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【ネタバレあり】『さがす』レビュー/轟夕起夫さん(映画評論家)

※本記事にはネタバレを含みます※

 片山慎三監督の渾身の一撃、長篇2作目のハードルを予想以上のジャンプ力で飛び越えてみせた『さがす』。この作品レビューのイントロダクションとして、こんな個人的なエピソードを紹介してみたい。

 じつは筆者は、助監督時代の若き片山青年と“ニアミス”していた過去を持つ。一体どういうことか。かのポン・ジュノ監督も名を連ねたオムニバスムービー、『TOKYO!』(2008年)の一篇「シェイキング東京」を覚えているだろうか。「シェイキング東京」といえば片山青年がポン・ジュノ組に初めて参加した作品だが、たまたま筆者の自宅の近くでロケをしていたのだ。撮っていたのは主演の香川照之が坂道にいるシーン──表面が滑り止めの円形のくぼみ=O(オー)リングで埋め尽くされた路上に立ち尽くす、というくだりで、それを邪魔にならない位置からしばし眺めていたのであった。

 むろん当時は、27歳の片山青年が目の前の現場スタッフの一員だった事実など全く知らなかった。言うまでもなく彼は続く『母なる証明』(2009年)でもポン・ジュノ組の助監督を経験するのだが、後にそうしたバックボーンが世間に明らかとなり、『岬の兄妹』(2018年)をひっさげて監督デビューしたときはだから、一際驚かされた。あわせて大胆不敵な、攻めに攻めまくった作風にも!

 今回の『さがす』ではそのアグレッシブさは変わらないものの、より技巧的な上手さが目立つ。冒頭、フランツ・リストの名曲「愛の夢」が優雅に流れる中、主人公の原田智(佐藤二朗)が野外でなぜか、ハンマーの素振りをしているハイスピード撮影っぽいショットから映画は始まる。と、次は時制をスパッと近過去に戻し、智とひとり娘の中学生・楓(伊東蒼)との父子生活、仲はいいが貧しい日常のひとコマが描写され、翌日には唐突に失踪してしまった父の足取りを追う「楓の捜索劇」へと突入してゆく。

 で、中盤。楓が紆余曲折を経てついに、蒸発した父親の居場所を探り当てたのかと思いきや、片山監督(と高田亮、小寺和久)の練った脚本はそこで、「3カ月前」と「13カ月前」の出来事を別角度から捉え直していき、物語の流れを再構築してループさせながら、(冒頭予告的に)智がハンマーの素振りをしていたあの時空へと辿り着く。そのとき作劇上離れていた2つのシークエンスを接続するのは、現地でかけられていたレコードの曲……リストの「愛の夢」の調べ。観る者は散々翻弄されつつ、後出し的に既出のディテールに、新たに意味づけをしていく“映画の企み”に飲みこまれる。

 なかでも白眉は、卓球のピンポン玉が出てくる幾つかのシーンだ。最初は至って、プレーンなトーン。不穏さこそ漂うが、これといった暗喩は込められていない。すなわち、借金がかさんで閉業した西成の卓球場を智は、(なりゆきでタッグを組む)指名手配中の連続殺人犯・山内(清水尋也)に隠れ場所として宛てがうのだが、押入れで眠っていたところを楓に見つけられ、山内は逃げる際、テーブル上にあったカゴを手で払い、入っていた無数のピンポン玉をバラ蒔くのである。

 では、こちらのほうはどうか。ALS(筋萎縮性側索硬化症)で苦しむ妻の公子(成嶋瞳子)の最後の希望を叶えるために智は山内に頼み、自死=縊死の幇助をしてもらう。とはいえ実質それは殺害で、智が公子に握らせていたピンポン玉は彼女が事切れると床に落ち、音を立てて弾むも無情にも山内に踏み潰されるのだ。気持ち的にはやるせなく、“何か大切なもの”を壊されたような感覚に襲われる。そして、ラストに待っているのは再開した卓球場での楓と智の対決。ラケットを握った二人が言葉のやりとりと共にピンポン玉を打ち返し、ラリーを続けるワンカット、ロングテイクの場面で、飛び交う白球はさながら視覚化された“人間の真心や魂”にも受け取れる。

 卓球台上の、世界を2分するネットの存在がまたシンボリックで、智の質問に対し、楓の決定的な一言が飛び出した瞬間、とうとう智のラケットが空を切る。三たびピンポン玉が床に落ちて、リフレインされる響きが心を刺激する! 「うちの勝ちやな」「何の勝負やねん」。立場は完全に逆転、警察の車なのか、外で鳴るサイレン音が大きくなり近づいてくる。が、驚くべきは二人の念押しの会話のあとだ。見えないボールでプレイすることが共同幻想のメタファーだったミケランジェロ・アントニオーニ監督の『欲望』(1966年)、それからその『欲望』にインスパイアされたとおぼしき大島渚監督の『儀式』(1971年)のラストのごとく、今度はピンポン玉が消えたエア状態でラリーが始まる(音だけはする)。様々な解釈が可能だが、筆者は、たくさんの過ちを犯したけれども「(親子)ゲームはまだ続く」のだと思った。たとえどんな境遇に陥っても。エンドクレジット、髙位妃楊子による音楽のブレイク部分でピンポン玉の弾む音がカットインしてくるのが素晴らしい。

 『TOKYO!』の公開前、再来日したポン・ジュノ監督に取材して伺ったのだが、「シェイキング東京」の撮影現場ではよく、「次のカットはHENTAIでお願いします」と言っていたのだそう。一風変わった手法を試してみることの総称として“HENTAIショット”という造語を用いていたのだ。“師匠”の影響は避けがたいが、単なる模倣には走っていない片山監督。この『さがす』には彼なりの“HENTAIショット”が横溢している。

轟夕起夫 映画評論家
1963 年、東京都蒲田生まれ。キネマ旬報、クイック・ジャパン、シネマトゥデイ、DVD&動画配信でーた、シネマスクエア、劇場用パンフレットほかで執筆中。Twitter:@NetTdrkオフィシャルサイト「読む映画館」:https://todorokiyukio.net