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ゴーゼンスの特殊なキャリア

19日に行われたEUROのグループステージ第2節ポルトガル戦(○4-2)で、UEFA選出の「マン・オブ・ザ・マッチ」に輝く活躍を見せたゴーゼンス。

ゴーゼンスはオランダとの国境近くにあるノルトライン=ヴェストファーレン州エメリッヒ生まれ。

ドイツ人の母とオランダ人の父を持つ。

祖父は警察官で、ゴーゼンスも警察官になりたいと考えていた。

ゴーゼンスは以前、「ドイツのいくつかの州で応募した。ノルトライン=ヴェストファーレン州では足の長さの違いを理由に落ちた。ラインラント=プファルツ州では、次の選考に進んだけど、その後、最初のプロ契約を結んだため、それ以上それを追求することはなかった」と明かしていた。

ゴーゼンスは、ブンデスリーガのクラブの下部組織に所属したことはなく、ノルトライン=ヴェストファーレン州のアマチュアクラブを経て、オランダに渡った。

ゴーゼンスはVfLレーデというドイツのアマチュアクラブに所属していた17歳の時にオランダのスカウトに発掘され、2012年にフィテッセのU19チームに移籍したが、VfLレーデでプレーしていた当時は試合前日の朝まで酒を飲み、睡眠不足でアルコールが体内に残ったまま試合に臨むような生活を送っていたようだ。

ゴーゼンスはローン先のドルトレヒトで14/15季にトップチームデビューを果たすと、2015年夏にヘラクレスに移籍。

そして、2017年夏にアタランタに移籍後は、ジャン・ピエーロ・ガスペリーニ監督の下で急成長を遂げ、ドイツ代表にまで上り詰め、ポルトガル戦のヒーローとなった。

ゴーゼンスのエピソード

◆ゴーゼンスは通信教育で心理学を学んでいる。

◆婚約者のラベアさんは理学療法士。
ゴーゼンスは、ラベアさんと愛犬のマロウ(オーストラリアン・シェパード)と一緒にベルガモに住んでいる。

◆ピッチ上のロールモデルは、オーストリア代表のダヴィド・アラバ。
ゴーゼンスは「彼は僕より2歳しか年上ではないけど、僕がまだ地元のクラブでサッカーをしていた時に彼はブレイクした。彼の多才さには感心させられるよ」と語っている。

◆ゴーゼンスは2011年にはボルシア・ドルトムントでトライアウトを受けたが失敗している。
「ドルトムントの練習に参加して、一生に一度のチャンスがあったかもしれないけど、足がふらついていて、パスを出す度にチームメイトから5メートルも離れた所に出してしまった。完全な失敗だった」と、ゴーゼンスは振り返っている。

◆ゴーゼンスは熱狂的なシャルケ04のファン。
2019年にはアタランタが拒否したため、シャルケ04への移籍は失敗に終わった。

◆ゴーゼンスはオランダ代表でプレーする可能性もあった。
当時のオランダ代表監督ロナルド・クーマンは、ヨアヒム・レーヴ監督よりも前にゴーゼンスのもとを訪れて説得を試みたようだ。だが、ゴーゼンスはクーマン監督にNOと言った。

◆ゴーゼンスは2019年1月30日に行われた18/19季のコッパイタリア準決勝アタランタ3-0ユヴェントス戦の試合後、ユヴェントスに所属するポルトガル代表FWクリスティアーノ・ロナウドにユニフォーム交換を依頼したが、断られていた。

今回、そのリベンジの機会が訪れたが、ゴーゼンスはユニフォーム交換を求めなかったようだ。
ちなみに今回の試合後、クリスティアーノ・ロナウドとユニフォーム交換をしたのはクロースだった。


参照:6月20日、Bildなど


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