2019 第31節 : サガン鳥栖 VS 松本山雅

2019シーズン第31節、松本山雅戦のレビューです。

■ スタメン

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出場停止のクエンカに代わって左サイドハーフには小野が入りました。右サイドハーフには福田に代わって原が入ります。福田とのプレイスタイルの違いで、一つ特徴を上げるとすれば、原の方が単騎突破に長けている事。彼がサイドで幅を取るという事は、単独でボールを受ける機会も多くなりますので、単騎突破のスキルがないと攻撃が行き詰まることになります。ミョンヒさんのチョイスが福田ではなく原であったのは、守備に重きを置いているようで、実は攻撃の配置と突破を優先したスタメン起用であったかのようにも考えられます。今シーズンの中盤戦で作り上げた「クエンカでボールキープしてアンヨンウで突破する」という形を考えると、「小野でボールキープして原で突破する」という同じ仕組みを実現できる気配を感じるスタメンです。

“クラブ事情”でAFC U-19選手権2020予選の代表を辞退した松岡はベンチにもはいっておらず。戦術上の問題なのか、はたまた怪我などのアクシデントが発生したのか。試合に出られなけいならば、代表の場を経験してもらいたかったところですが。そうもいかなかったのでしょう。
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■試合

試合開始当初は互いにイニシアチブを握ろうとする激しい動きでなかなかボールが落ち着かなかったのですが、中盤での競り合いを先に制した鳥栖がイニシアチブを握ります。

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この試合での鳥栖は、前線のターゲットとなる豊田がスターティングではベンチという事で、ボール保持による前進を選択しました。最終ラインの2名が献身的に動く中美、永井のプレッシャーを受けるので、ボール保持における数的優位を作るために金井が絞ってサポートします。豊田がいないことで長いボールを蹴られても怖くない松本は、しっかりとしたプレッシャーをかけるべく、金井に対してセントラルハーフを前に出してでもボール保持を阻害しようとします。プレッシャーを受けた鳥栖は、長いボールを蹴るときにもそのターゲットはディフェンスラインの背後のスペース。高く押し上げてくる松本のディフェンスラインの背後を金崎、金森、小野が狙います。

右サイドは、サイドバックの金井がビルドアップで数的優位を作る絞る動きに連動するかのように、原は可能な限り高い位置を取り、サイドの幅を広く使って高橋を引き付ける動きを果たします。原が高い位置を取って高橋を引き付け、杉本が金井目がけてプレッシングをかける事で、3センターの脇のエリアにうまくスペースを作ることができます。いつもは左サイドの脇のエリアでクエンカ、三丸と数的優位を作るタスクを担っていた原川でしたが、この試合での配置によって出来上がるスペースを活用するべく、右サイドの脇を主戦場へと変え、ビルドアップの出口としてのキーマンとなっていました。

ビルドアップでうまく松本の2列目まで突破できると、今度はこのスペースを金井が利用します。ミョンヒさんが監督になってから右サイドバックに託されるパンゾーロールの動きですね。アウトサイドの高い位置に右サイドハーフを置いて、インナーラップでハーフスペースを蹂躙しようとする、ミョンヒさんの基礎戦略です。

右サイドの配置には副産物がありまして、原が高い位置で高橋を引き付ける事により、松本にボールを奪われてカウンター攻撃が始まっても、高橋が低い位置からのカウンター参画になるので攻撃のディレイを生みます。押しこむ前にボールを奪われた際には、最終ラインに下がっている金井がカウンター対応できるので、センターバック2名と合わせて実質3人が残って守備をすることになります。原がカウンターの出足の位置を下げさせて、後ろには金井が控えているという、ネガティブトランジションも考慮されている配置でした。

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ポジショニング(配置)をある程度固定化して、ロジックによってスペースを作り出していた右サイドとは対照的に、左サイドは小野と三丸が流動的にポジションを変えながら松本の守備組織の破壊を狙います。攻撃のタクトは小野が握っておりまして、最終ラインのボール保持のサポート、アウトサイドへの引き付け、ハーフスペースへの侵入、ウイングバックの裏に抜ける動き、金崎をポスト、三丸をデコイとして活用しながら、非常に流動的に松本のディフェンスに守備組織に揺さぶりをかけていました。その動きの中でも際立ったのが、逆サイドのスペース(セントラルハーフの脇のスペース)の利用。小野がボールをもって松本のセントラルハーフを引き付けてから、逆サイドに入ってくる金井や原に正確なボールを送りこんでいました。小野にはある程度の自由を任せられていますが、活用するスペースの意思はチームとして統一されています。

