2019 第18節 : 川崎フロンターレ VS サガン鳥栖

2019シーズン第18節、川崎フロンターレ戦のレビューです。

スタメンですが、ミョンヒ監督は、清水戦と変わらぬ陣容で川崎戦に臨みました。ただし、その配置は前節と異なる変化が見られ、右サイドバックの位置に原が、左サイドバックの位置に小林が入りました。インタビューなどで伺う限りは、家長対策、そしておそらく登里対策との事でしたが、彼らに決定的な仕事をさせる場面も少なく、結果無失点でしたのでその策は成功だったと言えるでしょう。個人の対策のために左右を入れ替える策をミョンヒさんが用いたのも驚きでしたが、そのオーダーに応えた小林、原も素晴らしい動きでした。

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鳥栖の守備時のセットアップは4-4-2。川崎のビルドアップは、センターバック2枚とドイスボランチ2枚とのスクエアでビルドアップを試みますが、そうなると、ツートップとドイスボランチを正面からぶつけてくる鳥栖に同数プレッシングを浴びてしまうことになります。よって、本意か不本意は分かりませんが、田中を下げて最終ラインを3枚でボール保持を行うようになりました。川崎はボールを保持したタイミングで有無を言わさずにボランチを下げ、両サイドバックを上げて…という形ではなく、車屋も登里も最終ライン近くでボールを受けとること(崩しの中でビルドアップに加わること)もプレー選択の中にあったので、なるべくならば中盤を下げたくはなかったのかなと感じましたが、鳥栖の守備組織に対してそうともいかずという所。

田中が下がった状況になっても鳥栖は4-4-2ブロックを保持。それが意図するメッセージは、中央にスペースを与えたくないというミョンヒ監督の強い気持ち。福田、原川がプレッシングに出ていくことにより、自由奔放な家長が入り込んできたり、0トップ気味に引いてくる小林の活動スペースを生むことになります。ボールは奪いたいけれども、相手にはスペースを与えたくないという折衷案は、ミドルサードにおけるブロック守備でした。同時に、数的不利が生まれる最前線で、トーレス、金崎のガンバリが必要となるのは自明の事実。事前に示し合わせていたのかどうかは定かではありませんが、中央へのパスコース遮断はトーレスが担い、ボールサイドの誘導や相手が下げた時のプレッシングは金崎が担っていました。2人で3人を見るためにはコースの制限、そして制限されていないコースへの追い込みは必須条件です。1列目を突破されて押し込まれた後でも、トーレス、金崎、ともにプレスバックを執拗に行っていましたし、この雨の中で体力も削られる中、ツートップは身を粉にしてチームに貢献してくれました。

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最前線の守備をツートップのガンバリに任せる方向性で臨んだのは、みなさんの記憶にも新しいであろう2017年のこの試合が経験則となっているのではないかと。

この試合、前半に2点とって上々の滑り出しでしたが、中村の投入によって後半に3点を奪い返されて負けてしまった実に悔しい試合です。川崎の3人のビルドアップ隊に対して、4-3-3でハメに行こうとしたものの、サイドチェンジに対して中盤のリンクが切れ、中村にスペースを蹂躙されるという忌々しい記憶は、この試合のスタメンであった福田にも原川にも義希にも残っているでしょう。無論、時代も変わり、指導者も変わり、選手も変わり、鳥栖の変化によるものも大きいでしょうが、ピッチにはいってしまえば、最終的にプレイするのは選手の判断であり、意思の強さにも関わります。当時の試合を経験した選手個々の意識の中に残っている失敗(敗戦の悔しさ)は、この試合の中央のスペースを絶対に空けないという堅固な守備につながっているはずです。

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鳥栖が中央を閉めてきたので、川崎の攻撃の活路はサイドからというところで、最終ラインからのボールはサイドバックに回る機会が増え、鳥栖はサイドにボールが入ったタイミングでプレッシングの機会を計ります。この試合ではサイドハーフがプレッシングの位置を定め、サイドに誘導できた後は、アンヨンウとクエンカが積極的にサイドのボール保持者に迫る動きを見せ、チーム全体が圧縮して攻撃を停滞させようとする動きを見せていました。

川崎にとっては、サイドに回した直後にプレッシングに来られる状態では、鳥栖の後ろの守備が整備されているので、デュエルに勝ったところであまりうま味はありません。そこで、ハーフとバックの縦の位置関係を変えたり、ボール巡回による逆サイドからの攻撃を狙ったり、大外で一人余らせるようにハーフスペースにひとり人数を割いたり、持っている引き出しを徐々に活用しながらサイドからの侵入を図ります。

