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saigo_no_matane①
あらすじ
完璧ばかりで溢れるこの世の中には、未完成のものがいくつも埋もれている。その間で自分達を見つけてしまう。
文字彩るnoteの街。言葉司る住人達。
どの世界にいても、似ている人をつい探してしまう。そして必ず、見つけてしまう。
それでも選ぶ言葉が、その重みが違う。
noteの街で出会った似た者同士の二人。
その先にあるのは悲しみか、それともまだ知らない悲しみか。
1初恋。
髪が長くて水色の洋服を着た人形。
物心ついた頃にはもう彼女を抱えていて、私の宝物だった。
どこに行く時もずっと一緒だった。
食事をする時も一緒で、人形の頬にも洋服にも私と同じようにケチャップがついてしまっていた。
お友達と公園で遊ぶ時も、何度も一緒に砂だらけになった。お母さんと買い物に行く時に彼女を家にお留守番させてしまって、
「一緒じゃないと嫌だ!」
と、大きな声で泣いたこともあった。
何度も一緒にお風呂に入ったから、いつも彼女は不思議な匂いがしていた。
左腕がちぎれそうになっていた。どれだけボロボロになっても、私には彼女が必要だった。
従姉妹のおばさんやおじいちゃんが、新しい人形をプレゼントしてくれたけど、私は受け取ることができなかった。
「そんな子全然可愛くない! いらないってば!」
私にはそれはプレゼントではなく、大切な友達を奪われるような、どこかそんな気がした。大人達の優しさの根元が当時の私には見えていた気がする。
いつの間にか私も大人に近づいていて、いつの間にか人形はいなくなってしまった。あれだけ大切にしていていつも一緒にいたはずなのに、別れの時を何も覚えていない。
それはきっと、あの子を大切にすることが私の初めての恋で、そして、初めてのお別れだったからだと思う。幼かった私には、きっとお別れの悲しみが抱えきれなかった。そうしていつの間にか、流した涙が乾くように忘れてしまった。
きっと私は、そんな恋をした。相手はもう人形ではなく、脳も心も持った同じ人間だったのに。
それは自分の愛の表現を、その形を見つめる為なのか。相手に存在を認めて欲しいのか、許して欲しいのか。今もそれはわからない。
たぶん、私達は似ている。
私達の心は、同じ部分を同じように痛めている気がする。
きっと、私達はそんな恋をしてきたんだと想う。それが明るくても、そうでなくても。
2引っ越し。
太陽の光を目一杯浴びようと両手を広げた木々の下、緑の世界に響く小鳥たちの声に導かれていく。
SNSの森を抜けたずっとむこう側。
noteの街に私は引っ越してきた。
商店街から少し離れたところにある小さな部屋を借りて、現実世界でもお気に入りだった可愛いお魚模様のカーテンを寝室の窓につける。
この街ではいろんな人達がそれぞれの得意分野を披露しながら生活をしていて、住人はそれを見に行くことができる。
私は詩や絵を描いたり、一緒に住んでいるうさぎのつくねちゃんの写真を撮ってエッセイを書いたりしている。
時々誰かが見に来て、この記事がスキと褒めてもらえることもあって、私はそれがとても嬉しい。
ある日、この街で知り合ったお友達から美味しいポテトサラダの作り方を教わったので、商店街で材料を揃える。
その帰り道に人集りを見つけて、人の肩と肩の間から何があるのかをそっと覗いてみる。
そこには小さな木の家があって、その家の前のベンチに座っている男の子は、カップ焼きそばを物凄い勢いで食べていた。お腹が減っていたという様子ではなく、どこかやけになっているように私は感じた。
「どうしてこの家はこんなに変わった色をしているの?君はこの色が好きなの?」
男の子のことを見に来ていた誰かがそんなコメントを入れた。
「僕は虫が嫌いで、この色は虫が嫌いな色だからだよ」
