2019 第8節 : 松本山雅 VS サガン鳥栖

2019シーズン第8節、松本山雅戦のレビューです。

なかなか得点が取れない試合が続くサガン鳥栖。今節は筋肉系の負傷から回復したトーレスがスタメン復帰。同じく(おそらく)負傷から復帰してここ数試合はベンチ入りしていたガロヴィッチもスタメンに名を連ねます。カレーラス監督の考えとして藤田よりも序列が高いのか、それともレアンドロ・ペレイラの強さに対抗したかったのかは気になるところです。彼らのスタメン復帰に伴い、原川と藤田がスタメンを外れました。

J2からの昇格で不安はあったでしょうが、ここまでのところはしぶとい戦いで勝ち点を積み重ねている松本山雅。スタメンは負傷したゴールキーパーの守田に代わって村山が入りましたが、その他のメンバーは前節と変わらず。スタメンが固定できるということは調子の良い証でもあり、それを証明するかのような今節の戦いぶりでした。

鳥栖は結局今節も得点が取れなかったのですが、この試合は34本ものクロスをゴール前に供給しています。それだけ、クロスを上げる形までは作れたということであり、我々は34回もゴールゲットできるのではないかとワクワクさせてもらいました。ただ、残念ながら34回のがっかりもあったのですが(笑)

■システム

セットアップのシステムかみ合わせは図の通りですが、この試合はセットアップのかみ合わせ自体は特に意味があるものではなかったので、さらっと次に行きます(笑)ここから、松本が鳥栖を窮屈にさせる仕組みづくりを行い、それに鳥栖が対抗策を打ち出すという流れがこの試合の妙味でありました。

■ パスネットワーク図


■ 前田、中美の貢献による前線からのプレッシング守備

序盤は一進一退の攻防。ややトランジション合戦のような形で、互いにボールを奪うとすぐに前線に送り込む早い展開でした。鳥栖は金崎・トーレスにボールを当てて、彼らのキープ(もしくはファールを受ける)から中盤が前に出ていく形を作り、松本もレアンドロ・ペレイラを軸とし、前田の裏に抜けるスピードを生かしながら素早い攻撃を展開していきます。

互いにハードワークが持ち味のチームであり、トランジション合戦も落ち着かないまま迎えた10分頃、早速試合が動きます。スローインからのボールをはじき返しあう落ち着かない状況から、パウリーニョがダイレクトでディフェンスラインの裏へボールを送り、鋭く反応した前田の飛び出しによって松本が先制点をゲット。ガロヴィッチのアジリティを大きく上回る前田のスピードは素晴らしかったのですが、それにしてはあまりにもあっさりと前田に裏を取られてしまいました。ガロヴィッチにどこまで事前に前田の事が伝わっていたのかは少し気になったところです。

思いがけず早い時間帯で先制した松本ですが、ここから落ち着いて引いて守るという選択ではなく、鳥栖のボール保持局面になるとミドルサード付近から積極的にプレッシングをかけてきました。松本はワントップであるので、鳥栖としてはかみ合わせ的にはセンターバック2名で松本のワントップをさばけるだろうという思惑の元、秀人は最終ラインよりも少し前にポジションを取って最終ラインからボールを受け取る役目を果たします。

ビルドアップで自由を与えたくない松本は、セカンドトップの2名が鳥栖のセンターバックからの展開を読み取ってプレッシングを先導します。前田と中美のスピードは攻撃面ばかりでなく、むしろ守備面の方で威力を発揮していて、鳥栖の最終ラインが少しボールコントロールを手間取っただけであっというまに間を詰めてパスコースを制限しにかかりました。特に、鳥栖の右サイドへの誘導はかなり整備されていて、両センターバックをレアンドロ・ペレイラ+前田で追い込んで意図的に右サイドにパスを出させ、原にボールが出たタイミングで中美をぶつけて前線の3人で鳥栖の最終ラインを狭いエリアに追い込んでいました。

松本にとっては、トップの3人の追い込みによって鳥栖のサイドハーフをウイングバックが見れる形を作り、両サイドバックから縦に出るパスをうまく抑え込むことに成功。原、三丸は非常に窮屈な状態からのパスとなったため、相手に引っかかってしまうパスや直接サイドを割ってしまうようなパスが何回も見られました。

