はじめに
ツイッターでは、しばしば「奄美大島における生態系保全のためのノネコ管理計画(以下「管理計画」)は殺処分前提で捕獲している」という趣旨の言説が話題になる。本稿はそれを受け、「管理計画に基づく捕獲は殺処分が前提か否か」を考察するものである。なお、執筆にあたって関係各所へのヒアリング等は行っていない。すべて公開情報に基づく考察である。
「殺処分を前提に捕獲」論の論拠
管理計画内の次の記述である。
「安楽死させる」という記述があることを論拠に、「管理計画は殺処分を前提に捕獲している」と主張しているのである。
「前提」とは何か
ここで単語としての「前提」の意味を確認しておく。
上記によれば、「Aを前提にBする」とした場合、「AでなければBしない」と解釈することができる。つまり、「殺処分を前提に捕獲する」とした場合、「殺処分でなければ捕獲しない」ことになり、逆に言えば、「捕獲されたネコはすべて殺処分される」ということになる。しかしながら、前項のとおり、飼い主が現れず、譲渡ができなかった場合に安楽死(殺処分)させるとされており、飼い主への返還や譲渡の道があることから、「捕獲されたネコはすべて殺処分される」ことはなく、「殺処分でなければ捕獲しない」は成り立っていない。つまり、「殺処分を前提に捕獲する」は論理的に誤りである。
しかしながら、上記のように指摘した場合『「前提」というのは言葉のアヤで、とにかく安楽殺が想定されているのだから殺処分のために捕獲しているのだ』と反論されるかもしれない。
ノネコとは何か
法的な定義はないが、第43回国会の狩猟法改正に関する質疑等に基づき、「野生化し、野山で自生しているノラネコ」とするのが一般的である。
また、第210回国会(臨時会)において、塩村あやか参議院議員の「法律上のノネコの定義を示されたい。また、ノラネコとの違いも併せて示されたい。」との質問に対し、岸田文雄総理大臣が環境省通知を引用して「飼主の元を離れて常時山野等にいて、専ら野生生物を捕食し生息している個体」と答弁しており、今後は当該通知およびこの総理大臣答弁が基準になると推察される。
そのほか、ノネコは2015年に環境省と農水省が策定した「我が国の生態系等に被害を及ぼすおそれのある外来種リスト」では「緊急対策外来種」に選定されており、「ノネコ(イエネコの野生化したもの)」とされている。
ノネコかそうでないか
ここで改めて管理計画を見てみることとする。本計画のタイトルは「奄美大島における生態系保全のためのノネコ管理計画」であるが、捕獲までのプロセスにおいてノネコとその他のノラネコや飼い猫を区別していない。
ほかに、外見でノネコかどうかの判断が困難であるという事情もあるが、これには重要なが問題ある。なぜなら、ノネコとその他のネコ(飼い猫、ノラネコ)は取り扱う法律が異なるからである。ノネコは人に依存せず完全に野生化したネコであり、「鳥獣の保護及び管理並びに狩猟の適正化に関する法律」(以下「鳥獣保護管理法」)において狩猟鳥獣に指定されている(同施行規則別表第二)。一方、飼養により人間の管理下にあるネコは「動物の愛護及び管理に関する法律」(以下「動物愛護管理法」)にて愛護動物とされている(同第四十四条)。なおノラネコについては定かなものはないが、飼い猫と区別ができないことなどから、動物愛護管理法に基づく愛護動物として扱われることが一般的である。
※動物愛護管理法では法の対象となる生物の定義が曖昧であるため、ノネコも動物愛護管理法の対象となる解釈もあり得る。
第210回国会(臨時会)において、塩村あやか参議院議員の「ノネコも動物の愛護及び管理に関する法律(昭和四十八年法律第百五号)の対象となるのか」との質問に対し、岸田文雄総理大臣が「ノネコは動物愛護管理法の対象とならない可能性が高い」と答弁している。
また、ノネコであったとしても、狩猟期間以外の捕獲はできない。そのため、環境省は鳥獣保護法に基づく有害鳥獣捕獲によってノネコを捕獲している(直接のソースはインターネット上に見当たらないが、鹿児島県の公式WEBサイトに有害鳥獣駆除のリストがあり、ノネコが明示されている)。これによって狩猟期間にとらわれずに捕獲することができる。
つまりどういうことか
捕獲されるネコがすべてノネコであれば、有害鳥獣駆除として殺処分することが可能である。しかしながら、奄美においては森林内であってもノネコではないネコが混獲されることが想定されており、事実TNR個体(ノラネコ)が捕獲されている。
このことがすなわち「管理計画は殺処分を前提としていない」ことを証明していると言える。言い方を変えよう。奄美では森林内で捕獲されたとしてもノネコであるとは断定できないため、殺処分を目的とした捕獲は法律上できないのである。よって、管理計画による捕獲は、ノネコの殺処分のためではなく、ネコ全般を「森林から出す」ために行っているとしか言えないのである。
ツイッターで「ノネコとノラネコを区別できないから管理計画には問題がある」という趣旨の言説を見たが、前述のとおりそもそも管理計画では捕獲に当たって事実上ノネコとその他のネコを区別しておらず、また区別できないことを見越して作られていることから、その指摘自体が的外れである。
第210回国会(臨時会)において、塩村あやか参議院議員の「ノネコの発生源はノラネコ、外で飼われている飼いネコとされているが、ノラネコ、外で飼われている飼いネコがノネコと判断される基準は何か示されたい。」との質問に対し、岸田文雄総理大臣が「策定していない」と答弁している。
