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唐津に移住して15年。子育てが落ち着いたときあなたは何を思う?


はじめましてのご挨拶

現在私は3人の子育て中で、結婚をきっかけに15年前埼玉から移住してきました。その後10年間は子育てに専念していましたが、育児が落ち着いてきた4年前からライター活動を始め、現在ママ向けのWebマガジン、企業ライターとして活動しています。私が今もライターとしてお仕事ができるのは、地域の人達が書く場所を与えてくれたからで、自分1人の力では絶対できませんでした。今回は私が移住してきてすぐの時から、子育てが落ち着いたあとのセカンドライフについてのお話しです。どうか最後までお付き合いください。

目次

15年前の私。子育てサロンと地域の人達に支えられて。息子と向き合う日々の中で見つけた小さな幸せ。

子育てが落ち着いたときに感じた不安。「私このままでいいの?」

気付けば最後の30代。専業主婦じゃない自分になりたくて。

年齢なんて関係ない。やりたいと思った時がその時。ほんの少しの勇気が未来を変える。

まとめ

15年前の私。子育てサロンと地域の人達に支えられて。息子と向き合う日々の中で見つけた小さな幸せ。

私が唐津に来た当初は、周りに知人も友人もおらず、まだ慣れない育児に日々奮闘していました。ある日新生児訪問のため、自宅に来た保健師さんから毎月1度近くの病院で、子育てサロンという親子のふれあいの場があり、新生児の成長記録や、自分と同年齢のママが親子遊びのために来ている事を知りました。私は思い切って自分の気分転換と、息子の友達作りを兼ねて病院に行ってみることにしました。そこでは、親子で一緒に歌や手遊び、工作を楽しむ微笑ましい姿だけでなく、母親同士楽しくお話をする場として使われているのが分かりました。多くの保健師さん達は、べテランの子育て経験者ばかりで、私達新米ママが、育児で孤独な気持ちを抱えないように、どんな些細な悩みにも耳を傾けてくれました。自分1人では答えが出せない事も、聞いてくれる人がいるという安心感だけで、精神的な余裕を持つことができました。こうした保健師さん達の温かいサポートのおかげで、寝返りが出来るようになった時、つかまりだちから歩き始めた時、言葉を話し始めた時、息子の成長していく瞬間を一緒に喜び合うことができました。

現在唐津の子育てサロン(子育てひろば)は、0歳から未就学児を対象に親子遊び、季節に合わせた活動(いもほり、ハロウィンパーティー等)、子育ての悩み相談、ママ同士の交流の場として、主に病院や地域の公民館で行われています。他にもお母さん達のリフレッシュの場としても使われ、ヨガ、料理教室など多種多様な楽しみ方も加わり、地域で子育てしやすい環境作りを目指しています。

子育てが落ち着いたときに感じた不安。「私このままでいいの?」

その後も幼稚園から小学校卒業まで色々悩みや苦労もありましたが、10年の間に子供も3人に増え、最初に比べると育児の手の抜き方も分かるようになっていました。気付けば最後の30代。子どもたちがそれぞれ幼稚園と学校に行っている間は、1人でものを考える事が増え、このまま育児だけして人生が終わっていくことにどうしようもない不安を感じ始めていました。「私は今のままでいいのだろうか?このまま歳をとってそのあと何が私に残るんだろう?」ふと心の底から疑問がわいてきました。そんな時ママ友の誘いで、新しく子どもが遊べる施設(現在の子育て支援センターりんく)ができたのを聞き早速遊びに行くと、受付にコラムニスト養成講座募集の紙が置いてありました。それを見た瞬間なぜか私は心をつかまれ、気付いた時には申込書を持ち帰っていましたが、家に帰るとこう思いました。「これはここ10年専業主婦しかしてない人間が踏み込んでもよい領域なのか、それとも私みたいに文章をほとんど書いたことがない人間は場違いか」毎日自問自答していました。なぜなら移住後私の生活は子育て一色だったため、受講を決断するのはとんでもなくハードルが高い選択だったからです。悩み抜いた結果、「このままやらずに後悔するより自分のやりたいようにやってみよう」と思い、締切当日に応募書類を提出し受講することに決めました。

