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『さがす』レビュー/SYOさん(物書き)

映画を仕事にする上で、避けては通れない“弊害”――。「仕事の一環」という緊張感が付きまとい、純粋無垢に楽しめなくなることはその一つだが、ごく稀にそんな職業病をぶち壊す力作と邂逅するときがある。制御装置を外され、“我を忘れる”ほど没入し、いち観客に戻って満喫してしまう幸福……。『さがす』と過ごした時間が、まさにそうだった。

本作は、端的に言えば「失踪した父親を娘が捜す」物語だ。優れた作品はシンプルさと新しさ、つまり「入り込みやすいのに先が読めない」を併せ持っているもの。『さがす』は「ある日突然、父が消えた」という王道のサスペンスミステリーから始まり、「父親が働いている作業現場を訪ねたら、別人が父の名義を使っていた」「しかもその人物は指名手配中の連続殺人犯だった」という意表を突いた展開になだれ込み、中盤で物語の主人公が娘(伊東蒼)から父(佐藤二朗)へとスイッチする。そこから先は観てのお楽しみということで言及を避けるが、すべての謎が鮮やかに紐解かれつつ、サスペンス×ミステリー×コメディ×社会派ドラマ×親子愛の人情劇×バイオレンス等が渾然一体となって畳みかけ、得も言われぬ余韻をたたえたラストシーンへと駆け抜けていく。

ストーリーも予測できなければ、ジャンルも絞れない。さすれば観客はただただ、目の前で繰り広げられる事象を追いかけていくのみ。こちらの思考が追い付けない速度で変形することで、ダイレクトに反応する感情だけに削いでくれる『さがす』は、片山慎三監督が、恩師であるポン・ジュノ監督が創出した傑作『パラサイト 半地下の家族』の“面白さ” を継承しようとした――という逸話もかくやと思わせる“質”と“熱”に満ちている。

片山監督・小寺和久(Netflix「新聞記者」「全裸監督 シーズン2」)・高田亮(『そこのみにて光輝く』)の脚本チームの仕事ぶりにはただただ驚かされるが、大切なのはそこに感情がしっかりと乗っていることであろう。喜劇俳優としてのパブリックイメージに則りながら、一瞬のシリアスで観る者を飲み込む佐藤二朗(彼が演じる父親に対するイメージが冒頭と観賞後で全く変わっているのも、見事というほかない。『パラサイト 半地下の家族』のソン・ガンホにも通じるアプローチだ)、強権的な父におびえる娘を演じた『空白』とは真逆のチャキチャキした役どころを見事に演じた伊東蒼、『渇き。』から『東京リベンジャーズ』まで幅広く活躍し、本作では異常性癖の殺人鬼を怪演した清水尋也ほか、俳優陣が魅せる生の輝きが、本作を特別なものにしている。

観賞後の“後遺症”も、強烈だ。劇場を出た後も興奮がさめやらず、周囲に喧伝せずにはいられなくなる熱の持続と伝播――実際、撮影や取材の現場においても本作の名前が挙がることは少なくなく、「どうやら凄いらしい」と噂が噂を呼んでいると聞く。『ドライブ・マイ・カー』や『由宇子の天秤』『空白』等、観客を熱にうかす話題作の最新トレンドが『さがす』なのだ。

ここまで書き連ねてきて最後にこんなことを言ってしまうのは何だが、『さがす』の魅力を語るなら徹頭徹尾「面白いから、観て!」に尽きる。前情報も予備知識もなく、暗闇の中で123分間新鮮な驚きに身をゆだねる。その“リスク”を冒す甲斐は、十二分にあるはずだ。

SYO 物書き
1987年福井県生。東京学芸大学卒業後、映画雑誌の編集プロダクション、映画WEBメディアでの勤務を経て、2020年に独立。
映画・アニメ・ドラマ・小説・漫画・音楽などカルチャー系全般のインタビュー、レビュー、コラム等を各メディアにて執筆。トーク番組等の出演も行う。
Twitter:@SyoCinema