たちに命令した。


「よいか、者ども、ゴニョゴニョゴニョ・・・じゃ」

「ははー、ゴニョゴニョゴニョ、でござるな?了解いたしました」


焼野原から、死体だったはずの

200人の軍勢は、なにやら真夜中の合戦上で

あることをし遂げると・・・夜の闇のなかを、しずしずとクズの里に帰っていった・・・。


だが、打ち捨てられたニセの武器・・。

これが後にトンでもないことになるとは

セーゲンも、ゴンスケも

ヨワスギの者どもも

だあれも想像していなかった。


そのとき、カワナカの合戦跡では・・・

戦場に捨てられた刃引きのカタナや槍。

矢じりのない、人に刺さらない矢・・・。

これらの残骸が・・・

龍の軍勢と、虎の軍勢のサムライたちに

見つかってしまったのじゃ。


虎の軍勢の本陣・・・

「お館さま、これを御覧くだされ」

「なんとな、このカタナでは人を殺すことできないではないか!

おのれ、ヨワスギの者ども、戦国の虎と呼ばれるこのワシをたばかるとは!」


龍の軍勢では・・・・

「との、これを!」

「むむ、矢じりのない棒だけの矢。これは、壊れたのではなく

あらかじめこう細工しよったな?」

「ははー」

「つまり、あの者どもは余を騙したというのか・・・戦国の龍と呼ばれる

余を騙すとは許せぬ」


・・・冬になり、合戦が休みになった。本来、めでたい正月が

やってくる季節に・・・

だが、怒りに燃える龍と虎は何事かを示し合わせたらしく、本来、仇敵だったはずの龍と虎の大名さまから同時にお使者がやってきた。


おっかない赤い顔のサムライが言った。


「ヨワスギの者ども、武士が雌雄を決する戦場にて、ダマしや演技をして、自分たちだけが生き残ろうとは甚だ不遜」


筋肉りゅうりゅうの青い顔のサムライが言った。


「そのほうども、戦国武士の風上にも置けぬ。雪が溶け春になったならば

軍勢をもって攻め滅ぼすゆえ、覚悟いたせ。申し開きは一切聞かぬ」

そういって帰っていった。


・・・とうとう、もう

どんな嘘も演技も通じない。

セーゲンは、困りはてた。いやもう、打つ手なしじゃ、いっそのこと

ワシだけ切腹して、首をもって降参してしまおうか?そんなことも考えた。でもな・・・首は一つしかない。降参するといっても

どちらか片方にだけしか降参できぬのじゃ・・・。そうしたら、結局殺し合いの渦に

巻き込まれるしかない。セーゲンは、軍師ゴンスケに相談した。


「かくかくシカジカで、春になれば

龍と虎の軍勢が攻め寄せる。まだ打つ手はありや?」


ゴンスケは、しばらく考えてから言った。

「乾坤一擲、最後の手がござる。」


「なんとな?戦国最強の龍と、虎が攻め寄せても

まだ勝つ方法が?」


「勝つのはござらん。勝ち負けをまず忘れられよ。

これは、ただ、みなで生き残るため、だけの方法でござる」

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


そうして、桜の咲き誇る

春がやってきた。だが、春だけでなく虎の軍勢が

万の兵をつれてクズの里を取り囲んだ。


真っ赤なカブトやヨロイに

身を包んだ軍勢は、粛々と春の野原を

進んでゆく。そして、どんどんとクズの里に

近づいてくる。だが、クズの里に近づくには

細い谷のなかの道をくぐらねばならぬ・・・。


だが、そのような

場所がもっとも襲われる危険があることを

知らぬ、虎ではない。


一部の隙もなく、物見の兵や

見張りの兵を歩かせながら、油断なく

軍勢は前へ前へと進んできた。

虎の殿様 「ぬかりなく包囲しておるか?」

物見の兵「ははー、あと四里も進みますればクズの里。あの者どもの兵は、およそ200人。

当方は1万の軍勢でござりますれば、あっというまに殲滅できましょう」


・・・粛々と進む軍勢。だが、春の晴れた日じゃというのに

なにやら、雨音がしてきた。


こつーん

こつーん・・・


雨音は、軍勢が進むほどに

はげしく、早くなる。


こつーん

こつーん

こつーん


「なんじゃ?」

「・・・雨か?」

「あっ!」


雨ではなかった。

戦国の軍勢は、かならず

足軽、旗持ち、侍大将の複数人が

ひとつの組をつくっておる。

そのうち、侍大将のカブトだけを目掛けて

石が降ってきたのじゃ。


こつーん!

こつーん!

こつーん!

凄い量の石つぶてが、だが

正確に、侍大将のカブトだけを

めがけて森の中から飛んでくる!