川崎としては、鳥栖のサイドの深い位置で川崎のサイドバックと鳥栖のサイドハーフが1対1になる状況はひとつの求める形だったでしょう。この形を作ると、デュエルでの勝率も上がりますし、デュエルでの勝利がそのままシュートのチャンスに結び付けることができます。サイドハーフを押し込めることによって、鳥栖のカウンターの機会を阻害することができるのもGood。鳥栖が右サイドでヨンウが引いた状態で登里とのマッチアップが何度もありましたが、この形は鳥栖にとっては望まない形でした。ファウルで止めなければならないシーンもありましたしね。

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ゾーン守備の基本はボールの動き、そして味方の動きが主体です。あくまで主体はボールと味方。そのうえで、相手が網に入ってきたときに、どのように相手を捕まえ、どこでボールを奪うのか、というのがポイントです。

攻撃側としては、どれだけ相手がプレッシングに「追いつかない」状況を作るかという所が成否にかかわります。網に入っても、相手が来る前にボールを離してしまうか、もしくは、プレッシングに来られてもつかれる前に抜いてしまうか。そして、川崎にはそれを実現してくれる大島、家長がいます。鳥栖がゆったりとボールを持たせてくれないので、通常のパスの交換のみでは攻撃として成立せず、例え成功の確率は低くとも、彼らのワンタッチプレイやドリブルによるはがしが、徐々に攻撃の中心となっていきました。

その中でも、家長はポジションを右サイド、左サイドと、鳥栖の守備に混沌を生み出すように移動して、守備の人数がそろわない状況(エリア)を作る試みを繰り返していました。右サイドではワイドに開いてクエンカがひとつ外の守備をしなければならないポジションをとり、ボランチ、サイドバックとの関係を築くことによって、最終ラインの裏を狙う攻撃をしかけます。

クエンカのファーストディフェンスに対して、鳥栖のサイドバック、ボランチの振舞い方が、鳥栖の守備のほころびにつながるか否かというところだったのですが、左サイドバックに小林を持ってきたところがここで生きました。小林を当てた家長対策は、家長自身の突破を防ぐという意味もあるのですが、家長が嫌なポジションをとって、鳥栖の守備の基準(マーカー)がずらされたときにも、フォロー役として適切に対応できるという効果も大きかったですね。

家長は、左サイドにポジションを移した時は、ハーフスペースに入り込み、長谷川、登里が縦に入ってくる際の経由地点としてボールをさばく動きを見せます。鳥栖にとって助かったのは、川崎はいったん左サイドに入ってきたら、その中での突破を試みようとしていたので、そこから逆サイドに展開という形があまり企画されなかったことです。鳥栖は、家長の移動に合わせて、全体が右サイドに圧縮していて、クエンカもペナルティアークくらいまでスライドしてハーフコート守備をおこなっていたので、そこから一発大きいサイドチェンジがくると幅を取る車屋に自由にやられていた可能性は十分にありました。家長が左利きで、中央に絞っても左サイドを見ながらボールを受けるので、ゴール前の深い位置で逆サイドという視点がなかったのかもしれません。

コンパクトなゾーン守備に対する打開の時が訪れるとすれば、それは守備側の体力の低下に伴うプレッシングの緩和とゾーンの乱れ。前半30分くらいから、金崎、トーレスの運動量が落ちるとともに、川崎は最終ラインでのボール保持に苦労しないようになってきました。また、鳥栖の狭いスペースに対する守備に慣れてきたというのもあり、段々と川崎がボールを握るようになってきました。そうはいっても、守備網の中を難しいパスを選択するケースが多くなり、決定的チャンスを与えたのは40分の脇坂、77分の小林のシーンくらいでしょうか。左サイドハーフスペースに移動してきた家長がワンタッチで裏に抜ける脇坂にパスを出したシーン、小林がボールを受けてトラップとターン一つで相手をはがすシーンは川崎らしさを発揮してましたが、高丘の好セーブで事なきを得ました。

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鳥栖が防戦一方であったかというと決してそういうわけでもなく、攻守交替でボールを握れたときには、最終ラインでのボール保持で自分たちの時間を確保していました。自分たちの時間を確保という事は、川崎の攻撃にさらされる時間も少なくなるということで、この辺りは本年度特に取り組んでいる、ゴールキーパーの高丘までも利用したビルドアップを試みている成果でもあります。

鳥栖のビルドアップは両センターバックがワイドにひらき、その間に福田もしくは原川が下りる形を作りました。前からボールを奪いたい川崎は脇坂が列を上げてプレッシングに入りますが、それでも人数不足の状況は解消せずということで、家長が列を上げて対応するケースが多くなりました。鳥栖にとっては左サイドにスペースができるのは好都合で、福田が引いているときは、原川がいつものように左サイドのライン間にポジションをとるだけでボールを引き出すことができますし、原川が引いている場合は福田がプレッシングにはまらないポジションを探してボールを引き出していました。

