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クーミ オーリ イザヤ書60章1節

『ローズンゲン』
『日々の聖句』

2024年1月4日 木曜日

『日々の聖句』
旧約 イザヤ 60章3節

もろもろの國はなんぢの光にゆき もろもろの王はてり出(いづ)るなんぢが光輝(かがやき)にゆかん
(文語訳)

諸国民はお前の光にひかれ、
王たちは燦然たるお前の輝きに馳せ参ずる。
(中澤訳)


ギリシャ語70人訳
【原文】
καὶ πορεύσονται βασιλεῖς τῷ φωτί σου
καὶ ἔθνη τῇ λαμπρότητί σου.

【発音と逐語訳】
καὶ πορεύσονται βασιλεῖς τῷ φωτί σου
(カイ ポレウソンタイ バシレイス トー フォーティ スー)
〔そして 行王たちは 光に あなたの〕

καὶ ἔθνη τῇ λαμπρότητί σου.
(カイ エスネー テー ランプロテーティ スー)
〔そして 諸民族は 輝きに あなたの〕

王たちはおまえの光の中を歩み、
異民族の者たちはおまえの明かりの中を(歩む)。
(秦 訳)


イザヤ書60章の冒頭は、忘れられない聖句。

起きよ、光を放て。
あなたの光が来て、
主の栄光があなたの上に昇ったのだから。
見よ、闇が地を覆い
密雲が諸国の民を包む。
しかし、あなたの上には主が輝き出て
主の栄光があなたの上に現れる。
(イザヤ書60:1-2、聖書協会共同訳)

で、今日の聖句3節につながっている。

1節は、
ヘブライ語では

「クーミ オーリ、キー ヴァー オレふ」
〈立て 光を放て(輝け)、なぜなら 来た 光が〉

44年ほど前、私たちの結婚の祝いとして、伴侶さんの母校、基督教独立学園の当時校長だった鈴木弼美(弼美)先生が、
この聖句をヘブライ語で色紙に書いて下さった。

裏に、読み方が書かれていたので、覚えた。

「クーミ」は、「タリタ クミ」(娘よ、起きなさい)の「クミ」、つまり「起きよ」、「立て」という意味。
「オーリ」は光、その動詞形で「輝く」とか「光を放つ」。

いい言葉だなぁ、と思いつつも、鈴木先生は私たちに何を思ってこの聖句を選んで下さったのかとも思った。
自分たちが「起きて、光を放て」と言う奨励とも受け取れるが、もちろん、そうじゃないだろう。

2節の
「見よ、闇が地を覆い
密雲が諸国の民を包む」、

が、いつの時代でも世界の実情だと思う。

その中で、「クーミ オーリ」と
主は言われる。

もちろん、この「あなた」が、
主イエスを示唆する預言との解釈が最も相応しいだろう。

きっと、今まさに
この言葉に励まされる人々も多いことだろう、と感じる。

私たちも、その〈光〉を仰ぎ見よ、
なんだろう。

だから、同じような内容が新約の今日の聖句、黙示録とつながっている。

羔羊(こひつじ)はその燈火(あかり)なり。
(黙示録21章23節、文語訳)


『日々の聖句』 
新約 黙示録 21:23-24

都は日月の照すを要せず、神の榮光これを照し、羔羊(こひつじ)はその燈火(あかり)なり。
24諸國の民は都の光のなかを歩み、地の王たちは己が光榮を此處にたづさへきたる
(文語訳)

この都には、それを照らす太陽も月も必要がない。神の栄光が都を照らし、小羊が都の明かりだからである。また、諸国の民は都の光に照らされて歩み、地上の王たちは自分たちの栄光を携えて都に来る。
(フランシスコ会訳)

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