「やや!これは石じゃ!森のしげみから

石がふってきておる!」

「バカ者!降ってきておるのではない!何者かが

森の中から、我がほう目掛けて石つぶてを投げてきておるのじゃ!」

「おのれ!弓隊!森の中に弓を!」

「待て待て!お館さまの御指図あるまで弓を射かけてはならん!」



「なに、石つぶてとな・・・。だが、石で戦う部隊なら

当方にもある。バイセキを呼べ」


石組のサムライ対象 穴山のバイセキが

呼び出された。


「バイセキよ、当方の石つぶて組でもって、あの森のなかにおる

者どもをつぶせるか?」


「ははーっ、とてもとても。我ら虎の軍勢にも

石を扱う兵はおりますが、森に逃げ込んだ者どもに

石をなげても効き目はありませぬ。それに・・・」


「それに?」


「みたところ、あの森から我がほうまで

2町の距離がありもうす。当方の兵どもの石があたるのは

せいぜい1町。よほど屈強な石部隊が控えておるものかと・・・」


「むむむ・・・あいわかった。

よいか、まだ戦を始めてはならん。まず、石を投げられた

侍大将のカブトがいくつあるのか、数えよ、それまで

軍勢はここで停止とする」


そうして、虎の殿様は

石つぶてで、歪められた侍大将のカブト

前立てを壊された侍大将のカブトをひとつずつ

数えさせたのじゃった。


ひとつ

ふたつ

みっつ・・・


全部数え終わると、ざっと

400のカブトが壊されていたことが分かった!


「お館さま、400人の侍大将のカブトが壊されておりまする」

「クズの軍勢は、いかほどの人数と申したか?」

「は、ざっと200人ほどかと・・・」

「それでは、勘定が合わぬではないか?人は同時に両手で石を投げると申すか?

あるいは、200人の軍勢全員が、石を扱う達人なのか?」


虎の軍勢の石組頭 バイセキは言った。

「そのようなことは、ありえませぬ。石は必ず、片手で投げ申す。そして、石を扱うにはまず、目が良くなければなりませぬ。ただ止まっている木や岩を狙うのではございませぬ。動く軍勢のなか・・・しかも侍大将だけを狙うとは、よほど足腰の練れた、石を扱う猛者が400人以上いると考えねば・・・。おそらくは・・・何者かが、クズの軍勢の加勢に加わっておるかもしれませぬ・・」


虎の殿さまは、しばらく考えあぐねた。

そして、こう言った。


「さらにもう一里、軍勢を前にすすめる。もし、石つぶてが

降ってきても、けっして相手方に矢や鉄砲をいかけてはならぬ」


しずしずと、赤い軍勢は谷底の道を

前へ、前へと進んだ。


案の定、また雨音がしてくる


こつーん

こつーん

こつーん


前へ、前へと

進むほどに、雨音は強くなる。

だが、これは雨音ではなく

石つぶての音だった。


「軍勢!とまれ!とまるのじゃ!お館の命令じゃ!!」


「今度は、どこを狙って石を投げてきておる?」


「ははー、先手の足軽どもの陣笠を狙って居るようにございます」


「では、石をぶつけられた陣笠を数えてみよ」


ひとつ、ふたつ、みっつ・・・

数えてみたならば、およそ800人の足軽の

陣笠‘’だけ‘’を狙って、森の茂みから石を投げつけてきたのじゃった・・・。


虎の殿様は、言った。

「いかに加勢があるとはいえ、800もの石つぶてを

森の茂みに臥せておるとは・・・あなどれぬ・・・良いか、城を取り囲む

までいたずらに刺激してはならぬ」


さらに軍勢を前に進めると、おかしな光景にであった。


あかあかと

燃える焚火・・・。

その焚火のなかには、弓、槍、カタナ、ヨロイ、カブト。

ありとあらゆる武器が、大きな焚火のなかに燃え盛っている。


赤い軍勢のサムライは、口々に叫んだ。


「こりゃ、なんじゃ!?」

「降参するっちゅうことか!!」


物見の兵は、すぐさま

虎の殿様に、このありさまを伝えた。


「お館様、かくかくシカジカ、ヨワスギは降参するということでしょうか?」

しばらく、考えあぐねた虎の殿様が言った。

「この戦、かりに勝っても、われらの負けよ」

「はへほ?そりゃまた、どうして?」


「良いか、あの者どもは武器を焼き払った。これは、サムライを辞めて降参するという

意味にもとれる。だが、こうともとれる。武器なしで、石つぶてでもお前たちと戦ってみせるぞ、と」


「まさか、そのような」


「そのように諸国で噂されるかもしれぬ、と言うておるのじゃ。200人しか居ないはずの軍勢?バカを言え。あ奴ら、どこからか、1000人をも超える味方を引き入れたに違いない。

そして、その者どもはイシツブテを正しくカブトや陣笠だけ目掛けて投げつけてくる猛者どもじゃ。次は、馬の脚を砕き、サムライどもの目をつぶし、あげくは我が本陣にまで石つぶてを降らせるじゃろう。かりに我らが全力を尽くして、ヨワスギを全滅させたとしても・・・」