■ 松本の守備が生んだクエンカのゲームメイク

このままではボール保持できないということで、鳥栖は(当初は想定していなかったかもしれませんが)、最終ラインに秀人のヘルプを加えて3人でのボール保持へと転換を見せます。松本としては、その対応も織り込み済みでありまして、もともと、3-4-2-1システムは、4バックシステムのチームがアンカーを最終ラインに落としたビルドアップに対応できるシステム(両センターバック2名+アンカー1名に対してワントップ+セカンドトップ2名をぶつける)であるため、その対処には苦慮しません。

鳥栖の最終ラインの3名に対して松本は前線の3人をぶつけ、サイドバックにウイングバックを押し上げ、サイドハーフにボランチを当てることによって、同数プレッシングの準備が整います。

松本からの同数プレッシングを受けた鳥栖は、前線のトーレスに対して早々に蹴っ飛ばすか、それとも更にひとりビルドアップ隊に人数を加えてボールを保持する形をつくるかの選択をしなければなりません。ここで出した鳥栖の回答は、仕組み上フリーとなるクエンカを最終ライン近くまでポジションを下げて、ボール保持を継続するという形でした。これが、クエンカが下がってゲームメイクを行った(せざるを得なかった)経緯となります。

ゲームメイクを『せざるを得なかった』というのは、当然のことながら、センターバック2名+アンカーで相手の1列目を突破できれば良い(同数プレッシングに来ているので、誰か一人でも相手をはがすだけで良い)のであって、それができないがために、数の力でボール保持するか、もしくはクエンカという個ではがすことができるメンバーを使ってボール保持をしなければならなくなっています。クエンカをゴール前から遠ざけてでも彼のヘルプがいる状況なのです。

求めるサッカーの質と個人の力量とのギャップをどこまで我慢できるのか。アンカーがブスケツやモドリッチだったら、劇的に点数が取れるようになるかもしれませんが、そのような選手がいない中でどこまで戦術を追い求めるか…という分岐点の見極めがこれから訪れるでしょう。

さて、クエンカがボールを中盤の底で保持するようになってからは、松本も無理なプレッシングで中盤にスペースを空けることを良しとせず、また、1点リードしているという余裕もありまして、徐々に全体がリトリートするタイミングが早くなります。鳥栖が押し込んでからは、ウイングバック、セカンドトップをそのままひかせて5-4-1ブロックで鳥栖を待ち構えます。

こうなってくると、鳥栖は人数をかけてサイドを攻略する方策へと転換し、松本が引いてからはボール保持の為に最終ラインでビルドアップに参画していた秀人が、今度はサイドの人数確保の為にブロックの外側で起点をつくるといういつもの対応を行うようになります。秀人が左のアウトサイドでボールを受けてもかわしてクロスというプレイヤーではないため三丸や金崎などのクロス要員をもう一人サイドに費やすことになり、ましてや秀人自身がゴール前でクロスを待つという対応も取れなくなるこの形が攻撃として有効であるかは考えどころです。

■クエンカの大きな展開による右サイドからの攻撃

クエンカが引いた位置でゲームメイクをこなすこの形が生んだのは鳥栖の主戦場の変化でした。前節までの試合を見たらわかるように、鳥栖は左サイドからの攻撃を主戦場としており、最後は三丸のクロスという仕組みで攻撃を仕掛けていました。ただ、そのキーパーソンでもあったサイドで作るトライアングルを司る原川が今節は出場しておらず、クエンカがゲームメイクに降りて離れたため、左サイドからの前進が影を潜めます。(無論、松本のウイングバックの守備によってサイドが封鎖されたという事もあるのですが。)

左サイドからの前進が詰まった時に生きたのが、クエンカのサイドチェンジのボールで、逆サイドに幅をとる原に対して大きな展開を行うことによって、鳥栖の攻撃の主戦場を右サイドへと移しました。今節は冒頭で述べた通り34本のクロスを上げていますが、そのうち5本が右サイドの原からのボール、7本が左サイドの三丸からのボールです。攻撃におけるサイドの偏りは段々と減ってきています。

パスネットワーク図でも、クエンカからの展開を証明するかのように、クエンカから原へのパスが非常に多くなっています。大久保からのパスも前節までは三丸が多く受け取っていたのですが、今節は祐治が受け取って、原への展開が多くなっています。ただし、このなかのいくつかは、松本のプレッシングによって誘導されたものが含まれていますが。

