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2024年7月の僕にとっての『365日のシンプルライフ』


ミニマリスト、と聞くといつも憧れを抱く。
シンプルでものがない生活に憧れる。
みなさん、そんな経験はありませんか?

ものがありすぎてかえって不便、ということもあります。
スマホの充電をするために一度家に帰ったり、職場に戻ったり。
モバイルバッテリーを手に取るのに一度コンビニに寄ったり。

スマホが無ければ、そんな動作必要ないのに。
文明の利器も使いこなすにはお金や手間が必要、ということのようです。


『365日のシンプルライフ』ペトリ・ルーッカイネン

モノって意外と必要ない?

この映画は2013年、フィンランドで公開されたドキュメンタリー映画。

物にあふれた生活に危機感を感じた青年が、
自宅にあるすべてのものを倉庫に預け、とある「実験」を始めるというもの。

ルールは
・モノを買ってはいけない
・倉庫から取り出せるのは1日1つだけ

このルール、とても厳密に守られていることが冒頭のシーンから分かる。
極寒の中、現れた主人公は、何も服を着ておらず、ゴミ箱から取り出した新聞紙で体を隠して、倉庫までを駆け抜ける。

え、服も?
まずそう思った。

主人公がまず倉庫から取り出したのは、コート。
外出には服が必要ということは、僕にも分かり過ぎるほど分かった。
でも、コートだけ、である。
家に帰っても、他には何もない。

コートに足を入れてボタンをすると寝袋みたいになる、みたいなことを言い出す主人公。

ものがないならあるものでなんとかやる。
そんな形で日々取り出されていくものたち。
ですが、なんと10日でその取り出しも終了してしまう。
意外と、ものがなくても生きていける。

普段の生活からは想像はできないけど、実際にやっている人がいるとストンと理解ができてしまいました。

人がいれば生きていける、人と 生きていくのに道具があればもっといい

「人生はモノでできてないよ」
主人公のおばあさまの言葉が印象的でした。

たしかに、この主人公はものがなくても人は生きられることを証明しました。
代わりにあったのは、大事な人たちとの関係です。

スタート初日、食べるのに困ったら弟が食品を届けてくれました。
おばあさまは実験をする彼をただ応援してくれる。
数日すると、友人がメールをくれたり、手紙を残してくれたり、外に連れ出そうとしてくれます。
引っ越しや何かがあると、決まって幼なじみが助けに来てくれます。
ガールフレンドの自転車鍵が外れない時は、弟が付き添ってくれ、近くの工場の主が電動ノコギリを貸してくれる。
ガールフレンドとのデートのための自転車は、実家に帰れば手に入る。

人がいるから、困った時には助けてくれる、必要な道具も手に入る。
道具よりも何倍も人との関係が大事だと、見せつけられる、そんなドキュメンタリーだと感じました。

モノを持つことには責任がともなう

モノを所有するということは、自由にそのものを扱えると同時にそのものの処分について責任を負うということでもある。

自分が持っているものが、社会に与えている影響について、の結果を味わうのだ、と改めて感じました。

本作品は、上映会で観た作品なのですが、主催者や参加者の中には、複数回見直した、という方もいらっしゃいました。

今、僕はこんなふうに感じましたが、きっと環境が変わった時には違った風に見えるのでしょう。

次見た時に自分はどんな自分に出会えるのでしょう。
どんな自分に、自分を会わせよう、そんな風に考えてみています。

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