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映画『さがす』レビュー/斉藤博昭さん(映画ライター)

基本的に映画というものは、予備知識をできるだけ少なくして向き合いたい。しかし、ある程度の前情報をもらってないと、観るための衝動が起こらない。

最近は「思ったとおりに話が進んで納得した」なんて言う意見も多く聞かれるが、個人的には「なんとなく面白そうで、軽い気持ちで観始めたら、とんでもない世界に連れて行かれた」という経験こそ、映画の醍醐味であると強く感じる。だから、ネタバレのボーダーラインは、じつに難しい。

重要なのは、作品の中での急展開や、最もサプライズ、ショック、感動を引き起こす部分を、これから観る人に伝えないことで、その必要性も作品によって大きく異なるとはいえ、直近では『スパイダーマン:ノー・ウェイ・ホーム』などは、できるだけ見どころとなる部分の情報をシャットアウトして観るべき作品だった。そうすれば、驚きと感動は異常レベルを記録する可能性もある。

その意味で『さがす』も、スパイダーマン級である。世界で人気のヒーロー映画と比べるのもどうかと思うが、まっさらな気持ちで対峙すれば、信じがたい経験になると断言したい。ただ、スパイダーマンの場合は、過去の作品からある程度、ストーリーやアクションに関して予想や期待を高め、それを確認するというプロセスがある。では『さがす』の場合は、どうか? 『岬の兄妹』の片山慎三監督という点は、一部の映画ファンには、心ざわめく強烈な何かを予感させるだろう。そして主演が佐藤二朗であり、作品としては明らかにシリアスなムードが漂っていることから、彼がどんな演技をぶつけてくるか想像すれば、あらぬ方向へ導かれると確信するはずだ。

その予感と確信だけで、あとはタイトルの「さがす」が示す、「突然、行方不明になった父を中学生の娘が探す」という基本設定だけで入ることが、本作にとってベストではないか。

実在の事件も頭をよぎるこの物語に没入するうえで、不可欠となるのが俳優の演技だが、佐藤二朗はむしろその個性を消す“引き算”の表現にこだわり、一方で、娘の楓を演じる伊東蒼は現在16歳にして、すでに唯一無二の存在感を発揮する。不遇な環境にもかかわらず、したたかに、逞しく、そして少しばかりの哀しみを、その瞳に漂わせる。しかし、ここまでは想定内。衝撃を受けたのは、もう一人のメインキャスト、清水尋也である。

2019年の『ホットギミック ガールミーツボーイ』で主人公の相手役を務めた彼を観たとき、その違和感に心が妙にざわめいた。それは、いい意味での違和感。この種の、いわゆるキラキラ映画にありがちな恋の相手ではなく(結局、映画自体もキラキラ系ではなかったが)、その長身を持て余したような奇妙な動き、ぎこちない感情表現に、日本映画には珍しい「新種」を見つけた気がしたのだ。その後、NHK朝ドラの「おかえりモネ」では、その奇妙さを完全消去していたのに再び驚いた。そして今回の『さがす』である。

おそらくオファーを受けた俳優の多くが、悩むであろう役どころで、この清水尋也は最初の登場シーンから、不思議なオーラを放っている。その後、どんな演技を見せるかは、ここもこれから観る人に絶対に話すことはできない。しかし、この登場だけで何かを予感させるところに、この俳優の本能を確信する。

今年の米アカデミー賞では、『パワー・オブ・ザ・ドッグ』(Netflixで配信中)でコディ・スミット=マクフィーという俳優が、助演男優賞ノミネートを有力視されている。『ぼくのエリ 200歳の少女』のリメイク版『モールス』で主人公の少年を演じ、その後、「X-MEN」シリーズのナイトクローラー役などで活躍してきた、25歳の若手実力派。やはり身長は185cmで、その肉体のシルエットはもちろん、周囲を翻弄するほどの不可解さを表現できるという点で、清水尋也の個性と異常にリンクする。両者とも一見、何を考えているかわからない目をしていながら、その奥にあらゆる感情がくすぶっていることがよくわかる。そんな発見も、映画を観る楽しみだ。

まだまだ書きたいことは尽きないが、やはり踏み込むと、これから観る人の喜びを奪ってしまいそうである。ただ、これだけは断言したい。『スパイダーマン:ノー・ウェイ・ホーム』、そしてこの『さがす』と、立て続けに大きなサプライズと、その先の衝撃と感動を受け取ることができるという意味で、映画の観客にとって2022年の幕開けは幸福な時間になる――。

斉藤博昭 映画ライター
映画専門のライター、インタビュアーとして活躍。主な執筆媒体は、シネマトゥデイ、Safari、ヤングマガジン、クーリエ・ジャポン、スクリーン、キネマ旬報、映画秘宝、ぴあ映画生活、VOGUE、シネコンウォーカー、Movie Walker、スカパー!、GQ JAPAN、 CINEMORE、BANGER!!!、劇場用パンフレットなど。得意な分野はハリウッドのアクション大作やミュージカル映画だが、日本映画も含めて守備範囲は多岐にわたる。日本映画ペンクラブ会員。コロンビアのカルタヘナ国際映画祭、釜山国際映画祭では審査員も経験。『リリーのすべて』(早川書房刊)など翻訳も手がける。