さて、クエンカの早いスピードのサイドチェンジは松本の守備に揺さぶりをかけるのに充分効果を発揮しており、右サイドへの展開からトーレスのポストを使って金崎のシュートを生んだ惜しい攻撃がありましたので図で表します。

このシーンのポイントは、クエンカが大きく右サイドの原へ展開した時に、金崎も右サイドにポジションを取っていた点であり、これによって原、金崎の両名に加えて飛び込んでくるトーレスとのグループによる崩しができたことです。

鳥栖が左サイドに人数を集めているため、当然のことながら松本も左サイドに守備の人数を集めています。クエンカのサイドチェンジによって、鳥栖の右サイドを守る松本の選手は原、金崎に対してプレッシャーに出ていきますが、左サイドの守備はスライドが遅れてゴール前に大きなスペースを作ることとなりました。

このスペースにトーレスが飛び込んでポストとして受け、金崎のシュートを生み出すのですが気になるポイントが2つありました。

1つめは、手前にいる松岡ではなくて奥にいたトーレスがこのスペースに飛び込んできた点です。チームとしてこのスペースができることを認識していれば、一番手前にいる松岡が飛び込んで、トーレスが中央でシュートを打てる体制を作ることができるのですが、松岡はゴール前で待ち構えていて、トーレスがスペースに入り込んでいます。

2つめは、クエンカのサイドチェンジはこの試合では何本も原に送られるのですが、この試合に限らず、サイドチェンジの後の多くの場面において原が孤立してしまう点です。ひとりでボールを受けても原が縦に突破してクロスという形に頼らざるを得ません。チームとして、このシーンのように松本を左サイドに誘導してサイドチェンジを行い、金崎もしくは松岡を右サイドにおいてグループによる崩しを図る形を攻撃ロジックとして持てているのかどうか。

パスネットワーク図でもありますように、同サイドの原と松岡のパス交換が毎試合少ない状況ですので、右サイドを原、松岡、金崎のグループで崩し切るイメージの共有(戦術的配置)ができていない可能性は高いでしょう。チーム全体の中でも、毎試合松岡だけがパス受け、パス出しが少ないのが非常に気になります。松岡にはボール循環への貢献を求めているわけではなく、裏に抜けて味方のスペースを作る役割や、左サイドからクロスがあがってくるのでフィニッシャーとしてのポジショニングを求めているので必然とこのような数値になるのかもしれませんが、果たしてそれが松岡にとって適材適所なのか。

■ カレーラス戦術の特徴と強力2トップが作り出すスペースの浪費

後半も中盤頃になると、松本の前線もさすがに体力が低下してきたのか、鳥栖の最終ラインに対するプレッシャーも減ってきて、ブロック守備のフェーズが多くなります。そうなってくるとボール保持のためにクエンカを下げる必要もなくなり、徐々にクエンカがゴールに近い場所へとポジションを移していくことになります。相手がブロックを組んだ場合は、両サイドに幅を取り、人数をかけることによって前進を図るいつもの形で攻撃を仕掛けるのですが、この戦術と配置によって攻撃の停滞を生んでしまったシーンがあったので一つ紹介します。

まず、このシーンで大事な要素は、24分のシーンと同様に、トーレスと金崎がゴール前にスペースを作り出してくれたという所です。松本としては、当然この強力ツートップを無視するわけには行きませんので、彼らの周りには必ず人が付くこととなります。そうやって生まれたスペースが図4のシーンです。トーレスはファーサイドでボールを待ち構えてセンターバック2名をピン留めします。金崎は中央からボールサイドに寄って来ることによって、相手センターバックを右サイドへ引き寄せます。この動きによってゴール前に大きなスペースを作ることができるのですが、鳥栖のセントラルハーフ陣、サイドバック陣は戦術面でこのような動きを見せていました。

特に原と義希はカレーラス戦術の色が出ている部分でありまして、逆サイドに幅をとる原を置きたいがため、義希がカウンターに対するリスクマネジメントでポジションを下げます。ちょうど秀人が中央から左サイドの三丸に展開し、幅をとるために中央から左サイドへ出て行った際に、義希がカウンターに備えるために、最終ライン近くへ戻る動きを見せました。

ゴール深くまで入った時に、逆サイドの原のポジションに人を配置したのは監督の判断です。この試合では、原のクロスや三丸のクロスが流れて逆サイドのサイドバックが拾うシーンがありましたが、そのほかに有効な場面があったかどうかはカレーラスさんが把握しているでしょう。

