カルトワインの話 その1

(見た人にしか通じない話をしてますし、ネタバレになるからツイートできない雑談をここに書いています。思い出すたびに書くからとりあえずこれは「その1」)
 公演と桜木さんのお芝居の感想は↓
 https://note.com/saihatetahi/n/ncbcce192f358

 カルトワイン、逮捕のきっかけとなった「出荷量が少なすぎるワインを多く出品したこと」も、「製造してない年代のワインを出品した」のも、シエロ、わざとなんじゃないかなぁと思っている。シエロがあの仕事をやめて、自分の人生を勝ち取るには逮捕されるのが一番確実だし、実際そうなったのだし。彼は自分の仕事が潮時だと気づいて財産の隠し場所を十字架に彫ったというより、逃げるタイミングを自分で作って、その仕上げとして十字架に場所を彫ったんじゃないだろうか。そして、それを可能にしているのは絶対の友達であるフリオがいるから。フリオが結局、シエロが世界に勝つためのキーパーソンで、唯一の武器だったんだなぁとも思う。ギフトって、才能じゃなくてフリオのことじゃん。なにも持たないようで彼は、他の人が持てないようなとてつもない存在をずっと持っていたんだな。
 前のnoteでも書いたけれど、やはりあのとき、フリオの父親が気づかせてくれた「友人と友人家族を殺したくない。それだけはできない」という思いが、シエロをこの狂った最悪な世界でも理性的なままで、人でなしに落とすことなく支えてくれたのだろうなって思う。どんなに幸福に生きても、一線を超えてしまう人はいて、なにが自分にとって一番大切で、どんなことになっても失いたくないものはなんなのか、忘れずにいることは難しいんだ。シエロはあの時にそれに気付かされて、だからこそ、失いたくないものだけを守って、後はどんな嘘だってついて裏切っていいから、生き抜こうって思える強さを手に入れたのだろうな。たぶんだけど、何よりも大事な「教育」だったんだな。パパ……。

「レアなワインの出荷数」も、「製造していない年代のワイン」も、ワインに詳しい人間が気づくミスなら、シエロが気づかないわけはなく、そうしたミスをわざと重ねて、逮捕され、蓄えた金をフリオに預け、チャポから離れるのが理想だったんだろう。でもチャポも裁判で彼のミスについて追及されているのをみれば、それが「わざと」であることはわかるとも思う。逃げようとして逃げているって気づくだろう。だからもし裁判でチャポの名前を出せば単なる報復以上のものが待っていたはずで、そういう意味でも牢屋にいた方がマシ、だったのだと思う。チャポからすれば10年も稼げて、そのうち足がつくかも知れなかった男が、自分のことは絶対に話さないと証明し、そして黙って刑務所に入ったのだから、支払いも十分、保証も十分、世の中的にも決着をつけ、自分達のリスクはチャラ、という点で見逃してくれるんじゃないかと思う。

