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小説|秋桜の揺れる丘

私は記事を書く時、みなさんが提供してくださっている写真やイラストなどの画像をよくお借りします。
自分で作った画像だと味気ないっていうか。
素敵なものがこんなにあるのに、わざわざ苦労して作る必要ないのかな、とも思ったりします。

そんな訳で慣らし運転も兼ねて写真をネタに小説を少し書いてみます。
(短いのでショートショート?)

【ここから小説です】

 毎年、この時期になると彼女が帰ってくるのを楽しみにしている自分がいる。今回も彼女は戻ってきた。小道を歩いていた彼女が足を止めて僕に手を振る。僕は少し恥ずかしいと感じつつも、彼女に手を振り返す。

 彼女は僕が小さい頃からこの町で姿を見かけていた。丘の上の秋桜が咲いたところで僕が本を読んでいると彼女は必ず現れた。

 何をしているの、といつも彼女は訊く。僕は本を読んでいるのだといつも返事をしていた。

 僕は家族と仲があまり良くなかった。父母は姉を溺愛していて僕には興味を抱かなかったようだ。仲が悪いというよりは無関心、というのに近い。それは高校に上がった今でも続いている。

 人の少ない町では仕事は殆どなく、年頃になるとみんな外に出て行ってしまう。外で楽しくやっているのか、町に戻る人間は少ない。だから年々、町の人口は減っている。

 なのに彼女は毎年必ず戻ってくるのだ。けれど彼女がどこで暮らしていたのかを僕は知らない。

 町の人はみんな戻ってきた彼女に笑顔を向ける。彼女もまた町の人たちと明るい挨拶を交わす。秋になるとその光景をよく見かけるようになるのだが、彼女がどこの誰かを町の人は言わない。噂話も全く聞かない。

 もしかしたら彼女のことはただの夢なのではないか。僕は時々、そう思うようになった。秋になったら現れる彼女はいつも同じ姿で戻ってくるのだ。

 少し風が冷たくなった夕方、彼女は再び僕の前に姿を現した。田んぼのあぜ道を行きながら僕は彼女の様子を伺った。

 白い帽子に白いワンピース。白のパンプス。長く茶がかかった髪が赤い日差しに透けて金色に見える。さっき持っていた鞄はどこかに預けたらしい。今は小さなショルダーバッグを提げている。

「どうかした?」

 僕がまじまじと見ていたからか、彼女が楽しげに笑みながら訊く。僕は照れくささと後ろめたさでつい、目を逸らしてしまった。

「別に何でもないよ」
「そういえば、広晴くんって付き合ってる女の子はいないの?」

 広晴、というのは僕の名前だ。僕は慌てて彼女を見た。彼女はにこにこと微笑んでいるだけだ。可愛らしく、そしてとても綺麗な顔だからなのか、彼女は化粧っ気がまったくない。仄かに漂ってくるのは石けんの香りだ。

「いっ、いないよ。そんな風に見えない、でしょ」

 相変わらず僕はたどたどしく返事をする。僕の容姿は間違っても格好良くなんてない。ごく平凡といえば聞こえはいいけど、見所のない普通の学生だ。勉強は嫌いではないけど、運動が特に出来る訳でもない。もてる要素は欠片もないという自信すらある。

「えー。そうかなあ。広晴くんっていい子じゃない。本当は好きって子もいると思う」

 何を根拠に、と言い返したくなったが、意外と彼女が真面目な顔をしていたので僕は口を噤むしかなかった。

 広々とした田んぼのあぜ道を抜けた頃には日はほぼ落ちかけていた。深い夕暮れの中で彼女が帽子を手で押さえ、くるっと背を向ける。

「また明日ね。バイバイ」
「あ、うん」

 明るい挨拶をして離れて行く彼女を追いかけるように、赤とんぼがゆっくりと飛んでいく。すうっと赤い線を引いたように見えて、僕はその様にしばらく見とれていた。

 次の日は曇り空だった。その日、僕は家を出て学校とは逆方向の丘に向かった。昨日、嫌な話を聞いてしまったからだ。

 あの秋桜が揺れる丘にゴルフ場を作るのだという。その工事が今日にも始まるのだと。僕は焦って丘へと急いだ。

 丘のふもとには重機が何台も並んでいた。工事の用意をしている人達も大勢いる。僕はこっそり重機の間を抜けて丘に駆け上がった。

 そこには彼女が立っていた。白いワンピースを翻して彼女が振り返る。

「ここ、なくなっちゃうのね」
「うん、そう、みたい」

 僕はろくな返事も出来なかった。彼女はそう、と呟いて目を細めた。

「ここはね。わたしが好きになった人が秋桜を植えた場所なの。とっても優しい人だった。花が大好きで、だからわたしもここの花をとても好きになった」

 彼女は訥々と話した。

 彼女は最初は療養のためににここを訪れたのだという。静かで綺麗な空気の町での静養は彼女の病をゆっくりと癒していった。

 そして彼女は療養中に出会った医師の男と恋に落ちた。まだ年若かった男と彼女はよく散歩をしたのだという。

 春には桜を見て、夏には小川まで出かけ、秋は夕暮れを眺め、冬は室内から雪を見る。

 そうしているうちに男が秋が寂しいから、と、この辺りに秋桜を咲かせたのだという。それを聞いて僕は相手の男のことが判ってしまった。

 ある時、事故で唐突に亡くなってしまった男。それが彼女が恋した相手だ。

「そっか。……そうね」

 彼女は一人で納得したように呟いてその場にしゃがみ込んだ。風に揺れる秋桜の花を見つめる。

「秋桜って実はけっこう強いの。知ってた?」
「そうなんだ」
「見た目は華奢なんだけど、荒れ地でも育つ品種が多くてね。風通しと水はけが良ければ咲くのよ」

 じっと花を見つめる彼女の横顔は何だか泣きそうだった。僕はそんな彼女を黙って見守ることしか出来なかった。

 ここの地主の息子が医師になったという話は僕も聞いたことがあった。いくら秋桜が綺麗だからといっても、誰かが人の土地に勝手に種を蒔いたりも出来ないだろう。その息子が彼女の恋した男だと僕ははっきり理解した。

「もう、見られなくなっちゃうのね。残念」

 少し困ったように笑った彼女からは悲しげな表情は消えていた。彼女が一本の秋桜を手折って立ち上がると、花を僕に差し出す。

「はい。広晴くんの部屋に飾ってあげて」
「え、でも」
「その方が花も喜ぶから」

 そう言った彼女が微笑んで首を傾げる。僕はおずおずと花を受け取った。彼女はバイバイ、と手を振って丘を降りて行った。僕はただ、黙ってその背を見送るだけだった。

 それ以降、彼女は町へは来なくなった。
 僕は秋桜の押し花がついたしおりを本に挟み、そっと机に置いた。

【ここまで小説です】

一発書きなので長さ調整出来ませんでした!
ごめんなさい!!。・゚・(ノД`)・゚・。

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