男の子はそう答えた。私は質問の答えよりも、まるで可愛らしさと行儀悪さが激しく競い合うようなその食べ方のほうが気になっていた。
3つくたん。
うさぎのつくねちゃんは、まるでふわふわのつくねみたいな色と形をしている私の大切な存在。彼女には何度も心を助けてもらっている。
ぬいぐるみと間違えそうになるくらいじっとしていることがほとんどだけど、鼻をひくひくと動かしながら呼吸していて、ぬくもりを宿す命のその訳を静かに、そして力強く伝えてくれている。牧草を食べているところが一番可愛くて、彼女は無表情なのに表情がある。
つくねちゃんへの感謝の気持ちや思い出を記事に書いた翌日、私の部屋の前にはうさぎ愛好家の人達が集まっていて、私はその人達といろんな話をして盛り上がっていた。
その時、少し前にカップ焼きそばを頬張っていたあの男の子が、過去に描いたつくねちゃんの絵を見ていた。絵を手に取るわけでもなく、うんと近くで見るわけでもなく、微妙な距離感で絵の前にじっと立っていた。
「こんにちは。良かったらどうぞ」
私はまだあまり冷えていない麦茶を透明のコップに淹れて、男の子に持って行く。
でも、男の子は何も言わずに首を横に振って、どこかへ走って行ってしまった。声をかけないほうが良かったのかなと、そう思った。
その日の夕方、男の子の家の前を通りかかると、男の子はどろだんごを作っていた。
大人とは何かと聞かれると、それは私達にはわからない。それでも憧れるようで、それとも逃げるようで。男の子のことを見てわかったことは、大人とはどろだんごを作らない生き物だ。
砂遊びから遠ざかる。服の汚れを気にするようになって、他に出来る遊びが増えていく。そして、いつの間にか触らなくなった。
みんなで山を作り、こっち側とむこう側からトンネルを掘っていく。トンネルが繋がった瞬間の喜びや、崩れてしまって驚いたこと、その後の笑い声。みんな同じ物を見て同じことを思っていた。城を建ててお人形を置いたり、どろだんごを作って並べて、お団子屋さんになることもあった。
子供が公園が好きな理由が、なんだか今になってからわかる気がする。
私も男の子の横に座り、砂に触れる。久々に触ってみると、砂や泥の肌触りを手が覚えていて懐かしく思う。砂の匂いが光景を蘇らせてくれる。なんだか懐かしくて、少し優しい気持ちになる。
何も考えずにどろだんごを作る。サラサラの砂をまぶして、丸く、固く、白く。
出来上がったどろだんごに、落ちていた木の枝で顔を描く。この顔に負けないくらい、その時の私は明るい笑顔だった気がする。
私のどろだんごを見た男の子は、どこかから小さな葉っぱを2枚持って来てどろだんごにそれを刺し、小さくて丸い眼を描いて命を宿した。
「つくねちゃん」
男の子はどろだんごを指差して教えてくれる。私につくねちゃんを作ってくれた。
「かわいい! すごくかわいいね!」
男の子は黙って頷いた。
『運動会の思い出』
男の子のそんな記事を見ていた。男の子は運動会ではしゃぎ過ぎて先生に怒られてしまい、それからは競技に参加さしてもらえずに、1日中ずっと一人で先生達がいるテントの横に座り込んでどろだんごを作っていたみたい。
その記事が可愛らしくて、私もどろだんごを久々に触ってみたくなった。あなたのちょっぴり悲しい運動会の思い出で、私は少しだけ子供の頃を思い出して、楽しく笑うことができたよ。
4表現者の影達。
真夜中のnoteの街。メインストリートから少し外れた場所。足音が響く寂れたシャッター街。
ペンを持つ者、筆を持つ者。それともスプレー、それともスケボー。奏で歌う者、描く者。
それぞれがそれぞれの表現者の姿に変わり、私はカラスのように闇に紛れて彼らを見ている。
目指すところは同じでも、決して交わることのない表現者達が同じ街で何度もすれ違いながら、それでも決して交わることはなく彷徨っている。
夜の姿となったあの男の子は時々ペンを持ち、たまに空を見上げて立ち止まる。月明かりに照らされてしまったひとつの影を振り返って見ていた。