目立ちませんが、ジョンスのポジショニングも地味に効いてました。ジョンスはビルドアップ時には松本のツートップの間のスペースでセンターバックから縦にボールを受けられるポジションを取っており、ある程度固定化されたエリアでのビルドアップ参画でした。この位置にポジションを取るという事は、配置上、松本は必然的に藤田がジョンスに着くという事になり、ジョンスがツートップの間にいる以上は、センターバックから縦に入るボールを無視するわけにはいかないので、藤田がジョンスの周りから動きずらくなります。ある意味、藤田をピン留めして彼の運動量を消してしまっている状態です。

実質、藤田は前節のC大阪戦は12.1km、その前の鹿島戦は11.9kmのトラッキングを残しているくらい運動量豊富に中盤を制圧するのですが、この試合では(82分で退いたので90分換算で)10.6kmのトラッキングとなっています。いつもの藤田に比べると、彼が運動量を活用して回収業者のように、中盤のいたるところでボールを奪取する動きがとれていたとは言い難いスタッツとなっています。

そういう意味では、中盤を動き回ってゲームメイクをこなす松岡だと、藤田に捕まえられてしまって彼の持ち味が発揮できない可能性はありました。ジョンスは、プレッシャーをしかけて相手が蹴っ飛ばしたロングボールをはじき返したり、サイドバックーセンターバック間のスペースに入る最終ラインのカバーリングも役割としてあったので、ジョンスのストロングポイントをうまく活用した配置だったのかなという所ですね。左サイドの守備に入った時のポジショニング的に、ジョンスの位置でマッチアップするのがパウリーニョだと考えると、高さやパワーで押し切られないように、松岡ではなくジョンスを起用した意図もうかがえます。鳥栖の自陣近くではパウリーニョをマンマーク的な動きを見せることもありましたしね。

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鳥栖の守備ですが、プレッシング対応とブロッキング対応を上手に使い分ける形をとっていました。まずはプレッシング対応ですが、3バックでビルドアップをする松本に対して、鳥栖はサイドハーフを上げて同数プレッシングをしかけます。その時、松本のウイングに対しては、サイドバックを上げて対応するのではなく、ウイングバックに出されないようにコースを消しながらプレッシングをするような対応をとりました。なるべく中央に寄せて3―3のブロックで押し込み、松本の前線に高さがないため、最後は蹴らせても構わないという形です。ウイングバックに対してサイドバックが出てしまうと、裏のスペースに放り込まれる危険性が生まれるので、どちらのリスクを対処するかという選択上、サイドのスペースを消すべく後ろに構えるという選択を多く取った形に見えました。

松本の切り崩し策としては、永井が起点となってボールを受ける形と、杉本の突破力。特に杉本は、鳥栖が同数でくるところをしっかりと剥すことによって、鳥栖の最終ラインが前に出てこざるを得ない状況を多く作り出していました。63分の杉本のゴール前で3人を剥して突進してきたシーンは圧巻で、ホント肝を冷やしましたね。この時、4人目の刺客としてゴール前でスライディングによってボールを奪ったのが金崎で、非常に素晴らしいプレイだったのですが、金崎がこの位置に下がっていたということは、鳥栖が後半に押し込まれていたことを示します。フォワードの選手が戻ってこなければならない状況というのは、相手がセンターバックを削ってでも攻撃をしかける事の出来る配置を示します。

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掻い潜られてアタッキングサードに侵入された鳥栖は、ミョンヒさんに代わってからはあまり見られない形であった、原をアウトサイドに落として、最終ラインを5枚でブロックを組む形にシフトします。松本が鳥栖の陣地に侵入してくるにしたがって、4-3-3プレッシング⇒4-4-2ブロッキング⇒5-3-2ブロッキングと形を変えていく、可変システムの採用です。この仕組みにすることによって、松本のウイングに対してしっかりと人をつけることができ、サイドバックとセンターバックの間のスペースを圧縮して、そのエリアに侵入してこようとするセカンドトップをしっかりと見ることができます。