 生きるために犯罪組織に入り、人を殺すための手助けをし、そして自分も人を殺すような命令を受け、耐えきれずに逃げ出したのが少年期のシエロ。生き延びるには仕方がないんだ、と彼は言いながらも、自分が殺されるかもしれないという危険に晒されても、殺したくない人が自分にいることに友人とその家族によって気付かされた。自分の命より大切と思える人がいて、でももちろん、自分だって死にたくない。そもそも、ただ生きようとしたのに、自分が死ぬか、大切な人が死ぬか、を選ばなくてはならないような世界はおかしい。おかしな世界で生きるためには、その狂気に慣れて、常識を捨てて、人でなしに身を落として生きるのが「賢い」のかもしれないが、そんなのほんとは馬鹿げている。そんなのは、人生を愛せない。シエロがかっこいいのは、最悪な生まれで、地獄みたいなところにいるのに、人生を楽しむ気満々でいること。そんなの絶対根性と勇気と賢さと何よりも理性がなければ無理だ。でも、彼はこのとき、フリオの父親の愛情によって、消えることのない勇気を与えられたのだと思う。生まれたことを喜ぶ、生まれたことを愛す、自分の人生をどこまでも楽しんでやる!と思えることは、人間だけの特権だと思うし、人でなしになったら、獣になったら、それは無理なんだよな、生きたいし死ぬのは怖いし、それは人も獣もおなじなんだけど、どう生きたいか、そしてその理想をどこまでも手放さずにいられるかは、本当に大きな差だと思う。あなたはあなたを誇れるか、なんてことは獣は考えない。シエロは、それだけは手放してはならないってはっきりと学んでいた。フリオの父親にとって自分もまた「誇り」なのだとしることができた。自分を誇ってくれる人を殺さなくてよかったと思えた。きっとあの死に際の言葉も、彼の勇気の源となっているのだろうな。
 彼は自分の人生を愛している、自分を誇りに思っている、獣になんて落ちるものかと思い続ける強さもある(じゃないとフリオの父親の言葉を裏切ることになるし)。人でなしにならない、というのは、結局は自分の理性や価値を信じてくれる人がいるからこそできることなのかもしれない、家族がいるフリオにはそれは当たり前すぎることだけど、シエロはあの時に気づけたんだろうし、それこそがギフトじゃない!?って私は思うなぁ。友達もそうだし、この誇りの強さもギフト。才能なんてそれらに比べればとーっても小さなものだよ。
 大きな大きなギフトを持っているシエロは、それでも生まれの壮絶さから、そのギフト以外は全て切って捨てる豪胆さがある。だから、自分の才能で人を騙して、お金を稼いで、多分もうお金で苦しむ必要はないぐらいの金を溜め込んで、そして偽造ワインのビジネスから足を洗った。彼はそうやって自分の人生を世界から買い取れるだけの額を稼いだのだと思う。そのおおよそは世界への支払いとして、ミラとチャポに。そして残りは、これからは誰にも囚われないために十分な額を自らの手に。
 彼はそれまでずっと、自分の人生を手に入れられなかった。生まれた故郷は貧しすぎて、犯罪をするぐらいしか生き延びる術がなく、「そんなことはしたくない」と自分の意思を貫くことさえ叶わなかった。そこから逃げ出しても、移民には稼ぐ方法がほとんどないアメリカでは、誰かに都合よく使われるばかりで、自分の人生を自分だけのものにすることはできなかった。彼は、そこから抜け出すために戦って、そして、やっと人生を買い取ってきたのだと思う。
 犯罪組織に身を置いて、それだけで、間接的には人殺しにだって手を貸していたはずという認識でいたシエロにとって、金持ち相手に偽物のワインを売ることは、大した罪ではなかったのかもしれない。美味しいものを飲んで喜んで金を払っただけだろう、というのが彼の認識だし、多分金持ちからお金を取ることはあまり罪だと思ってなさそう。シエロにとって、金は、「ないと人生を奪われるもの、他人に首輪に繋がれるもの」で、だから金を求めているんだけど、それゆえに必要以上にたくさん持つことの意味がわかってなさそうだなと思う。金持ちからお金を騙し取ることはだからそんな悪いことだとは思ってないだろう。罪とされ、逮捕されるとは分かっていても。そうした法治国家の価値観は、自分の幕引きのために利用するが、共感は全くしてなさそうだ。
 逮捕は彼にとった都合のいい幕引きだった。自分の自由を買える程度には十分な支払いをしたから、チャポは多分追ってこない。刑期を終えたら、守りたかった友人は友人のままに自分を迎えにきて、自分たちだけの人生がやっとそこから始まる。シエロが最悪な世界に生まれて、そのなかで自分のものにさえできなかった「自分の人生」を勝ち取るまでのサクセスストーリー。NYで、そういう意味での「サクセスストーリー」があるって最高だな。どんな高いビルに住むことより高い酒を飲むことより、「成功」がそこにあるそんな人生があるんだ、恵まれた国で恵まれた家庭で生まれた人間には絶対にわからないこと。わからないはずのその眩しさと清らかさを、舞台は見せてくれる。彼らの物語の美しさに乗せて。