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Q.「関東大震災時の朝鮮人虐殺」を否定する動きにはどのようなものがありますか?

A.関東大震災時の朝鮮人虐殺を否定する朝鮮人虐殺否定論は日本政府や政治家、団体、個々人など、様々なアクターによって唱えられています。以下では、朝鮮人虐殺否定論の8つの事例を紹介します。

【詳説】
 1つ目は、工藤美代子氏による虐殺正当化です。工藤美代子氏は著書『関東大震災―「朝鮮人虐殺」の真実』(産経新聞出版、2009年)で、朝鮮人による放火や殺人、「強姦」は事実であり、虐殺は正当防衛であったと主張しました。これは震災直後の1923年10月20日の司法省の見解をもとにしています。一方で、山田昭次氏は『関東大震災時の朝鮮人虐殺―その国家責任と民衆責任』でこの司法省の調査書を検討し、朝鮮人による暴行を証明する確証が欠けていると論証しました。工藤美代子氏は司法省の資料の信憑性を検証すらせず、資料に書かれていることを鵜呑みにして虐殺を正当化しました。

 2つ目は、右翼団体「そよ風」による歴史否定の動きです。「そよ風」は2017年から毎年9月1日に「真実の関東大震災石原町犠牲者慰霊祭」を開いています。「そよ風」にとっての「真実」とは「関東大震災時に約6000人の朝鮮人が殺されたのは間違いである。」ということです。会場の中には「六千人の嘘に友好なし 謝罪不要」、「我々の先祖へのヘイトスピーチやめろ」などの看板が掲げられます。また、参加者のスピーチでは「東京都は朝鮮人6000人虐殺の証拠を示せるのか」、「日本人を貶める都立横網町公園朝鮮人追悼碑を許すな」という主張が繰り返し強調されます。このような看板や発言は都によってヘイトスピーチに認定されましたが、その後もスピーカーなどは使わずに集会を開いています。

 3つ目は、日本政府による日本弁護士連合会(日弁連)の勧告の無視です。2003年、日弁連は「関東大震災時の朝鮮人虐殺の謝罪と真相究明などを求めた日弁連勧告」を発表し、朝鮮人・中国人虐殺は虚偽事実を流布した政府に責任があるとして、日本政府に謝罪と真相究明を勧告しました。しかし、日本政府は虐殺の事実自体を認めずに責任を回避する姿勢を維持しています。

 4つ目は、横浜市副教本回収事件です。これは、横浜市の中学生向けの副教本から朝鮮人虐殺の記述が削除された事件です。2012年版の副教本では、「軍隊や警察…自警団」が朝鮮人を「虐殺」したという記述がありました。しかし、この記述を産経新聞と自民党・横山正人市議会議員が問題視し、2013年版では「虐殺」という言葉を「殺害」に変え、軍や警察の関与の記述は削除されました。2017年には無所属の小幡正雄市議会議員がこの記述を問題視し、朝鮮人虐殺の記述自体を完全に削除しました。これに対しては市民の強い抗議を受け、「殺害」という記述で復活しました。

 5つ目は、内閣府の「震災報告書」HP削除事件です。これは2017年4月に朝鮮人虐殺を検証した内閣府中央防災会議の報告書が閲覧できなくなった事件です。この報告書の中には、朝鮮人虐殺への軍や警察の関与と反省、民族差別解消の努力の必要性などが記述されている報告書も含まれています。2017年4月にこの報告書を含むすべての報告書が閲覧できなくなったことを受けて朝日新聞が取材を行ったところ、内閣府の担当者が内容に対する苦情への対応として全ての報告書をHPから削除したと話したことが明らかになりました。内閣府は朝日新聞の報道を否定しましたが、朝日新聞が詳細な削除の経緯を記していたことや複数の担当者から取材したこと、東京新聞の取材でも意図的な削除であったと内閣府の関係者が明らかにしたことなどから、朝日新聞の報道の信憑性は高いと見られます。

 6つ目は、小池都知事の追悼文不送付問題です。小池都知事は2017年から昨年までの6年間、朝鮮人虐殺追悼式典での追悼文を送付していません。小池都知事は犠牲となったすべての方々に大法要で哀悼の意を表しているため、個々の行事への送付はしないという立場を示しています。一方で、2023年2月21日の定例都議会では朝鮮人虐殺について、「何が明白な事実かについては、歴史家がひもとくものだ」と発言し、朝鮮人虐殺の事実自体を認めていない姿勢も見られます。

 7つ目に、ネット上での虐殺否定論です。震災直後の「朝鮮人暴動」に関する記事をSNSに貼りつけて虐殺を否定する動きが広まっています。右翼団体「日本会議」は朝鮮人虐殺について、工藤美代子氏の著書を引用しながら「虐殺は正当防衛である」という立場を明確化しました。また、自民党の赤池誠章参院議員は自身のブログで工藤美代子氏の著書を紹介してその内容を称賛しました。これ以外にも、著名人などの社会的に影響力も持つ人々も含めて、朝鮮人虐殺を否定する内容を発信しています。

 最後に、国会での朝鮮人虐殺に関する質問です。2023年5月23日、100年ぶりに朝鮮人虐殺における政府の責任を問う国会質問がされました。立憲民主党の杉尾秀哉参議院議員が虐殺に関する政府の認識を質問したところ、警察庁の楠官房長は「事実関係を把握できる記録は見当たらず、仮に指摘の資料を確認しても、内容を評価することは困難」だと答弁しました。杉尾議員が記録はあるため、100年を機に調査してみてはどうかと問うと、谷公一防災担当相は「さらなる調査は考えていない」と答弁しました。

 このように、震災から100年が経過しようとしている現在も、日本政府は虐殺の国家責任を認めず、謝罪もしていません。また、一般市民の中でも朝鮮人虐殺を認めるのは自虐史観だという見方があり、一定の人々がこれに同意しています。
 また、現在でも災害時には混乱や人々の不安につけ込んで、根拠のないデマが流れます。2011年の東日本大震災直後には、「外国人による犯罪が横行している」というデマが流れました。東北学院大学の郭基煥教授の調査によると、これを信じたという人は86%に上りました。また、「誰がしたと信じたか」という問いに対しては、「朝鮮・韓国系」と回答した人が24.9%でした。さらに、2016年の熊本地震の際にも、SNS上に「熊本の朝鮮人が井戸に毒を投げ込んだ」という投稿がされました。これは関東大震災を彷彿させる極めて悪質なヘイトスピーチにあたります。
 このように、現代日本社会は関東大震災時の朝鮮人虐殺否定論が存在するだけではなく、混乱時にデマを流しそれを多くの人が信じる社会であることが現状です。だからこそ私たちは、関東大震災時の朝鮮人虐殺の真実を認識し、同じようなことが二度と起きない社会を作っていく必要があります。

【関連資料】
・加藤直樹(2019)「歴史的デマゴギーへの対処法―関東大震災『朝鮮人虐殺論』から考える」『世界』916、161-170p
・HUFFPOST「災害時に生まれる『外国人犯罪』の流言。“気遣い”に潜む危うさとは【東日本大震災】」

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