偶然その真横を通り過ぎたのは、男の子と同じ影の意味を持つ人。表現が文字と絵という違いがあるだけで、二人はとても似ている。そして、まるで意識しているように避けて、その眼を合わせることは決してない。
もしあの二人に共通点があるとしたら、今後共通点が生まれるとしたら、きっとそれは私。
私なんだろうと思う。
寂しい街灯が作り出したひとつの惑星。これも偶然ではなくて、全てが誰かの作品に変わっていく。
必ず真実を見つけると嘘を抱えて、その悲しみを言葉に変え、絵を描き、それは何のため誰のために。
誰かに認められたい心が、夢を追う心よりも強く光っているように私には見えた。
男の子の足がまた止まった。彼の周りで蠢めく無数の青白い炎は、恋拗らせた彷徨う亡霊達。その光が彼の眼の中にも侵入するけど、一切眼もくれずにその先を見ている彼は、その呪いでさえ芳しい色気に変えていく。
それがどれだけ心を滅ぼしていくのか、彼はきっともうわかっている。でも、わかっていることは時間が削られていくことだけで、どうすることもできずに傷を増やす。
それでも僅かな勝算をその眼に宿して、彼は地に膝をつこうとはしない。
1匹のカラスが暗闇で鳴いた。
「僕らは一人じゃないけど、まだ一人と一人。それでも、僕らは一人じゃない」
5取干クラ。
朝早くから行列を作り賑わうパン屋さん。小麦の香りと明るい笑い声に私も引き寄せられていく。
たくさんの人の声が飛び交う中でも、木の床を歩いた時の「ギィ…」という音は確かに聞こえて、レトロな雰囲気と共に私がここにいることを感じてなんだか嬉しい。
店内では様々な姿をしたパンが、まるで全ての人の顔や性格を認めるかのように並んでいる。この店で一番人気と書かれたはちみつメロンパンは早くも売り切れていたけど、その横のベーコンエピは私を待ってくれていた。
「私、明太ポテトが一番好き! 明太ポテトがいい!」
人形を抱えた元気な女の子が言った。明太ポテトも、ミルクフランスもあんぱんも、ホットドッグもサンドイッチも、必ず誰かに愛されている。
「このネコパン、下手くそだね」
とても小さな男の子が、背の高いお父さんに言った。ネコさんの顔の形をしたチョコパンが並んでいて、その中にとても悲しそうな顔をしたネコさんが1匹だけいた。
「俺はこういうのが可愛いけどな。俺はこれが好きになった。後で食べる前に写真を撮ろう」
そのお父さんは悲しそうなネコパンを木製トングで優しく掴んだ。世界で一番優しく掴んでいた。
「さて、父さんが食べたいパンはどれだと思う?」
そのお父さんは男の子に尋ねた。
「これ3つだね」
「そうか。確かにそうかもしれない」
そのお父さんは男の子が即答した後、躊躇うこともなくとても辛そうな真っ赤なチョリソーパンを3つトレイにのせた。
優しくて、とても不思議な親子だった。
「チョリソーパンが好きなんですか?」
何人かの人達がそんなコメントをすると、彼はコメントではなく記事を書いて答えた。
彼が一番好きなパンはミルクフランスだった。でも他の甘いパン、特に粉糖がかかったり生クリームが入っているパンはあまり得意ではない。コロッケは好きでも、コロッケパンはほとんど食べない。そして、普段は甘い物が好きでも、元気や勇気が欲しい時は歯応えのある物や辛い物を食べる癖がある。
自分の内側に立ってくれる人には、そんな細かい会話をしたことがある。そして、身近な人は自分よりも自分のことを知ってくれていると、彼はそう考えている。
「近くにいてくれる人がチョリソーパンを選んでくれたということは、その時の僕が一番食べたかったのはチョリソーパンで間違いないんだ」
温かい考えだと思った。私もいつか、誰かのパンを選んだり、誰かにパンを選んでもらったりするのだろうか。
日頃の会話、その日の体調、ずっと見守られている関係に、なんだかとても憧れてしまう。
