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それぞれの役割

人の体でいうと、皮膚があったり膵臓があったり、脳みそがあったり、爪があったり髪の毛があったり、ホルモンがあったりしていて、どれが優れているとか、劣っているとか、それは優劣ではないと。

東大名誉教授、医学部の救急治療をやっていた?矢作直樹さんがおっしゃってた。天皇陛下のお医者さんもやってたとか?

幼い時から保育所とか幼稚園で、運動会、金賞など、1位、2位、遅い、早い、上手、下手、良い、悪いと優劣を付けられる。エコビレッジビルダーの銀ちゃんがそう言ってた。
そういうもんだと思っていたけど、それはちいちゃいころから、脳みそに深く「そういうもんだ」と埋め込まれていて、当たり前で疑問に思わなかった。けれど、それについて深く考えてみた。

私が思うに、多分昔は、自分が好きな事を集中して根詰めてやっていたら、「お前、それ、すげーじゃん!!」って、びっくりするようなものが出来てたりする、そんなかんじだったんじゃないかな。

そんな現象を起こす人がいっぱいいて、すごい桶職人とかすごい歌職人とか、すごい船職人とか、すごい畑職人とか、これは優劣ではないように思うのです。たまたまです。
日本人てどんどんこだわったり、細かい部分まできれいにしたり、使いやすくしたりして、ついに、ガラパゴス・ケータイ、ガラケーとかつくったりまでしたじゃないですか?

まー、すごい人の話をしましたけど、別にすごくなくてもいいんだとおもうんですよね。

例えば、うちのスタッフ、昨日帰り際に「あべさん、これ、サンブージ君」って、なんか、縄文式土器風の土っぽい色のなんかで作った、うちのサンブーサって言う揚げ物の置物を作ってきてくれました。

どうみても餃子で、ちょー不格好でタコみたいなクチしてて、なにこれーーー!!!って大爆笑でした。
でも、これを作っているとき、私とかサンブーサの事を思って作ってくれたんだなぁーとか、「これはいい!」と思ったんだなーとか、どんな脳みそしてるんだろーって突っ込み所も満載で、自分では発想もしない、やらないことで、こんなにも笑わせてくれたわけで、心から感謝ですよ。
いつも、こういう面白いことが起きたときに私は、
「こんなにも笑わせてくれて、本当に有難う」って本当に心から思うのです。心から神様に感謝します。

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今の時代は、お金持ちだからすごいとか、偉いからすごいとか、貧乏だから劣っているとか、偉くないからダメとか、そんなんばっかだ。

それを言ったら、私は劣っているになってしまうのだ。

いつもよく考えるのだ。
私のような人がいなくなってもいいのだろうか?って。
私はどっちかって言うと「劣っている」っていうくくりに入ってしまうけど、それでいいんだろうか?
私のことをなめる人、こういう時代だから、結構いる。まーしゃーないよなって思ってしまう。こういう時代だし、誰のせいでもないけど、でも、これから先もこんな感じでやっていくのか?と思ってしまう。

私のような人が生きていけないような世の中になってしまってもいいのだろうか、と。

そう、こういう事だ。

赤の面白さだけでいいのか?ピンクとか、オレンジとか、紫とか、違う面白さは無くしていいのか?って思うのだ。

めちゃめちゃアホな面白さもあってほしい。
キモイ面白さもあって欲しい。
全然おもんない面白さもあって欲しい。
想像もつかない頭の良さの面白さも私は大大大好き。

実は全然下ネタとか好きじゃないけど、あって欲しい。
楽しそうじゃん。みんなで笑っているそれが好きな人たちで楽しんで欲しいし、たまにはそんなのもあっても面白いじゃんねー!
自分ではやらないけどw

最近のちびっ子は「何色が好き?」と聞かれると「私、虹色!」っていう子がよくいるそうだ。
うちの常連のちびっ子がそれを私に言ったとき、私は感動しました。
おぉぉぉーーー!!ステキだ!と。

もしよ、もし、この子が「劣っている」に入ることになったとしたら、つまらない世の中にならないか?大丈夫か?と思ってしまうんですね。
ステキな発想は優れている人から出るからいらないか。

うちのシェフは絶対に資本主義社会向きじゃない。
でも、あんなにも楽しませたり、その辺の面白くない人たちより断然面白いこの人が生きて行けるような世の中であって欲しいと私は思う。
もし、そう言える人がいたら、私はその口をつまんでもぎ取りたいわw

うちのスタッフで原宿系のカラフルなファッションが好きな子がいて、私はその子に言いました。
「いろんな人からいろんな事言われるかもしれないけど、🤪ちゃんみたいな子がいなくなったら、みんな同じような服で、色の無い灰色の世界になってしまうから、しっかりそのことを認識してさ、応援してるからよ」
って。

新宿タイガーさんだって、みんなできる?できないよね、あんな格好してくれて見せてくれて感謝だよね。

楽しいじゃん、見てるだけでも。

例えば、私を「劣じゃない」とするでしょ?
そしたら、その私以下と決めたその下と決めた人たちの中には、そんな人いないの?
って思うのですよ。

私は逆に、なんか昨日見たYouTubeで、スーパーで買い物した時に荷物を詰める順番が、必ず卵を一番下に置くと。
そういう人達がわんさかいて、そういう人たちをもう教育するのは難しいだろうと、だから、いなくなっていいという意見の人もいる。

だから、私は思うのは、目の前に色んな人が現れて、あーこの人のこういうところが好き、と。この人のこういうところは好きじゃないなー、と。
色んな人を見て認識して、「自分の好きな人間」に寄せていくために色んな人がいるんじゃないかと。

「自分はこれなんで」と決めてそれから変わらないのもどうかと思う。なぜなら、人間てバグ結構多いでしょう。ずっと「赤です」って、結構無理あるように思う。
これはいい、これは悪いを判断するために色んな人に会うらしくて。
少しずつ変化するから、赤の時代も有りピンクの時代も有り紫の時代もある。

バグを整えるために色んな人に出会うし、これ好きじゃないと思ったら、自分はそれをしない、ときめて、好きと思ったら取り入れて。

私は自分がいいなって思った人たちの行動とか言動とか、マネをけっこうしてます。

だから、新宿タイガーに寄せなくてもいいけど、居てもいいし、ある人にとっては、尊敬に値する人かもしれないですし。

だいたい、否定とか批判とか、ジャッジは神様がやってくれるでしょう。
それは神様の仕事だから、私の仕事ではない。
好きじゃない人もいるけど、私がそれを好きじゃないと認識するためにその人がいて、私はそれを「しない」と決めるだけでいいのだ。
ジャッジは神様がやってくれるでしょう。良いか悪いかはその人の問題であって、私の問題じゃないのですよ。

普通についてもそうです。
普通ってのは80億人の真ん中ですけど、自分のことを普通だと思っている人が居たら、私は「あなたが普通の人なんですね!!」って見てみたい。

考え方の【1】として、こんな感じもいかがでしょうか🤔




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