天然記念物「越ヶ谷のシラコバト」の保護等に関する考察

はじめに

本稿は天然記念物「越ヶ谷のシラコバト」の保護等について、公開されている資料をもとに個人的な考察をまとめたものである。従って、ある種の思考実験であり、提案するものではない。また、埼玉県並びに関係者の取り組みを批判する意図はないことを予めご承知いただきたい。

背景

ことの発端は下記のニュースである。

シラコバトは外来種とする説が有力だが、環境省のレッドリストで「絶滅危惧ⅠB類」に選定されている。Twitterやニュースのコメント欄では天然記念物とはいえ外来種を保護することに疑問を抱く意見が相次ぎ、さらには外来種が天然記念物に指定されているのはおかしいという意見も見られた。
大前提として、外来種が天然記念物に指定されることについてはなんら問題はない。文化財保護法第二条第四項においても「動物(生息地、繁殖地及び渡来地を含む。)、植物(自生地を含む。)及び地質鉱物(特異な自然の現象の生じている土地を含む。)で我が国にとつて学術上価値の高いものhttps://hourei.net/law/325AC1000000214と定義されており、在来種であることを条件とはしていない。
とはいえ、「外来種を保護する」という点に関して違和感を覚えるのはごく自然のことであろう。私も「あくまでも天然記念物の保護」と整理し、野生状態で保護することについては検討が必要だろうと考えた。

埼玉県が平成26年に策定した「埼玉県シラコバト保護計画(以下、保護計画)https://www.pref.saitama.lg.jp/documents/4802/614427.pdf」においても、「本計画は、シラコバトの生息状況を把握し、生息域内外で保護・増殖することにより、国の天然記念物であり「県民の鳥」として親しまれているシラコバトを将来にわたって県のシンボルとして安定的に保全することを目的とする。
シラコバトが海外からの移入種であることも指摘されているが、江戸時代以前から生息していたことは確かである。県東部の平野部の農村環境に適応して生息し、古くから保護の取組が行われ県民に親しまれてきた歴史的経緯も踏まえて、埼玉県の自然・文化を象徴する県のシンボルとして保護していくことが望ましい。
」と記載されており、文化財として保護することが強調されている。
一方、Twitterでは「動物園で保護すれば良い」との意見もあり、「野生状態での保護」に理解が得られにくい状況と考えられる。

他方、侵略性がなければ容認してもよいのではないかとの意見もみられた。

ここでポイントになるのが、天然記念物指定の理由である。大元のソースが見つけられなかったため、保護計画から抜粋する。

「特有の産ではないが日本著名の動物として その保存を必要とするもの」及び「家畜以外の動物で海外より我が国に移植 され現時野生の状態にある著名なもの」

「野生の状態にある」とあり、これが保護計画において野生復帰を目指す根拠の一つであると思われる。しかしながら、上述のRANGER氏のツイートにもあるように、やはり外来種である以上は、生態系に影響がなかったとしても積極的に放鳥するのは躊躇われるところである。

天然記念物指定を解除することは可能か?

シラコバトに限らず、天然記念物指定されたものが、時代の流れとともに社会情勢や実態にそぐわなくなることは想定される。例えば、「当時は珍しいものだったが、今では珍しくない」「その樹種としては最大級の樹高であったが、台風で折れてしまった」といったものである。前者ではニホンカモシカを思い浮かべる人も多いかもしれない。ニホンカモシカは指定当時は狩猟等により減少していたが、現在は特に東日本で増加している。次のニュースにあるように農業被害の原因となることもあり、天然記念物指定を解除して欲しいという声も聴かれる。

上記のニュースにおいて、文化庁のコメントとして「原則として数の増減による解除は行われていません。解除されるのは、カモシカが絶滅した場合などに限られます」とある。
文化財保護法第112条によれば、「特別史跡名勝天然記念物又は史跡名勝天然記念物がその価値を失つた場合その他特殊の事由のあるときは、文部科学大臣又は都道府県の教育委員会は、その指定又は仮指定を解除することができる。」とされている。実際に国の天然記念物指定(種指定)が解除された事例を調べてみると、絶滅や枯死(樹木)により存在しなくなったことが理由のようである。
これらのことから、外来種であることや、野生個体群の絶滅のみをもって天然記念物指定を解除することは困難であると考えられる。
※ニホンカモシカは近年ニホンジカとの競合により減少しているという報告もある。
※地方自治体の天然記念物では、長野県及び山梨県においてハクビシンが深刻な農業被害を勘案して指定を解除されたほか、京都市のミナミイシガメが、『指定基準「分布の特異性が著しいもの及びその生息地」を満たしておらず、他の指定基準にも該当しない』として指定を解除されている。

「野生の状態」を指定理由から外すことは可能か?