6星飾りの夜。
喜びの歌、悲しみの空へ。
星を例え、星に誓い、星を描く。
今日はnoteの街の星飾りの夜。
私は夜空に描き出されたみんなの詩や願いを眺めながら歩いていた。
風が草を奏でる丘でひとり立ち止まり、見上げると眼の中に星の光が集まってくる。
無数の星が微かに震えている気がした。それは星が震えているのではなく、この眼が、この心が震えているのではないかと思わず自分を疑う。
たくさんの光の粒が見開いていた眼に入り込んでくると、心の中にいるひとりぼっちの私がまるで怯えて震えているようで、怖くなって思わずまぶたを閉じた。
「ほら、あの2つの星」
すると、暗闇の大地のどこかで声が聞こえた。私はまだまぶたを開くことができずにいる。
「少し離れているけど、いつも同じように瞬いている。まるで互いの無事を知らせているみたいに」
離れ離れになってしまった親子か兄弟か、遠距離恋愛の果ての姿か。彼はそんなことを話した。
「僕はあの星が羨ましい。無事を知らせることも、たった一言の挨拶もできなくなることが人にはあるから。例えどんなに愛し合っていても、想い合っていたとしても」
優しい声をしていた。何かを失った悲しい声が、今の私には穏やかで優しかった。
寂しい言葉を紡いだ彼がどんな眼をしながら星を見ているのかが、私にはわかるような気がする。
私はいつの間にかまぶたを開いていて、その人と一緒に2つの星を眺めていた。
「弱さを責めなくていいよ。僕だって同じさ。人の笑い声が遠くのほうで聞こえるのに、なぜか足音だけは近くで聞こえたりするから」
それは現実に置き去られた恐怖と、現実に迫られる恐怖の例え。彼の言葉は1つ1つがとても溶けやすくて、心の底まで深く届く。
失ったこと。
失ったことに、気づかなかったこと。
すぐに気づけなかったこと。
本当の、自分のこと。
私は星空の下で、いつか失ってしまった気持ちを探す。あの日の自分の、心の声。
捨ててしまったのか、奪われてしまったのか、それはもう誰にもわからなくなっている。
「少しだけ心が楽になりました。ありがとう」
「僕もです。聞いてくれてありがとう」
彼はどこから話してくれたのだろう。
隣の木の上だろうか、少し前のフェンスにいたのだろうか。その人は立っているのではなく、なんとなく三角座りしながら話してくれていたような、そんな気がする。
7瓶と貝。
海の世界で暮らすたくさんの色と形が、海の物語を続けていく。小さな魚の群れが素早く正確に移動している。まるでジェットコースターのようだ。
白くて細い魚の姿になった私の魂は彼らについていこうとするけど、眼で追うことが精一杯だった。
すると、生まれた瞬間から今もなおマイペースを守り続けているような顔をした大きな魚が、まるで無を楽しんでいるかのようにゆっくりと横を過ぎた。
全身が強靭な筋肉に覆われた巨大なタコと、右腕を鍛えることに全てをかけた巨大なハサミを持ったカニが睨み合っていた。
noteの海の景色を楽しんでいた私は、大きなエイやウミガメの下に引っ付いている数匹の魚を見つける。
吸盤を持つ彼らは大きな生き物にひっつくことで天敵から身を守り、食事の残りをもらったりして生活をしている。大きな生き物についてしまった寄生虫を食べて身体を掃除したりと、彼らは姿形が違うというのにまるで家族のように暮らしている。
その後にイソギンチャクを乗せたヤドカリを見つけて、共生の美しさに触れた私は心が震える。
どうして人は、同じ形同じ色なのに、こんなにも傷つけ合うのかと思う。誰にも見えない心の形が違うからなのだろうか。あるいは、見えないその形が良く似てしまっているからなのだろうか。
色鮮やかな海を進むと、海の底にある深い青色をした1つの瓶がある。その周りには数匹の魚がいて、心配そうに中を覗いている。
広くてどこまでも自由な海。その底でひとりぼっちを求めて瓶の中に閉じこもった魚がいる。そんな命が、大勢に突かれて出てくるはずがないのに。