「・・・としても?」


「噂されよう。武器を全て焼き払い、石を投げつけるだけの百姓200人に、虎の軍勢は

大けがを負いながら全力で攻めかかったと、諸国の物笑いになろうわ。そうなれば、天下など夢のまた夢。そのような卑怯者に、諸国のだれが味方しようか、となる」


「そりゃまた、たしかに」


「単純な差引を考えてみよ、たった1万石のくぼ地を攻めとるのに

サムライどもの目をつぶされ、馬の脚を砕かれ、諸国の物笑いになるとして

ソロバンが合うか?」


「けっしてけっして」


「ヨワスギの軍には、おそるべき軍師がいるようじゃ。もはや、あのような者ども

相手にしてはソロバンが合わぬ・・・。石と噂だけで戦うとは、忌々しいながらも

見事な軍略・・・。ええい、軍を引くのじゃ・・・」


・・・こうして、虎の大名が率いる

赤い軍勢は、粛々と引き上げていった。


だがしかし!!入れ替わり立ち代わりに

真っ黒なヨロイカブトに身を固めた、北の龍の

軍勢が、まだ雪の残る山脈を踏み越えて

攻め寄せてきた。


虎の軍勢が負けるさまを見ていたのだろう。

サムライも馬も、鉄のヨロイを身に着け

石つぶての雨あられなど、気にせずに

どんどん、どんどん進んでくる。


もう、こうなっては

打つ手がない。


・・・もうダメか?

だれもが、そう思ったときだった。


クズの城の中から、手のないもの、片目のもの、杖をつくものが

大勢飛び出してきた!


「との!この城を攻めてはなりませぬ」

「この者ども、先のカワナカの合戦で傷ついたわれらを

手当し、救ってくれたのでござる!!」


なんと、もとは龍の軍勢だった

傷ついたサムライたちだった。


それだけではない。

龍の軍勢のうち、幾人かの

侍大将たちも、しくしくと

真っ黒なカブトのなかで

涙を流し始めた。一人、二人と涙は広がり

やがて、侍大将全員が泣き出した。


面食らった、龍の大名は馬上から言った。

「なんじゃ!?者ども、訳を申せ訳を」

涙を流しながら、侍大将たちがいった。

「との、われら先のカワナカの合戦で傷を負ったものの

国へ帰れたのは、夜通しわれらを手当してくれた、あの者どものおかげ。

それだけではござらん。帰り道のために、全員に銭を持たせてくれ申した。

そして、死んでしまった兄、父、弟たち・・・。

クズの者どもは律儀にも、われらの失った家族の遺髪を国まで届けてくれたのでござる。

あのように情けの深い者どもを踏みにじるとあれば・・・われら

侍大将一同、この場で腹を切って果て申す・・・」


そう言って、数百名の

侍大将は、切腹する勢いを見せた・・。


「むむむ・・・見事な城・・・」

「城?このような小城が、でござるか?」


「そうではない。あの者ども、我が兵どもの心の中に

城を築いたのじゃ・・・心の中の城、そのような城を攻め落とせるはずがない」


龍の殿様は、しばらく

考えあぐねて、こう言った。


「敵を友とし、敵の心に城を築く。

このような戦い方があったとはな。

龍などと呼ばれて、うかれておったが・・・

このような戦の仕方、見たことも聞いたこともないぞ。

あたら我が龍の精兵どもを、自害で失わせるわけには行かぬ。

ものども、引き上げるぞ!かまえて切腹など許さん!」


そういって、真っ黒な鉄カブトに

つつまれた龍の軍勢は、北へ北へと引き上げていった・・・。


こうして、5回目のカワナカの合戦は

終わった。


龍の大名と、虎の大名は

それぞれのやり方で、戦乱を終わらせようと

西へ西へと軍勢を進めていったという。

その後どうなったのかは、わしより

これを読んでおる皆のほうが知っておるじゃろ・・。


その後、クズの里でも

カワナカでも、合戦が行われることは

なくなった・・・。


・・・クズの里が

それから、どうなったのか?


カワナカの合戦の記録からも

言い伝えからも、まったく伝わっていない。


サムライの時代は終わり、クズの城も消え去り

今はもう、だあれもこのお話を覚えていない。


勝つでもない、負けるでもない、ただ

生きるだけ。


殺さない、殺されない、ただ

毎日を暮らすだけ。


それを特別とも思わん、ヨワスギじゃったから

とくだんに、書き残すことでもない、とでも思うたのじゃろ。


あるいは、この戦いに

生き残ったのは、自分たちの

手柄ではない、と思ったのかもしれぬ。



これは、山の中で

おサルたちに聞いた

フシギのおはなし。


「あんときゃよぉ、グンシとやら言う

不思議なニンゲンに、どっさり

柿やら栗をもらって、サムライっちゅーのを

石で追い払ったんじゃ!!カキも栗も甘くってのう!!」


おしまい