小林をサイドにおいた効果なのかもしれませんが、ビルドアップの出口として小林に渡すと、彼がサイドでのポストプレイのように背中を向きながらボールを受け、車屋を引き付けてからパスを出してくれるため、押し上げてくるクエンカ、原川が前を向いてボールをさばける環境を作ってくれました。

鳥栖のビルドアップの成長を感じたのは、センターバックに相手が食いついているということを察知した福田が、センターバックを絞らせて開けた脇のスペースにはいってからボールの引き出しを狙ったシーンです(右でも左でも)。定められた形ではなく、相手の動きを誘導してからのビルドアップがスムーズに企画されていて、徐々に戦術が浸透しているのが垣間見えました。

また、高丘がボール保持の立役者になるとともに、サイドのスペースに入り込む選手に対する浮き球のパスを左サイドにも右サイドにも何本か入れていました。ロングボールを蹴るにしても、奪えるのではないかという期待感を持たせるように、ぎりぎりまで相手を引きつけてから蹴っていたので、川崎の前線の3-1が中盤を空けて前に来ている状態を生むことができ、セカンドボールを拾える可能性の高い状態でのロングキックでした。チームとしてこのビルドアップを続けていくことは、未来に新たな価値が生まれる可能性は大きくありそうです。

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鳥栖の最終ラインがポジションを変化させたり、高丘をビルドアップに使ったりするため、川崎が前から行くものの、その動きに対応できずに人数のミスマッチが発生して、4-2-4プレッシングになって中盤のスペースを金崎やクエンカに利用されたり、4-3-3プレッシングで人数不足が発生して福田・原川経由で網をくぐられたりと、川崎にとっては芳しくない状態が続きました。時折、田中が列を上げてプレッシングに入ろうとするものの、金崎が入ってくるのを背後に感じるため、なかなか思い切った対応もとれずに前にいったもののすぐにリトリートというシーンもありつつ。ミドルサードでコンパクトを保つ鳥栖とは対照的に、前線から行きたいけど中盤から後ろがついてこないという、なかなかもどかしい守備網となっていました。

ただし、鳥栖は、ビルドアップではボール保持できて、良い形で前線にボールを当てようとするものの、いざ、主戦場をゴール前に変えようとするクサビのパスがずれて前線に収まらなかったり、ラストパスがうまく合わずにシュートまでつなげられなかったり、保持している割には川崎に比べると更にチャンスらしいチャンスはなく、結果的にシュートの気配を生み出しそうなシーンとなったのは、ヨンウの右サイドからの崩しとセットプレイのみでした。

ビルドアップの局面では、列をあげてこない長谷川がスペースに陣取っているため、右サイドからの侵入はなかなかできませんでした。右サイドが生きたのはカウンターの場面と、左サイドに深く入ってからのサイドチェンジ。アンヨンウが勝負できるシーンが何度かあったので、彼が1対1ではがしてクロスまで行けるチャンスを作れました。アンヨンウが1対1で仕掛けるための環境づくりは原が上手に作り上げてくれて、ヨンウが大外でボールを受けるために、1列インサイドに入って川崎のボランチを中央に引き寄せたり、彼がカットインするために大外に回り込んでひとり引き連れていく動きを見せたり、ヨンウが侵入できるスペースを上手に作りあげていました。原がボールを触る回数は決して多くはなく、ヨンウが7本のクロスを上げたのに対して、原は1本のみだったのですが、十分に「パンゾーロール」の仕事をこなしてくれました。

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アンヨンウのスピードを生かしたカウンターの局面は、何度か訪れていましたが、前半10分頃のシーンは、相手を置き去りにして両サイドにトーレス、金崎が並走していたため、これはビッグチャンスになるかと思いました。ところが、なんとなんとジェジエウに追いつかれてしまって背後からボールを狩り取られてしまいました。結果はファウルの判定でしたが、驚異的なスピードとフィジカルの強さは、定型句的な言葉ではありますが、某解説者の言葉を借りるとまさに「世界基準」を感じずにはいられませんでした。ディフェンスには当然インテリジェンスさが必要ではありますが、並外れたスピードとフィジカルはそれをも凌駕して守り切ってしまう事もあります。