当時の唐津暮らしコラムニスト養成講座の募集広告

※現在コラムニスト養成講座の募集は行っていません。

コラム養成講座のカリキュラムと講師紹介の紙

気付けば最後の30代。専業主婦と違う自分になりたくて。

このコラムニスト養成講座は、NPO法人NetworkStationまつろが、唐津の日常を発信できるコラムニストを養成するため、10回に渡りライターとして必要な基礎的な事を学ぶ講座でした。期間は2018年6月から翌年3月まで、メンバーは全く異なる経歴を持った個性的な5人が集まりました。そこでは、毎回講師の先生(通称りょうまさん)と受講生がまとめシートを元に、全体で意見交換をしながら宿題を添削していました。当時の私は慣れない宿題に頭を悩ましていただけでなく、毎回課題を携帯のWordを使って作成していました。講座を重ねるごとに周りとのレベルの違いから焦りを感じ、半分過ぎた11月の講座終了時に、「もうどうしたらいいか、何を書いたら良いかわかりません」と弱音を吐きながら、自然と涙がポロポロと溢れていました。そんな私にりょうまさんは、「あやこさんらしく書きたい事を書けば良い。上手に書こうとしなくても大丈夫。何を書いても誰も変だと思わないですよ」と優しい言葉をかけてくれました。そのあと仲間からの励ましもあり、いい意味で吹っ切れた私は、「技術がないなら思ったことそのまま書けばいい。素直に感じたまま書いてみよう」と思いました。すると以前は、人と比べて落ち込んでいたのが、何が自分と違いどうすればみんなに近づけるのかを考える方向に、マインドチェンジしていきました。6月に始まった講座も最終回を迎えると、10ヵ月この仲間と最後までやり切れたんだと、少しだけ自分に自信が持てるようになりました。

浦田理事よりライター講座の修了書を受け取っている様子

年齢なんて関係ない。やりたいと思った時がその時。ほんの少しの勇気が未来を変える。

コラム養成講座を受講するまでの私は、新しいことにチャレンジする考えなんて全くありませんでした。受講者5人のメンバーもみんな自分より年下で、入った当初は空気が読めない主婦みたいな気がして、ここで私は10ヵ月も頑張れるのか不安しかありませんでした。しかし講座が進むにつれその不安も徐々に薄れていき、新しい事を学べる新鮮さと、違う年代の人達と学び合う楽しさを感じ始めていました。20代のうちは、どんなに失敗してもやり直せる気がしますが、40歳目前の私にとって新しい事を始めるのは、年齢的にも精神的にも体力が必要な事でした。しかし一歩踏み出したことで、新しい自分に出会うことができ、今ではあの時勇気をだして本当に良かったと心から思えています。

地域の人達に支えられて今がある。自分らしく私らしく生きるために。

ライター講座卒業後は、唐津市で佐賀新聞の地域リポーター、唐津暮らしの移住定住のコラムを書く機会を与えて頂きました。文章を書いた経験がほぼない私でも、子育てをしながら多くの方達を取材させて頂きました。たまたま自分は新しい挑戦にライターを選びましたが、それに限らず新しい資格をとるために勉強したり、学校に通い始めたり、新たなセカンドライフの挑戦は、まず考えるより行動してみる事が大事だと分かりました。今年の4月からは、新たなチャレンジとして3年間お世話になった佐賀新聞の地域リポーターを卒業し、本格的にフリーのライターとして歩きだし始めました。まだ自信を持って私はライターですとは全然言えず、名刺を渡すときいつもドキドキしています。でもこれからはもっとライターとして成長し、いつかお世話になった唐津の人達に必要とされるライターになりたいと思っています。

まとめ

人それぞれ生き方も働き方も様々あり、一つの形に縛られる必要は全くありません。今やリモートワークは当たり前の時代となり、どこで働きたいかではなく、どういう働き方が自分にとって幸せなのかを考えるのが、必要な時代になっているのではないでしょうか。在宅ワークもライター以外に、テレフォンアポインター、データ入力、テープ起こしなど、かつての内職とは違いパソコンのスキルがあれば、仕事が出来る時代に変わってきています。ライターの仕事は、締切に追われたり、取材の交渉が上手くいかなかったり、納得のいく文章が作れなかったり、決して楽な仕事ではありません。しかし新しい出会いや、自分の言葉で何かを発信する楽しさは、他の仕事にはない魅力だと感じています。唐津は新しいチャレンジを応援してくれる場所です。年齢なんて関係ありません。頑張っている人を全力でサポートしてくれる人情味溢れた町です。あなたも唐津で新たな扉を開いてみませんか?そこには自分の知らない新しいあなたが待っているかもしれません。自然も人も優しく包み込んでくれる唐津に、ぜひ一度足を運んでみてください。


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