更に、そこからウイングバックが引いてボールを受ける動きを見せ、鳥栖のウイングバック(原、三丸)がついて中央とのスペースを作られると、そのスペースを3センターが埋める役目を果たしていました。特に後半は、この形が多くなってしまったため、押し込まれた状態では6バック気味になってしまうことも多々ありました。前述の金崎の動きのように、ボランチが下がるという事は、そのスペースを埋めるためにはフォワードが戻ってこなければなりません。そうするとカウンターにでる機会やセカンドボールを拾える機会が徐々に減ってくることになります。それでも、最終ラインに人をかけてしっかりと守り切るという戦術をこの試合ではとりました。

ちなみに、マリノス戦のレビューで、後ろを5枚にしてしまうと、どうしてもカウンターに出ていくときの迫力に欠けるので、最終ラインを4人で守り切って、カウンターの人数にパワーをかける采配をしているからこそ失点も増え、ウノゼロの哲学はいまのサガン鳥栖にはなく、「先に点を取って突き放す」「取られたら取り返す」のフットボールに転換している…旨の所感を書いたのですが、ものの見事に裏切られました(笑)敵を欺くにはまずはサポーターからですね(笑)

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セットプレイで幸先よく先制点を挙げた鳥栖は、ボール保持戦略を継続。松本は、鳥栖のボール保持を抑え込むために、最終ラインに人は残しつつ、2トップ+3センターをプレッシングに当てはめようとするのですが、ボール保持にこだわる鳥栖はキーパーの高丘や、気を見て下りてくる小野を活用して、数的不利の状況を打開するべく惜しげもなくビルドアップに人数をかけてきます。

23分には大分トリニータバリの疑似カウンターを発動。じわりじわりとプレッシャーをしかけてくる松本のプレッシング隊に対して、高丘までボールを下げて相手を引き付け、縦関係にフォローに入ってボールを引き出した小野が、今回のターゲットである右サイドのハーフの脇のスペースに陣取る原川にボールを送り込むことによって、松本の守備は最終ラインの5人だけという状態を作りあげました。ここからはディフェンスの裏に入り込む金崎が起点となってボールを引き出し、相手を押し込んだ状態で再びボールを受けた原川がクロス。まさに、この試合で鳥栖が成し遂げたかった攻撃がこのシーンに集約していたのではないでしょうか。

ただボールをもって押しこむだけでは、相手もブロックを組んで隙を見せてくれません。相手にボールが奪えるのではないか、奪えればすぐにチャンスになるのでは、という期待を持たせることで相手はリスクを冒して前に出てくる動きを見せます。高丘まで使ってボールを保持するのは、松本にハーフコートでディフェンスをさせるのではなく、フルコートでのディフェンスを強いる事によって、鳥栖がみずからイニシアチブをもってスペースを作り上げようとすることにつながります。効果的な攻撃をするためにはやはりリスクをかけることが必要です。自陣の深い位置まで相手をおびき寄せ、そして可能性を感じるクロスをあげるまで、しっかりとビルドアップで破壊した攻撃は、ミョンヒ監督のこの戦術に対する強い意志を感じた攻撃でした。

押し込まれる場面はあったものの、うまくリードしたまま試合を続け、67分には豊田を投入。豊田を投入したことにより、前線のプレッシングに勢いが戻りました。彼がコースを切りながらの守備ができるので、相手のミスキックも誘発できます。71分は豊田らしいプレイで、守田にボールが戻った瞬間に、左サイドを切りながら守田に対してのプレッシャーをしかけます。このプレッシャーを見て、小野、ジョンス、三丸がパスコースにいる選手に対してしっかりと人を捕まえる動きを行えたことによって、守田がパスを出すコースが制限でき、キックミスによって松本の攻撃の機会を奪い取ることに成功しました。

危なげなく試合をクロージングさせ、残留争いの分水嶺となる試合をウノゼロでの勝利をあげたサガン鳥栖。試合後に響き渡るマイノリティがこの試合の勝利の意味を語っていたのではないでしょうか。

■おわりに
この試合のMVPはミョンヒ監督でしょう。相手からスペースを奪い、そして相手にはスペースを与えない、ロジカルなポジショニング(配置)でイニシアチブをもって試合をコントロールすることができました。

プレイヤーで言うと、様々な役割をこなした原の存在は大きかったですね。彼のこの試合の一番のタスクはポジショニング。味方のためのスペースを作り、相手の攻撃を未然に防ぎ、最終ラインのスペースを消す守備のバランスを取る役割をしっかりとこなしていました。無論、ポジショニングだけでなく、右サイドでボールを受けてからの単騎突破も非常に威力を発揮しました。33分には、原がアウトサイドでボールを受けると単騎突破で高橋を剥し、ゴール前にグラウンダーのクロスを上げるシーンもありました。