「あなたは可愛いから自信を持って出ておいでよ」
みんなが寄ってたかって瓶に話しかける。きっと自信がないのではなくて、優しさを忘れた押し付けの愛に怯えている。
求める理想の愛。その形は単なる憧れか、それともいつか貰ったものか。
欲望の中、自己都合と共に変える愛の姿は、他人に求める自己愛そのもの。人はどうしてそれを優しさと呼ぶの。
優しさにさえ怯える彼を、いったい誰が救うというの。
その瞬間、私の中にずっと眠っていた憎しみが共生された。彼の気持ちはきっと私と同じ。
私の魂は魚から貝の姿に変わり、彼が閉じこもる瓶の横。土の中に潜んで瓶を見ている。何も言わず、存在を示さずにずっとここにいたい。
8カタカナキズ。
カタカナはどこかツメタイ。
彼は人のヌクモリやシンセツを、全てカタカナにしてそのココロで受け止めている。そんな彼のココロには、カタカナのキズがある。
ツメタクテ、ウツクシイキズガイクツモアル。
その温度が彼のどこかを必ず冷ましていて、どんなに明るくても楽しくても、私には伝わってしまう。
優しくて繊細で、多くの人が知らない見守る愛。それを持っていたとしても、確かにあるココロのツメタサ。そのキズを感じると、私の心は怯えてしまう。
人が築き上げた文化と、自然がそのまま生き残した文明。その2つが混じり合う壮大な景色の前で、人々は過去に祈りを捧げるように感動している。共存の意味、まるでその悟りに触れている。
街の緑を優しく奏で、草の匂いを運ぶ風がゆっくりと風車を動かし始めた。私のカバンにもすっかりと寄り道の匂いがついてしまっている。きっと、つくねちゃんがまた喜んでくれる。
語り合うように歩く老犬と人。幼い頃にやってきた子犬は君の大切な兄弟だった。尻尾が揺れるその近くではいつも笑い声が聞こえていた。
それがいつの間にか歳を超えて、心の形の変化が完全にわかる友達になる。そして、残りの時間と共に君を見つめる愛の姿になった。君の記憶の中の、丸い眼をしたその子犬はいつだって君の味方だった。
夕日を背に浴びた彼の顔は、夜よりも先に暗く冷たくなり、何度も別れることの意味を刻む。愛の深さが彼を一人にさせている。
そういう時、彼の指先から生まれるコトバは決まって温かくて、私の心は凍てつく。
彼のココロの中は日常と非日常が真逆で展開されている。昼と夜が逆だ。
悲しい時は楽しそうにして、
嬉しい時は孤独に襲われている。
その文字の並びの法則性を、きっと彼は自覚していない。私以外の誰が、何人の人がそれに気づいているのだろうと思う。
誰かが彼を救って欲しい。彼を救う人が早く現れて欲しい。その誰かが、私であって欲しい。
私が彼のココロに触れたい。
遠くの空で花火が上がった。
消えてなくなる人のヤサシサを見ているような横顔が、一瞬の光に照らされた気がする。
9友達の音。
壊れてしまったオルゴールが見つからず、不安定なままどこかで鳴り続けている。
汚れが浮き彫りになる白い部屋が怖くて、広がる草原の空に、硝子の小鳥や化石の群れを描いた。
本当はまだ止まりたくないと、尽きる前に燃え盛る命のようにオルゴールが鳴る。私の世界の小鳥や魚たちは、動くことも生きることもせずに壊れた。
永遠なんてこの世には無くて、だからこそ命は美しいのだと、誰かが言った。
今の私には、その言葉があまりにも美しくなかった。
オルゴールは後悔してまるで罪を認めたかのように、それでもまだ止まりたくないと私に迫り、縋るように静かに鳴る。
私の孤独が強くなって、もう一人の私がそれを見ている。見られている私はオルゴールと同じように大人しくなる。オルゴールと唯一違うことは、私はもう完全に止まりたがっている。
やがて無音に襲われて、求めていたそれがあまりにも怖くて、私は部屋を飛び出した。
雨が降っていた。雨なのか言葉なのか、もう何もわからなくなっている。体力尽きるまで思考に責められる感覚。脳を置いて逃げ去りたい。
