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青森の善知鳥神社の中に青森市役所が作られたんです!?「青森市役所のお話」


千年以上にまで遡り逸話のある
青森でもおなじみの神社
善知鳥神社

明治の頃は
この境内の中に青森郵便局そして青森町役場(現在の青森市役所)
さらに青森警察署もあったそうで
まさに青森市の中心部がこの善知鳥神社だったそうです。

青森の役場、すなわち青森市役所ですが
現在では青森中央、アウガと柳川庁舎、合併した浪岡庁舎となってますが

この庁舎は
町役場時代から数えてなんと8代目となるんだそうです(仮庁舎を除く)。

現在地に庁舎が建てられたのが
1947(昭和22)年3月29日に落成式が執り行われた6代目庁舎から

 それまでの5つの庁舎は転々と場所を変えてたんです。

青森県庁が、1871(明治4)年から
150年間ほぼ同じ場所にあるのと対照的といえます。

辿ると初代の町役場は89(明治22)年4月1日の町制施行に合わせて作られましたが
場所は最初にお話した善知鳥神社境内で、かつての戸長役場の建物を使用したんだそうです。

 2代目の役場は現在のしあわせプラザ(現本町4丁目)の位置にできましたが火災で類焼し焼失。



 3代目の町役場は米町の三井銀行跡地、この庁舎も1905(明治38)年の火災で建物の一部が類焼し、これが移転のきっかけとなってます。

 4代目庁舎(2代目市庁舎)は浜町の旧青森大林区署(現本町3丁目)を買収して直して移転しますが1910(明治43)年5月3日の青森大火で焼失。

 大火後の5代目庁舎(3代目市庁舎)は新町女子尋常高等小学校跡地(現新町2丁目)に新築されますが

1945(昭和20)年7月28日の青森空襲によって失われてます。

その後新浜町の公会堂に移るも撤去して
蓮華寺の地下へ移り
昭和22年に元の県病跡地の中央、仮庁舎へ移り
昭和31年に中央の庁舎新築完成してしばらくはここにありますが
老朽化問題などなどがあったことから

近年青森駅前のアウガへ一部の機能を移転
その後2020.1.6 新庁舎開庁
数えてみると10回もの移転となるようです。

火事が多い土地柄ですがそんなに移転してるのはビックリ

アウガも柳川も老朽化問題も出てきてるので
今後なんらかの対策をすると思いますが
将来的にどうなるのかわかりません

お話が変わってかつて役場もあった善知鳥神社ですが

遠く昔の様子を伝えるように
よく見ると
神社の中には記念の石碑などが
いろいろ建てられております。

道路の起点又は終点を表示するための標識
各市町村に一ヶ所宛置の青森市道路元標 もあります

奥州街道終点記念の碑などたくさんの記念碑もあるんですね。

うとう沼”も古くからあったと思いますが、今も昔の面影が残っているようです

この沼では
青森の子供達が昔スケートをしたという
お話も聞いた事があります

ザリガニ取りをしたなどなど

市民の憩いの場がこのうとう沼でした

うとう沼のほとりにて過ぎた在りし日に想いを馳せてみるのも良いかもしれません。



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記事編集/鈴木勇(グローバルキッチンサイゴン所属)

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