雪組「ボイルドドイルオンザトイルトレイル」感想

ネタバレあります。
雪組「ボイルドドイルオンザトイルトレイル」(作演出・生田大和さん)
 シャーロックホームズの生みの親アーサーコナンドイルを主人公にした、作家としての成功と夫婦愛を描いた物語。

「書けるもの(評価されるもの)と書きたいものが違う」というのは多分、作家ならよくある話だと思います。純文学をやりたかったのにエンタメの才能がある人、エンタメをやりたかったのに短歌の才能がある人。そういう人は私が見てる範囲でもかなりたくさんいて(そして私もそうだよ!!最果タヒになりたくてなったんじゃない……)、それは、やっぱり書きたくて書くものより、「書けてしまったもの」のほうが魔法が使えている、というか奇跡が起きているから、魅力がある作品になるのは考えれば当たり前のことなのだ。この作品はコナンドイル(彩風さん)が「歴史小説家になりたかった自分」と、「ホームズによって一気に時の人になり「ホームズ作家」と呼ばれるまでになった自分」とのギャップで苦しむ話だ。私もやっぱり自分が書きたかった作風ではないものを書いて、というかそれしか書けなくて、それが私の筆名を形作ってしまっているから(コナンドイルと並べるのはあまりに恐れ多いけど)見ていてだいぶ身につまされていた……。(私も最近やっと最果タヒとして生きる覚悟が固まった気がしていて……、だから余計にストンときたんだろうな。)これを見た作家たちで鼎談したい。ほんとうに、そうね、書けるものから作家は絶対に逃れられない、ということ、よくわかるもの……。(この話で優しいなと思ったのは、ドイルの歴史小説仲間がいるとは思うのだがそういう人たちがでてこないし、売れる本を書くからってプライドがないとか客に媚びてるとか言われる場面がないこと……。ウケるために書くこと、作家として認められたいから書くことと、ドイルがやっていることは全く違って、ここでドイルがホームズを書くのは「運命に従う」でしかないのだと私は思う……)

 この作品は、本当に誠心誠意愛を込められた生田先生からコナンドイルへのファンレターであると思う。ホームズの続編を求める人々はドイルの苦しみなんて知らない。むしろ、ホームズというヒット作を作っておいて、どうして書きたがらないのか理解に苦しむだろう。むしろ、好きなこと仕事にできてその才能もあってサイコーでは!?ってものだろう。書けることと書きたいことが違う、というのは、他人からすればかなりわがままな話かもしれず、そもそもヒット作って、作っている人がとても楽しそうに見えるものなんだな。ホームズが書けるなんて楽しくてしょうがないことじゃないの!?みたいなね。けれどそういうふうに、苦しみが理解されないからこそ孤独になる一方、そうやって苦しみが全然わからない人たちだからこそ、書き手よりずっと「書けること」のすごさや奇跡をまっすぐに指摘できるんだろうなってことも思う。
 作品中でホームズ(朝美さん)を殺してしまい、そのことに悩んで「もうホームズはどこにもいない」と嘆くドイルに、妻ルイーザ(夢白さん)は「難しいことじゃないの」と言った。彼女はいつだってドイルの隣でドイルが起こしている奇跡を新鮮に見つめ続けている。彼女が知っている奇跡は「あなたは書ける」であり、それは「素晴らしい作品を書ける」という意味ではない。もうこれはシンプルに、物語を書き出して、そして完結させられる、というそれだけのことをルイーザは物語の最初の方で心の底から讃えている。それはホームズでヒットを出しても変わらないのだ。あなたは一つの物語の創造主になれる人、それはとても素晴らしいこと。あなたは物語の中でいくらでも奇跡を起こす権利を持ついうことだから。それを、ドイルが苦しんだ時、あっさりと、当たり前のこととして教えてくれる。「難しいことじゃないの」「あなたがもしまた、ホームズに会いたくなったなら、書けばいいの。実は死んでなかったって」
 こんなに作家に対する愛情があるセリフもない、と思った。「書けるもの」を書く間、たとえ湧き出てくるものがあっても、たまに、自分は自分の運命の奴隷になっているのではないか、書きたいものも書かずにいつの間にか流されてここにいる…と不安になる。みんなが求めているから、という理由が先行するからこそ、求められることに恐怖し、とても原始的な「誰かが愛してくれるような素晴らしい作品を自分は作っている」という事実を忘れてしまう。いや、何よりもただ作ることそのものの喜びや新鮮さを忘れてしまう。奇跡を起こしているのは作家で、そしてそれを書けるのはその作家だけなのだ。そのことを書いているとすぐ忘れちゃうけど、魔法が使えるって信じられないと作家なんてやってられないんだよ。
 ルイーザはずっと「才能がある」って売れる前からドイルに言っていて、私はこれは「売れる作品が書ける」ということではなくて、ものを書ける、話を作れる、というその行為そのものへの「あなたってすごいわ!」なんだろうなぁって思っていた。(実際作品を書いて完結させられるのは、それだけでものすごいことです。)だからきっと売れなくても、彼女は言い続けていたんだろうな。
「何も失った訳じゃない」も「簡単なこと」も、書く人間が書く人間だからこそ忘れてしまう事実で、それを伝えるルイーザは、本当にドイルにとって一番大切な「他者」だ。愛のセリフだと思う。