攻撃のポジショニングは、ネガティブトランジション時にはそのまま守備のポジショニングに代わります。逆に、守備のポジショニングは、ポジティブトランジション時にはそのまま攻撃のポジショニングに代わります。鳥栖は川崎が鳥栖の左サイドから攻撃をしかけてくれていた場合は、アンヨンウが空いている状態なので、素早いカウンター攻撃につなげることができていました。逆に、鳥栖の右サイドでの防御となった場合は、アンヨンウが登里のマークで低い位置を取らざるを得ないので、攻撃のスピードはそこまで上がらず。序盤は、カウンターによる仕掛けも見せていたのですが、川崎も対策を打ってきて、カウンターを仕掛けてくる起点となるトーレス、金崎に対してセンターバック+田中をしっかりと付ける対応を取ったため、ボールを奪って預けてもカットされたりファウルで止められたりと、思うような攻撃にはつながらず、カウンターによる裏抜けの機会は、試合が進むにつれて、段々となくなってしまいました。

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川崎にとっては、大きなアクシデントが勃発したのも試合に影響を及ぼしました。大島が芝に足を取られてこけそうになって、踏ん張ろうとしたのですが、芝がずれてしまって踏ん張りがきかずにこけてしまいます。そのタイミングで足をひねったような形になってしまい、守田と交代となりました。相手との接触ではない倒れ方だったので、逆に心配な感じがします。大事に至らなければよいのですが。川崎にとっては、中央で密集地帯を対処できる大島の離脱は攻撃力の低下という面では痛かったでしょう。64分にはそれを打開するべく、トップ下の位置に中村を投入したのですが、中村がボールを受けて自由を謳歌できるようなスペースもなく、また、雨も強くなってボールのコントロールが難しかったというのもあり、彼が力を発揮できる環境ではありませんでした。そういう意味では、鳥栖も最後の局面で、一発を狙ってイバルボを入れましたが、彼が見せ場を作れるような状況も作れず。スコアレスでこの試合を終える事となりました。

■ おわりに
鳥栖は6月に行われたリーグ戦はすべての試合で失点していました。7月に入り、シーズン折り返しの試合となった強豪川崎を無失点に抑えたのは非常によいスタートを切れたと思います。ただし、決定的チャンスをほとんど作れなかったのも事実。サイドハーフが守勢に回ると途端に攻撃力が落ちてしまうというのが現在の問題点です。

ビルドアップによるボール保持から、フォワードに対して良い縦パスは入ろうとしています。川崎戦でも、鳥栖のビルドアップ隊から、直接川崎の最終ラインの前のスペースに対してよい縦パスは何度も出ていました。ところが、川崎のセンターバックからのプレッシャーや、自らのトラップミス等で、そこからゴール前に切り込む流れがスムーズにできません。時間がかかってサイドに流して、サイドハーフのスキルに頼る傾向は変わらない状態。雨の中でコントロールが難しかった部分を差し引いても、フォワードに入ってからキープ、もしくはワンタッチでレイオフ(もしくはサイドへのさばき)ができるかというのが次のステップにあがれるか否かという大事な部分です。

カウンターに活路を見出すばかりでは、ビルドアップでの攻撃を完成させようという大きな構想とはベクトルがずれてしまいます。パス交換による崩しのためには、名古屋ではありませんが、やはり「止める」「蹴る」の技術が備わってこそです。日々の練習で選手の技術を上がるのを待つか、選手の入れ替えによってそれを補うのか。鳥栖という地方クラブでは、簡単に上位互換の選手を連れてくるというわけにはいきませんので、やっぱり、育成や成長によってチーム力を底上げするしかないのです。そのためにも、地道な努力が必要ですし、サポーターとしても見守るという意識は大事になります。鳥栖という小さい街において、育成型を目指すという社長の真意がどれほどなのかという視点でも、今後のチームがどのように進んでいくのか、楽しみですね。

■ Appendix < ざっくり用語解説 >
・ ビルドアップ
ゴール前にボールを運ぶための仕組みづくり(パス交換の仕組みづくり)

・ トランジション
攻守の切り替え

・ ポジトラ
ポジティブトランジションの略。守から攻への切り替え。

・ ネガトラ
ネガティブトランジションの略。攻から守への切り替え。

・ ハーフスペース
4バックだとセンターバックとサイドバックの間。3バック(5バック)だと両ストッパーの位置

・ デュエル
相手との1対1のマッチアップ

・ ディフェンシブサード
フィールドを3分割したときの自陣ゴール側

・ ミドルサード
フィールドを3分割したときの中央

・ アタッキングサード
フィールドを3分割したときの相手ゴール側

・ リトリート
自陣に引いている状態、もしくは自陣に下がる動き

・ レイオフ
ポストプレイからの受け手が前を向けられる落としのパス

・ オーガナイズ
組織化されていること。チームとして秩序が保たれている事

・ 偽サイドバック
サイドバックがポジションを変えてセントラルハーフのような役割を演じる事


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