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『さがす』レビュー/成田おり枝さん(映画ライター)

とんでもない映画を観たーー。そんな気持ちにたっぷりとさせてくれる衝撃作『さがす』が、2022年の幕開けにスクリーンに登場する。先の読めないサスペンスフルな展開に巻き込まれ、ハラハラしっぱなしの123分。そこから浮かび上がる人間の業に、映画が終わってしばし呆然してしまった。本作で商業デビューを果たした片山慎三監督の才能とともに、お茶の間の人気者でもある佐藤二朗、NHK朝の連続テレビ小説「おかえりモネ」の出演も話題となった伊東蒼、清水尋也、森田望智ら期待の若手陣の“テレビでは決して見せたことがないような表情”に驚くこと必至の作品に仕上がっている。

障碍を持つ兄妹が犯罪に手を染めていく姿を描いた初監督作『岬の兄妹』で注目を浴びた片山の長編2作目となる本作。指名手配犯を見かけた翌朝に姿を消した父の原田智(佐藤)を主人公に、中学生の娘・楓(伊東)が孤独と不安を押し殺しながら父を探していくうちに、連続殺人犯と出会う姿を映し出す。

佐藤ニ朗といえば、数々の映画やドラマで強烈な存在感を発揮し、「勇者ヨシヒコシリーズ」の“仏”役でブレイク。福田雄一監督のコメディには欠かせない存在で、クイズ番組のMCやSNSで発信しているお茶目な素顔など、ユーモラスな姿が印象に残っている人も多いだろう。マルチな活躍ですっかりお茶の間の人気者になっている彼だが、「佐藤二朗は何者か?」と考えたときに本作を観たら「ものすごい役者だ」と実感できるはず。パブリックイメージを封印し、彼の役者としてのすごみをこれでもか!と見せつけられるのが本作なのだ。

情けなくもなぜか憎めない愛嬌のある智は、どこにでもいそうな市井の人。少しずつ彼の人生の歯車が狂いだし、どうしようもない状況に陥っていくのだが、その過程で見えてくる智の持つ矛盾やおかしみを、佐藤がすばらしく表現している。味のある俳優って、こういうことをいうんだな…としみじみ。インタビューではいつも情熱的に芝居への想いを語ってくれる佐藤。“役者・佐藤二朗”の姿をぜひ本作で目撃してほしい。

本作の完成披露の場では、佐藤が「素晴らしい才能のお三方」と伊東、清水、森田をながめながら、「みんな『おかえりモネ』に出ているんです。僕だけが出ていない」と嫉妬して会場を笑わせる一幕があった。「おかえりモネ」で清原果耶演じるヒロイン・百音の前に現れる中学生に扮していた伊東は、本作で父親を必死に探す娘を熱演。楓が動き出すことで、物語が進行していくという重要な役どころで、父親がいなくなった不安、突き進む力強さ、時折見せるユーモラスな表情まで、どの瞬間も彼女の演技から目が離せない。伊東は本作に携わって「お芝居の楽しさ、やりがいを感じた」というが、佐藤は「この年齢でこの感性でこの技術。怪物です」と手放しで絶賛していた。

また「おかえりモネ」で“マモちゃん”の愛称で親しまれた百音の同僚、内田役を好演していたのが清水。どこか飄々としながら、恋人への一途な想いを隠せない“マモちゃん”を魅力的に演じていた彼だが、本作ではそれはそれは恐ろしい、“名無し”と呼ばれる連続殺人鬼の狂気を体現。清水が「ただ怖くて怪しいだけではキャラクターとして面白くない。普通の青年として擬態しながら、人を殺める時はリミッターが外れたようなモードに切り替わる様を意識しました。かなり気持ちが悪いと思う」と語るように、リアリティある人物として“名無し”を表現していた。またこれまで『渇き。』(2014)や『ミスミソウ』(2018)など、不穏な気配を漂わせる役柄でしっかりと存在感を示してきた清水の真骨頂を堪能できる作品とも言えそうだ。

そして百音の先輩役としてさわやかな笑顔を見せていた森田の、新しい一面にもびっくりさせられた。本作で森田が演じるのは、死に場所を探す女・ムクドリ。「初めて脚本を読んだとき、これはすごい話だと衝撃を受けました」という森田だが、ボサボサ頭にサングラスをかけ、世の中のすべてを呪っているかのように暴言を吐きまくるムクドリを、彼女が観る者の胸を打つような切なさとともに演じ切ったこともかなりの衝撃だ。本当に、どこまでもうまい役者がそろっている。

本作に登場する人々は、善と悪、喜びと悲しみなど、相反する感情を抱えながら生きている。役者陣の名演によって、そういった言葉では説明できないような人間の本質をきっと目にできるはず。いろいろと書き連ねてみたが、二転三転するストーリーは意表をつくラストまであっという間!とにかく観てほしい、おもしろいから!と声を大にしたい。

成田おり枝 映画ライター
大学卒業後、シネコン、ミニシアターでの劇場経験を経て、映画サイトの編集者へと転身。現在はフリーライターとして映画、アニメ、ドラマを中心に、インタビューやコラムなど日々の取材に奔走中。