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子供が欲しいと思うまで

「子供って何考えてるかわからない」
中学の保育園への体験学習で辿り着いた感想である。
当時、幼稚園の先生や保育士に憧れた私は、この保育園の体験学習で心折れた。

高校の政治・経済の授業で「気になった新聞記事を取り上げて発表する」という課題で高校生の私は、児童虐待を取り上げ『自分が親としてやっていける自信が持てるまで、子供は産まない方がいいと思った』的な感想を述べて、先生には「暗いな…」と言われた。実に腑に落ちない。

 そして高校時代の私は初潮を迎えてから、ずっと生理不順で親に産婦人科に連れ込まれていた。その当時の産婦人科に私が持っていたイメージは「これから赤ちゃんを産む人、もしくは何らかの事情で中絶を必要とする人が行く」で、当時うら若き乙女だった私が行くのはなんとなく憚れるところで、毎回いやいや連れていかれたし、時には激しく抵抗した。1年以上生理が来なかった時は渋々行ったけど、

過去に色々あり、若干男性不信だった私は「別に結婚する予定も出産する予定もないのに何故母はこんなに必死に病院に連れて行くんだろう。生理がきたらきたで色々大変だし、あぁ面倒臭い」と思っていたが、多分娘が生理不順だったら、私はきっと娘を産婦人科に連れ行くだろう(遠い目)

基礎体温、服薬、なかなか改善されないので、ホルモン注射を受けたこともあった。お尻に注射というのも、10代のうら若き乙女にはショッキングだったがもっと衝撃的だったのが

「注射は、右(のおしり)にしますか?左(のおしり)にしますか?」

どっちでもいいし、どうでもいいし、何逆にどっちがあなたのオススメなの??様々な雑念が脳裏を過ぎ去ったけど、

「じゃぁ、右で…」

と答えた自分も、もはやわけがわからなかった(辛)注射が終わった後で車を運転しながら思いましたね。
「すっごい、右のお尻に違和感…ムズムズする。ここは、左にすべきだったか?

しかし、結婚の予定はないとした人生設計に転機は訪れ一人の男性とお付き合いを始め、結婚をすることになった。未だ生理不順は継続しており、このままでは、円滑な妊娠・出産は望めないかもしれないということをお伝えしたところ、彼はそれでも構わないから一緒にいて欲しいと言った。後の旦那となり、一児の父となる実に偉大な御方である(賛辞)

母は勿論私の身体を理解しており、義母に至っては「私は、まだ『おばあちゃん』って呼ばれたくないから子供は、まだいらないわよ」の言葉に5年以上甘えていると、次第に周りが出産ラッシュ、覚悟はしていたから何も心は痛まなかったが、同じ時期に結婚した子や不妊治療で子供を授かった友達の話を聞いて、いつもとは母の顔を見せる友達を見てると
「母になるって凄いな」「自分に子供が産まれたらどうなるのかな?」
そして、なぜか楽しそうに友達の子供をあやしてる旦那を見て、不妊治療をして出産しようと決めた。

丁度、この頃には、生理も比較的順調に来るようになり、現在の住所に居住も構え精神的にも安定してたで、「始めるなら、今しかない」と思ったのだった。

※表紙のイラストは旦那じゃなくて、不妊治療時に使用した排卵誘発剤の擬人化

あっ、続きますよこれ


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