 作者が物語世界でそうしたいと思えばいつだってそうできる。展開は全て作者の自由だ、そのことは永遠に変わらない。ものを書くことはその物語の中で奇跡や喜びを作り出す権利を持つということで、だから、ドイルは、ホームズを生き返らせた。その魔法を使う権利を持つから。そして生田先生は、ドイルの一番必要な人「ルイーザ」の病を治した。その魔法を使えるのは、この物語を作った生田先生だけだから。
 ルイーザは実際には早くに亡くなるし、ルイーザはホームズとは違うから、その事実に作中のドイルは何もできない。でも、ここの世界は生田先生の物語だから、生田先生は、ルイーザという登場人物を生き返らせられる。素晴らしい作品を作った人に、幸せでいてほしかった、と願ったその結果の結末だと思う。これはファンレターで、そしてドイルへの最大のプレゼントなんだろうな。

 ドイルって周りから見れば成功者だけれどでも本当は何もかもがうまく行ってなくて……それこそ、家族が離散したままだ、というのも、ドイルが向き合うしかない「解決することのない悲しみ」「スルーするしかない苦しみ」なんだと思う。歴史小説家になれないこと、家族を集められないこと、ルイーザの病気に対して無力であること。そのどれもが仕方のないことで、でも、それでもそういうやるせなさを解決して夢を見せるのがフィクションや物語の醍醐味のはず。それを、このお話ではほとんどみかけなかった。
 生きる人のお話なんだろうなって思う。普通に生きていたら、仕方ないで済ませるしかないことってたくさんある。そしてだから支えてくれる誰かの言葉や手のひらのぬくもりが支えになる。生きるって、人生をいかに成功させるかではなく、もはやこれは愛にどこまで誠実でいるか、それだけなんだと私は思う。
 家族のこと。とくに、母親メアリのこと。ドイルの夢が潰えたその理由でもある彼女を、悪く思う人もいるのかもしれないな、とかんがえて、私はちょっと落ち込んだりもした。母親メアリ(妃華さん)の人生は、メアリのものだよ。でも、そう当たり前に誰もが思うって難しいことだ。悲しすぎるけど、でもそうなんだ。母親という存在に人が期待するもの、家族という在り方に人が期待するもの。当たり前だと思い込んでしまうもの。ドイルの望みは「ドイルの望み」でしかなく、「みんなの望み」ではない、というそれだけの悲劇なんだけど、でもそういうふうに「私の願い」を押し付けず、当たり前に誰に対しても「あなたの人生」を尊重するって難しい。ホームズがドイルに「きみの人生はきみのものだ」というのもそうで、他者にその言葉を投げかけられるのは愛情と敬意の表れなんだ。メアリという人の人生を、メアリ、あなたのものだ、と言えているのは多分あの作品の中でブライアン(桜路さん)だけだろうと思っている。
 ドイルからの手紙が届いたとき、ブライアンはメアリのことを止めようとしなかった。メアリがどうしたいかが全てで(「どうしたいか」を聞こうと決める前のブライアンの表情が愛情深くて好き)、あの表情が、メアリとブライアンの間にある愛情をよく表していて、彼らの人生は、そこに確かにあり、誰かの夢のために犠牲になっていいなんて誰も言えるはずもないことだってわかる。
 二人の関係は、主人公の夢を阻むものではあった。でもそれは、誰のことも傷つけないで、誰のことも踏み躙らないで叶えられる夢じゃなかった、ということだ。そういうことって生きていたらたくさんある。この作品にあるのはそういう、ひたすらな「やるせない人生」だなぁって思います。
 やるせない人生を人は生きるしかなく、だから他者が必要なのだろう。人をだから、愛するんだろう。誰かがくれる愛情が糧となっていくのだろう。それはルイーザが示すものでもあるし、ドイルが成長して見つけていくものでもある。そうしてメアリとブライアンの間にずっとずっとこれからもあるものだって私は思うよ。
 わたしはすーーーーーーーーーごく桜路さんが好きだから、メアリと共にいるブライアンばかり見てるけど、過去の場面で殴られたメアリをブライアンが助ける時の目は、それ以外のメアリを見つめる「愛に満ちた目」と全く違っていて、親切心と善意、優しさだけが静かに宿っていた。あの一つの表情の違いが、ブライアンとメアリという二人の愛情を様々な誤解から守っているなぁと思う。最初にメアリに近づいたブライアンが100%の善意だったことがあのお芝居でわかるから。どこまでも二人の愛情のその誇りを、守ってるんだなぁって。

 本当はショーの話もしたいのだけど(ショー好き!桜路さんのベルボーイが奥でホテルのお客さんに釣られて踊ってるのが本当にかわいい。大好き。)ただのファンレターにしかならん気がするから、とりあえず今日は芝居の話だけにします。
 幕があがって、うれしかったです。
 どうか、雪組さんがよい公演期間を送れますように。