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いのちのリズム

サハラの闇に、風にのって太鼓の音が響いている。 時に力強く、時に物悲しく、聴く者の心をとらえて離さない。 あのリズムはどこから来るのだろう?
打つ者のこころ模様を映し出す音色は...... そうだ! 心臓の鼓動なんだ。
古代の人は知っていた。 うれしい時、悲しい時、その時々の感情によって心臓の音色が、リズムが違うことを。 それだけ自分と一体となって生きていたわけだ。 そのリズムを石に、木に叩いてみたのがアフリカンドラムのリズムの始まりではないか。 リズムにのって自然にからだが動くのも、心臓の鼓動が血液を送り出し、絶え間なく流れ動くのと同じ。 リズムにのって血液は流れ続け、からだはダンスを踊る。 常に動いてないと人は生きていけない。

健康な時の力強い心臓の鼓動を聞いてみたい。 そのリズムは人を蘇らせる力になる。 アフリカのシャーマンは手拍子でリズムをとりながら人をトランス状態に導き、心臓の鼓動のリズムと音色を悪いものから良いものに変えていくのだそうだ。 非科学的と一蹴すべきだろうか?
確かに医療機器は頼りになるが、いのちの根源からみて、これもありという気がするのだが..... 今の医学ではまずあり得ない。

心臓の鼓動がアフリカンドラムのリズムの起源だとすると、その心臓の鼓動、呼吸のリズムのおおもとには何があるのだろう?
《三木先生登場です! 》

古生代の後半に地球は大地震に見舞われて、巨大な干満の波が起こることになった。 脊椎動物である魚たちはある時は干潟に打ち上げられ、ある時は海に戻されたりの中で、いつの間にか呼吸をつかさどっているえらの後ろに肺の袋ができてきた。 この水と陸のはざまで「進むべきか 退くべきか? 」来る日も来る日も迷い続けたに違いない。 このえらと原始の肺を合わせ持った魚たちの波打ち際のドラマの時代はなんと数百万年も続いたのだそうだ。 あるものは故郷の海を捨て上陸し、あるものはあきらめて故郷の海に戻っていって、脊椎動物はここで二つの系統に分かれることになった。

数百万年にも及ぶ水辺の生活の中で、いつしか刻み込まれたであろう波打ちのリズム。 それは人間の呼吸のリズムと深いかかわりがあるように思えてならない。 波が打ち寄せた時にブクブクと息を吐き、波がサーっと引いたときに大きく息を吸う。 そんな呼吸と波打ちの関係。 呼吸をつかさどるえらの神経は心臓へも達しているから、心臓の鼓動のリズムも海のうねりと深くかかわっている。 浜辺で聞く波の音に限りない安らぎを覚えるのも、こうした本来の生のリズムがそこで遠い彼方から呼び戻されたからではないかと三木先生はおっしゃる。 

前回の「シルリアの海」の録音は伊古部の海岸。 今回はジャマイカの海。
目をつぶったり、眠りにつきながら、聴いている。 自然の音をもっともっと体に沁みこませたら、自然良能がよみがえっていく、 そんな思いで!
(波の楽園 ジャマイカ 小久保隆より・・・三木先生の本がヒント)




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