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文学的な歌詞たちと、新しい香水。

8/29
読者の方が「さえりさんの本は、私の救世主」という感じのコメントを書いてくれているのを見つけて、目で何度かその漢字をなぞったあと、「きゅうせいしゅ」と口にした。私の文章が、誰かの心を救っている? すごい。これまでも文章を仕事にするようになってから、何度も何度も同じように「救われました」と言ってくれるメッセージをもらってきたのだけど、毎回「えっ…ほんとに…?」と戸惑うような気持ちになって、疑いではなく単純に自分がそんなに役に立てたということが信じきれずに「わあ」と驚いてしまう。救世主、にも同じように「わあ」と驚いて、自転車を漕ぎながら、風のなかで何度か「きゅうせいしゅ」と唱え、西日の街を駆け抜けてその言葉を身体に染み込ませようと試みたけど、風みたいに私の外側をさらりと撫でて去っていく。自分が書いたものが、誰かに届く。届くだけじゃなくて、誰かの心を救う。その素晴らしさを、未だ信じられない。

私にも救世主がいる(有る)。最近いちばん救われているのは、(何度も書いてきた)歌人の木下さんの犬の短歌だけれど、他にも小説のセリフであったり、歌詞だったり、誰かのインタビューの一言であったり、何気ないツイートだったり、友人や同僚や先輩の何気ない一言だったりもする。そう思えば、誰もが誰かの救世主なのかな、人と人との関わり合い、人との出会い、作品との出会いって、生きる醍醐味の一つだな、などと思う。

そういえば、メンバーシップのリクエストで、

以前(と言ってもかなり前だと思いますが)、Twitterで「"個の時代ではあるけれど私は社会の歯車でありたい"という姉の言葉に感銘を受けた」といった趣旨の投稿をされていて、その投稿にとても感銘を受けたのを今でも覚えています。 さえりさんの人生で出会い心に残った、身近な人のことば、好きな歌詞、本や映画の一節などあれば教えて欲しいです。

と、いただいていたんだった。
姉の言葉は、私の人生に影響を与えまくっている。自分ではどう解釈しても「悪い」方にしか思えない出来事にぶつかると、かならず姉に話してみて、新しい視点をもらうようにしている。

毎回「はー、なるほど、そういう風にも考えられるな」とか「ああこういう価値観の人もいるんだから、わたしが正しいってわけじゃないな」と思わせられて、とってもありがたい存在なのだ。

上でも挙げている「個の時代ではあるけれど私は社会の歯車でありたい」も、姉の言葉のひとつで、私は当時、就活前で「個の時代だぜ! 会社に属するよりも個人が一番カッケーぜ!」的なことを考えていたのだけど、姉は(姉自身の性質として)「私はそれでも会社の歯車のひとつになって、小さな部品のひとつとして、大きな波を起こせるような働きのほうが向いているし、そうしたいと強く思う。歯車になりたい」と話してくれて、自分とは全く違う考え方だけど、なるほどそういうこともあるんだよな、と思った。声が大きな人が言うなにかが正しいような気がすることもあるけど、実際はなにを選んだって正しい。そこに自分の、たしかな気持ちさえあれば。

他にもめちゃくちゃ色々あるのだけど、姉の話はこの先もまだまだ出てくるので、その時々で。

他、作品で私が影響を受けたもので、いま思い出せるものだと(たぶんいろんなところでも書いてきたけど)、中島みゆきさんの歌。たとえば「サメの歌」。

可笑しいことに なまものは後ろへ進めない。
なりふりを構いもせず 前へ向くように出来ている
サメよ サメよ 落し物の多い人生だけど

哀しいことに なまものは後ろへ進めない
今更と笑いながら 後悔にさいなまれてる
サメよ サメよ 忘れ物の多い人生だけど

これ、そうだよなあ、なまものは(私も含めて)前を向くように出来ていて、後ろへは進めなくて、後悔したり落し物をしたりしながらも、前に進むしかないよなって思う時に、よく口ずさむ。ところでなんで「サメ」なんだろうな。中島みゆきさんって、こういうところが面白い。

続いても、中島みゆきさんの「負けんもんね」。

ああ 失えば ああ その分の
何か恵みがあるのかと つい思う期待のあさましさ

ああ 何ゆえと ああ 告げもせず
猛スピードで 猛スピードで 人生は希望を振り払う
やっと見上げる鼻先を 叩きのめすように日々は降る
そんなにまで そんなにまで 人生は私を嫌うのか、な

負けんもんね 負けんもんね 涙ははらはら流れても
負けんもんね 負けんもんね あの人がいるから負けんもんね

「失えばその分の恵みがある」って思っちゃうのって浅ましいのかあと、これを聞いた時にはげしい衝撃を受けた。そっかあ、希望は振り払われるし、鼻先を叩きのめされる、つらいなあ、でもそれでも「負けんもんね」なんだよな、と、スッとあたらしい息を吸い込んで、踏み出す。こういう絶望的で、けれど人生にねむる確かな希望を含んでいる深淵にふれる歌を、軽く歌ってのけるあたりが好き。

中島みゆきさんの歌詞って、本当におもしろい。

「時代」とか「糸」とか「地上の星」とか、そういうちょっと力強くて壮大な歌を歌っているイメージがあると思うけど、中島みゆきさん、昔はめちゃくちゃ暗い歌を歌っていたんだよね。『わかれは、いつもついてくる。幸せの後ろをついてくる』と歌った「わかれうた」とか、『あんた誰と賭けていたの?わたしの心はいくらだったの?うらみます。うらみます。死ぬまで』と歌った「うらみ・ます」、悪女になりきれない女の自作自演を歌った「悪女」なんていう、まじのまじで暗い歌ばっかり。アルバムタイトルも「生きていてもいいですか」「みんな去ってしまった」て具合で、すんごいヘビー。同じ時代に売れていたユーミンの「ルージュの伝言」のあの”陽キャ”っぷりと比べて、浮気をされても騙されても一人で部屋でメソメソ泣いて、でも絶対許さんマジで許さん「うらみます、死ぬまで」なんて歌っちゃうような、まじの”隠キャ”という感じの曲が多くて、私は(もちろん世代じゃないんだけど)その時期の歌が大好き(笑)。

キャンディーズが「もうすぐ春ですね♪ 恋をしてみませんか♪」と歌った数年後に、中島みゆきは(柏原芳恵に提供した曲だけど)「記念にくださいボタンをひとつ。青い空に捨てます。春なのにお別れですか。春なのに涙がこぼれます。春なのに 春なのに ため息また一つ」と歌う。ちょっと世界に対する視点がねじれていて、とても文学的。

歌として…ではないけど、好きな一節をいくつか。

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