チーム全体が勝利のために組織として動けているなと思ったのが25分からの一連の流れでした。コーナーキックでは、ショートコーナーをキーパーにキャッチされますが、カウンターを受けないように、金井と金森がキーパーの前に立ってスローインのコースを消す動きを見せました。日本がワールドカップでベルギー相手にアディショナルタイムで勝ち越しゴールを奪われたようなシチュエーションですよね。コーナーキックをキーパーにキャッチされてからのカウンターを未然に防ぐような泥臭いプレイ、こういったところは地味ですが良いプレイだなと思いました。

そして、さらに、この時、金井が前に出ているので、原が最終ラインに下がってサイドバックの位置に入り、金井は戻ってサイドハーフの位置で守備のブロックを組みます。相手キーパーのキックがこぼれて鳥栖ボールになると、原が一目散に右サイドハーフの高い位置を取って、金井とポジションチェンジをします。

まさに、この攻守の切り替えでの動きこそが戦術に沿った対応ですよね。監督から何をやりたいか、何をやるべきかという事がしっかりとチームに伝わっているからこそ、多少のポジションチェンジが発生しても、考えることなく体が動くシステマチックな対応が取れています。ドリブル、パス、シュートの精度は監督がいくら指示しても選手に任せるしかないのですが、ポジショニングや配置は監督に依って試合の進行に大きな影響を与えます。

ひとまず、今シーズン最大だと思われる難局を勝利という形で乗り越えることができました。直下の順位である清水、湘南に対して得失点差で優位に立っている事もかなりの追い風です。次節はマッシモ率いる名古屋が相手。もう忘れてしまうくらいに古い話のようですが、今シーズンの開幕戦はボッコボコにやられてしまいました。名古屋は、その後の試合も勝ち続けて開幕三連勝と素晴らしい船出を果たしたのですが、徐々に「最後は決めるだけ」が決まらなくなっていき、中央を固めてカウンターで対抗してくる相手に対して勝ち星を落とすようになり、最終的には監督解任という形になりました。

監督解任の結果、後任の監督はマッシモ。ボール保持によって、相手側のコートに押し込んで勝ち切ろうとしていたチームが、途端に中央を固めてカウンターで少ないチャンスをものにしようというチームへと生まれ変わろうとしています。
マッシモがサガン鳥栖の監督であったとき、我々はこのような言葉を言っていたはずです。

「マッシモの戦術がチーム内に浸透して勝利を挙げるためには時間が必要。」

あの時の、我々がシーズン序盤に勝てなかった時期を過ごしたのが戦術浸透に問題があったことを立証するためには、マッシモに勝つしかありません。
戦術浸透に時間が必要だったのではなく、単なる選手の質が劣っていたという話になるならば、これほど虚しいものはありません。(実際はイバルボの調子如何というところはあったのですが。)

ミョンヒ監督のサッカーは徐々にサガン鳥栖に礎として定着しつつあります。
監督交代でフットボールの変化に戸惑いを見せるマッシモグランパスに勝利し、残留への一歩を踏み出しましょう。

■ Appendix < ざっくり用語解説 >
・ ビルドアップ
ゴール前にボールを運ぶための仕組みづくり(パス交換の仕組みづくり)

・ トランジション
攻守の切り替え

・ ポジトラ
ポジティブトランジションの略。守から攻への切り替え。

・ ネガトラ
ネガティブトランジションの略。攻から守への切り替え。

・ ハーフスペース
4バックだとセンターバックとサイドバックの間。3バック(5バック)だと両ストッパーの位置

・ デュエル
相手との1対1のマッチアップ

・ ディフェンシブサード
フィールドを3分割したときの自陣ゴール側

・ ミドルサード
フィールドを3分割したときの中央

・ アタッキングサード
フィールドを3分割したときの相手ゴール側

・ リトリート
自陣に引いている状態、もしくは自陣に下がる動き

・ レイオフ
ポストプレイからの受け手が前を向けられる落としのパス

・ オーガナイズ
組織化されていること。チームとして秩序が保たれている事

・ 偽サイドバック
サイドバックがポジションを変えてセントラルハーフのような役割を演じる事

・ チャンネル
センターバックとサイドバックの間のスペースの事


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