シラコバトの指定理由にある「家畜以外の動物で海外より我が国に移植され現時野生の状態にある著名なもの」というのはシラコバト特有の理由ではなく、「特別史跡名勝天然記念物及び史跡名勝天然記念物指定基準(昭和26年5月10日 文化財保護委員会告示第2号)に規定される指定基準(下記)である。

天然記念物
左に掲げる動物植物及び地質鉱物のうち学術上貴重で、わが国の自然を記念するもの
 動物
(一) 日本特有の動物で著名なもの及びその棲息地
(二) 特有の産ではないが、日本著名の動物としてその保存を必要とするもの及びその棲息地
(三) 自然環境における特有の動物又は動物群聚
(四) 日本に特有な畜養動物
(五) 家畜以外の動物で海外よりわが国に移殖され現時野生の状態にある著名なもの及びその棲息地
(六) 特に貴重な動物の標本
https://www.pref.shiga.lg.jp/file/attachment/5216162.pdf

つまり、シラコバトの指定理由から上記の(五)をはずすか、基準そのものを改正するかということになる。いずれも具体的な変更理由が必要になることから、シラコバトに重大な侵略性が認められ、特定外来生物に指定されることでもない限り難しいと考えられる。

保護計画と保存活用計画

このリプライを頂くまで気がつかなかったが、埼玉県のシラコバトについては天然記念物を所管する文化財部局ではなく環境部局なのである。

そしてここでもう一つ気が付いたのは、保護計画は文化財としての保護をうたってはいるものの、絶滅の危機から野生復帰を目指す純然たる「希少生物の保護計画」ということである。一般に、天然記念物の保護に関する計画は「保存活用計画」とされる(名称には多少の「揺れ」がある場合がある)。保存活用計画とは、「管理団体、所有者その他の文化財保護行政に関わる利害関係者が国指定等文化財の保存及び活用に組織的に取り組むための共通事項を明示し、その保存や整備に関する将来的な方針を明らかにする」ために策定される。

保存活用計画は、その天然記念物がどのような価値を持ち、どのように保存し、活用するかを記載したマニュアルのようなものである。その中で現状変更の取扱い基準等を具体的に規定する必要があるため、国の天然記念物であれば文化庁の認定を受ける必要があり、地方自治体では文化財部局が担当することになる。「埼玉県文化財保存活用大綱」によれば、埼玉県が所管する保存活用計画は「史跡埼玉古墳群保存活用計画(埼玉県教育委員会発行)」だけのようであり、シラコバトの保護計画は文化庁に認定された保存活用計画ではない可能性が高い。

また、越谷市においても策定されていないと思われる。

結論

最初に保護計画を読んだときに、外来種としての侵略性の評価検証がなされた形跡がない点が気になった。このままでは、保護計画が功を奏して野生個体数が増加した場合、地域の生態系等に負の影響がないとも限らないため、やはり個人的には野生状態の保護は望ましくないのではないかと考えている。
天然記念物指定を解除する事ができず、「野生の状態」が指定理由から外せない状況で、野生状態に拘らない保全を整合させるためには、「保存活用計画を策定、又は現行の保護計画に保存活用計画としての性格を持たせるよう改正し、文化財としての価値づけを明確にすること」が良いのではないかと考えられる。種指定の天然記念物の保存管理計画が策定されている例は、地方自治体指定の天然記念物を含めても極めて稀であるが、保存活用計画を策定することにより、シラコバトについて新たな価値づけを上乗せすることは可能であると考えらえる。狩猟文化との関連や地域に愛されてきた歴史(これは保護計画に記載されている)などを新たな価値として付与し、野生状態でなくとも文化的価値を持つことを明確にしたうえで、文化庁の認定を受けることにより、野生状態での保護に拘らずとも良くなると考えられる。
一方、あくまでも野生状態での保護を目指すのであれば、外来種である以上やはり侵略性の検討が必要であろう。侵略性がないことに加え、シラコバトの生息に適した環境を保全することが地域の生物多様性保全に寄与する、と言うような理由づけと価値づけがなされることで、野生状態での保護に理解が得られる余地が生まれると考えられる。

天然記念物の種指定自体が現在の社会情勢等にそぐわなくなってきており、近年は新たに種指定をする例はほとんどないようだ。また、種の保存法や都道府県条例の制定施行により、希少野生動植物の保護の役割が薄れているということもあるだろう。現在指定されているものも含め、その在り方については議論の余地があると考えられる。

おわりに(2021.12.31加筆)

これを書こうと思ったのは、自分自身が今(執筆時点・2021年12月)天然記念物指定(市種指定)に当たって保存活用計画の策定に関わっていて、まさに価値づけの重要さとその定義づけの難しさを実感しているからである。保存すべき価値を明確にし、多くの人が共通認識を得ることができるようにすることが、恒久的な保護のために必要だと思う。
今回、本稿冒頭のニュースに関連して、県民と思われるアカウントの「外来種であることを知らなかった」というツイートが散見されたのが気になった。

保護計画を見ても、外来種であることについては触れているものの、そのことに関する言及を避けてるようにも受け取れる。外来種であること(持ち込まれた経緯)と、それでもなお保全する必要性があることをしっかり認知してもらうことが、広く理解を得ることにつながるのではないだろうか。

以上。