私の指が向かった先には、低い屋根の下のベンチで寝転ぶ男の子が、雨音とタオルケットに包まれながら安らかに眠っていた。
男の子は私と同じだった。いつまでも鳴り止まない言葉の群れに追いかけられて、いつも耳鳴りを抱えている。
誰かの言葉も、夜も、その孤独も。他人の余計な気持ちも自分の余計な思考も。
いつも逃げている。
常識という言葉に見つかりたくない。
知らない誰かと誰かが作った普通という言葉に当てはまるように、自分をわざわざ象った。
なのにどんどん自分のことが嫌いになる。自分が自分から離れていく。
見捨てられることが怖くて、自分に嘘をつくことばかりに慣れて、見失って、それでも自分の嫌いなところだけははっきりと見えてしまう。どうしても、残ってしまう。
でも、男の子の友達は男の子に言った。そのままでいいと、存在を許してくれるように優しく伝えた。
嫌われても好かれても、雨はいつも雨だから降ってくる。そうやって当たり前を教えてくれる。
雨音が大きいのではなく、周りが静かになっている。誰だって同じようにその命を認められたいから。
男の子は雨が大好きで、彼らは友達同士。
また必ず会いに来てくれる友達。必ず、また必ず来てくれる僕の友達。
男の子が眠るベンチの端に座り、私も新しい友達を見上げていた。
10ピエロの勇者。
言葉が散乱する鈍色の大地。誹謗ですら楽しさの声に変わり、誰もが嘘の盛り上がりを作り上げる。その先の大きな木を、手拍子と共に見上げて声を上げた。
誰しもが空白を恐れるから、彼は自ら楽しさの犠牲になった。元気も強さも、明るい笑顔を無理矢理持たされたピエロ。
変な人。
大勢の人が笑って言った。
変な人。
その言葉の意味が私にはわかる。どうしても避けられなかった時期がある。褒めてもらえていると思い込んで、ずっと悲しさをごまかしていた。
彼は言葉も意味も全て引き受けて、密かに私達の過去を慰めてくれている。間違いではなかったことを、持たされてしまった強さで証明しようとしてくれている。
不安定な心が宿った男の子の身体は木に登る。本当は誰よりも強くなんてないはずなのに。
1つ、2つと寂しいピアノの音が落ちていく。そして数えきれないピアノの音と大勢の笑い声が彼を目掛けて襲いかかる。
嘘の言葉を嘘の言葉で迎撃することもせず、彼は高い木の枝に立ち、何度もバランスを崩す。
彼は梨とナイフを手に取って、人を笑わせようとできるだけ長く繋げながら皮を剥く。
私にはその事実が、その文字が、そんなふうには見えなかった。
世の傷ついた人々に捧ぐと
喜怒哀楽を巡って戦争を始めた言葉の群れ
ベッドの上の君は眠っているの
それとも座っているの
知識抱えたその脳は
きっと君のバランスを壊す
人の優しさなんて頓服薬
僕はそれすら持っていないから
僕らにしかわからないこのやり方で
君の存在を示してみせるから
この世は完璧な物で溢れているから
僕らが虚しさを感じてしまう
どれだけ笑って
その分どれだけ傷ついてきたのか
同じだから僕にはわかるよ
不安の象徴、大きな本棚
薬の中に閉じ込められた過去
夜から言葉から
君を守っていたいと想う
もはや現代の凶器と化した、上辺の現実を切り取るレンズに見つめられて、人々と楽しむ彼が映し出されていく。
彼が持つのは梨でもナイフでもない。嘘とわかっていても、憎しみの焔ですら正面から抱き止めて。
人を好きになることが嬉しかった。
でも、いつからかそれが怖くなった。
それでも私は、彼の不安定な心を支える松葉杖に、せめてそれになりたいと強く想う。
暗い部屋の中、人類最高傑作の光で顔を照らしていた私は、文字の中の彼と同じようにそれを抱き止めた。
私はそれを愛の光として、
まぶたをしっかりと開いて身体を起こした。
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