森林内のTNR個体を放置すればノネコ化する恐れがある。管理計画ではノネコを増やさないことも計画に含まれていることから、捕獲にあたってノネコとその他のネコを区別しないことは管理計画の理念に反していない。また管理計画の目標は「ノネコの根絶」ではなく「在来生態系の保全」である。上記引用のとおり、TNR個体であったとしても、捕食などにより生態系に悪影響を及ぼすことはノネコと同じであることから、これを捕獲し、森林内から出すことは目標達成のために必要なことである。
まとめ
以上により、管理計画は論理的にも法的にも殺処分が前提ではないことが確認できた。ここまで読んでいただいた方の中にもし殺処分が前提だと思っている方がいたら、いま一度よく考えてほしい。
先日話題になった記事では「殺処分ありき」と書かれていた。「◯◯ありき」とはすでに◯◯が決定していることを指す。「前提」とほぼ同様の意味であることから、同様に「殺処分ありき」ではないと言える。他にも当該記事は多くの事実誤認を含んでいるため、奄美在住で管理計画の検討会に参加するなど、奄美のノネコ問題に詳しい @amamibook_f5 さんのファクトチェックと合わせて読むことをお勧めする。
「殺処分を前提として捕獲している」というような管理計画の誤読や事実の誤認に基づく非難はデマと言わざるを得ず、厳に慎むべきである。
一方、「国や行政がやることだから」と無批判でいることもまた不健全である。管理計画の内容を検証することは何ら問題はなく、疑義があれば正当な手段によって申し立てることは排除されるべきではない。また、実施状況に関心を寄せ、法令に反する運用や管理計画に基づかない運用などが行われている事実があった場合には、厳しく非難すべきであろう。
おまけ① 奄美にノネコは存在するのか
管理計画には以下のように記述されている。
この出典は「環境省那覇自然環境事務所(2015)平成 26 年度奄美大島生態系維持・回復事業ノネコ生息状況等把握調査業務報告書」であるが、残念ながらインターネット上に公開されていない。そこで、「塩野﨑和美(2016)奄美大島における外来種としてのイエネコが希少在来哺乳類に及ぼす影響と希少種保全を目的とした対策についての研究」を当たってみたところ、次のような記述があった。
上記のとおり、人の生活環境に依存しているネコの行動範囲外においてもネコの糞が確認されていることから、人に依存しないネコ:ノネコは存在すると考えてよいだろう(Googleマップと上図を比較すると、人里離れた深い山中で糞が採取されていることが分かる)。
おまけ② ノネコによる生態系への被害
ノネコは日本の侵略的外来種ワースト100に指定されているほか、前述のとおり「我が国の生態系等に被害を及ぼすおそれのある外来種リスト」において「緊急対策外来種」に選定されており、生態系に被害を及ぼす生物とされている。
奄美における生態系への被害としては、希少な在来生物の捕食が確認されている。
ノネコは外来種であることから、在来種を高い割合で捕食している事実は、生態系に被害を与えていることを示している。
※クマネズミは外来種
おまけ③ ノネコ以外のネコの捕獲は違法か
『ノネコを捕獲するために有害鳥獣捕獲の許可を得ているのに、ノラネコなども捕獲されているのはおかしい』との指摘もある。目的以外の動物が捕獲されてしまうことは「錯誤捕獲」と呼ばれ、可能な限り防止することとされているものの、直ちに違法となることはない(その個体を放置して死なせたりすれば、違法捕獲となる可能性はあるだろう)。
上記の原則に従うならば、ノネコ以外のネコが捕獲された場合は放獣を検討することになる。ネコの場合はその場で判別が難しいこと、錯誤捕獲されたネコはいずれも動物愛護管理法の対象となることから、その場で放獣はされず、保護していると考えられる。
錯誤捕獲自体は不適切であり可能な限り防止する必要があるが、ノネコとその他のネコを区別して捕獲することは不可能であることから、錯誤捕獲した場合の取扱いをあらかじめ明確にすることで適切性を担保していると考えられる。
おまけ④ 殺処分の法的根拠
周知のとおり、残念ながら多くの自治体でネコの殺処分が行われている。
その法的根拠は「犬及び猫の引取り並びに負傷動物等の収容に関する措置について」である。この中で、都道府県が動物愛護管理法第35条第一項の規定により引き取った保管動物の処分について次のように規定している。
捕獲後の運用は奄美も他の自治体と同じであると言える。
また、 1 週間の公示期間についても、奄美市公式HPにおける「よくあるお問い合わせ一覧」において「ノネコ管理計画等に定める固定的な期間ではなく、保健所等での 収容期間を調べたり、民間団体への意見を聞くなどを行い、総合的に検討し判断」としている。
https://www.city.amami.lg.jp/kankyo/documents/qanda.pdf
さらに、第210回国会(臨時会)において、塩村あやか参議院議員の「公示期間の妥当性についてどのように考えるか。」との質問に対し、岸田文雄総理大臣が「奄美大島に所在する保健所において保護された犬を収容する際の公示期間を踏まえて、管理計画において「一週間」としており、妥当であると考えている。」と答弁している。
上記により、殺処分が想定されていることも、公示期間が一週間であることも管理計画に特有なものではなく、一般的な運用であると考えてよいだろう。