例えば、同じような状況下では、このような配置も考えられます。妄想は自由ですからね(笑)

変更のポイントは、秀人の左サイドへのポジションチェンジをさせないことと、原のポジショニングです。

義希はスペースを目がけたランニングに長けているので、リスクマネジメントの役割を解いたら金崎が空けてくれたスペースを狙ってくれるでしょう。代わりに、原にサイドを絞らせてカウンターに備えさせるポジショニングを与えます。

秀人は中央で待ち構えていると、ネガトラ時の対応もできるし、左サイドを崩した場合にクロスを待ち構える要員として飛び込ませることもできます。彼がサイドに張って深い位置でボールを受けても何も起きません。それよりは、中央で構えていた方が彼の強みを発揮できます。

サイドは個で勝負できるクエンカにポジションをとらせたいです。クエンカはここでボールを受けたら1対1のデュエルで勝利してクロスまでもっていってくれるでしょう。もしくは飛び込んでくる義希への浮き球のパスが出せたらベストです。

三丸は、クロス要員として裏に抜けるか、クエンカから戻ってくるボールのフォローとしての役割。原川もクエンカが勝負できない時のフォローの役目ですが、クエンカが直接義希に送れない時に中継でボールを受けてダイレクトで義希もしくはトーレスにパスを送ってほしいですね。

…という配置も考えられます。何度も言いますが妄想は自由です(笑)

サイドの幅という、カレーラス戦術の配置のポイントをどう捉えるかですよね。ゴール前にどれだけ人数をかけるか。トーレスと金崎が作ったスペースをどのように活用するのか。サイドで1対1の状況を作り出して誰に仕事をさせるか。

最後は三丸がクロスという形を確立はできていますが、それにしては中央が薄い状態が続いており、何よりもまったく得点が取れていないので、何かしら対処は必要でしょう。

■ 終わりに

実はこの試合は金崎もクロスを5本供給しています。彼がポジティブトランジション時に相手を背負ってボールを受け、クエンカが下がれない時は金崎が下がってゲームメイクをこなし、そしてサイドを突破してクロスを上げるという活躍を見せてくれるのですが、フォワードとして一番大事な、そして金崎の力を発揮してくれるゴール前での脅威となりきれていません。結局、この試合の金崎のシュートは上の図の1本だけでした。金崎がゲームメイクに奔走する形が果たして鳥栖として良い攻撃であるのかというところは、今年ここまでゴールが1本しか決まっていないという事実が表しているのかもしれません。

監督交代よりも、配置と戦術の変更でしょうね。上記程度の内容であれば容易に考えられることです。あの形以外にも色々と考えられるので、得点が取れてない現状打破のためにも何かしらの変更は必要でしょう。

筆者の意見は首尾一貫して同じ。仙台戦のエントリーでも同じようなことを書いたのですが、いまのサガン鳥栖のメンバーではどのようなサッカーがいちばんチーム全体のパフォーマンスが上がるのか。誰にどの役割を任せたら選手たちの能力が最大限発揮できるのか。ゴールから逆算して、どのような仕組みと配置にしたら効率よくシュートまで持っていけるのか。チームとして効率の良いデザインを描いてほしいですね。

■ Appendix < ざっくり用語解説 >
・ ビルドアップ
ゴール前にボールを運ぶための仕組みづくり(パス交換の仕組みづくり)

・ トランジション
攻守の切り替え

・ ポジトラ
ポジティブトランジションの略。守から攻への切り替え。

・ ネガトラ
ネガティブトランジションの略。攻から守への切り替え。

・ ハーフスペース
4バックだとセンターバックとサイドバックの間。3バック(5バック)だと両ストッパーの位置

・ デュエル
相手との1対1のマッチアップ

・ ディフェンシブサード
フィールドを3分割したときの自陣ゴール側

・ ミドルサード
フィールドを3分割したときの中央

・ アタッキングサード
フィールドを3分割したときの相手ゴール側

・ リトリート
自陣に引いている状態、もしくは自陣に下がる動き

・ レイオフ
ポストプレイからの受け手が前を向けられる落としのパス

・ オーガナイズ
組織化されていること。チームとして秩序が保たれている事

・ 偽サイドバック
サイドバックがポジションを変えてセントラルハーフのような役割を演じる事

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