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【打開の翼】第17話「存在の証明」

消灯前に充斗の部屋へ行く

「隊長には許可とっといた。隊長室へ行くで」

隊長室へ行くと隊長は窓を開けて待っていた。

「内緒話ができる場所がなくてすまないな。」
「けっして悪いこと企んでるわけやないですから…」
「そう思ってたら許可などしない。柚、あの屋上のてっぺんだ。
 ここは開けておく。戻ったら閉めてくれ。私は寝る。
 自室に帰る時、見回りに見つかるなよ?
 自信がなければその辺に朝まで隠れていろ。」
「は、はい!」

隊長に言われた場所に充斗を抱えて飛ぶ。
こんな軽装だけど、腕にはパワーアームがついてる。
重たい武器や重たい障害物が降ってきたとき、除けられるようにだろう。
体格のいい充斗も難なく抱えて飛ぶことができた。

「ここなら、見回りもけえへんし、声も漏れへんねんってさ。」
「これ、倉庫の上ですもんね…」

倉庫の屋根に二人で座る。
夜風がかすかに髪をなでる。

「柚ちゃんが顔色変えた時の俺の言葉、覚えとる?」
「…失って、初めてその人の存在の大きさを実感するって、物語ではよくあるけど…こういう感じなんだな…って…………」
「ああ。その後俺は、そういうのって死んだ人に思うんやっけか?って言うたやろ?」
「はい…………」

「…………俺、なんもあれへんねん」
「?」
「UDMに登録するとき、本名やないとあかん。でも苗字か名前のどっちかでええ。
 柚ちゃんのは名前なん?」
「苗字です」
「そうか…………俺だけ名前なんやな…………」
「…………」
「俺には、苗字がないねん…………」
「!?」
「戸籍上はある。でもそれは、ホンマの名字やないねん。」
「…………?」

「俺、孤児院の前に捨てられとったんやて…………
 『この子の名前は充斗みつとです。よろしくおねがいします』て手紙と一緒に。」
「…………!」
「親も兄妹も何も知らん。
 でもそれが『俺の普通』やから…俺は不幸やのなんやの思うたこともないし
 寂しいやら、むかつくやらもない。
 親のことやら知りたいとかも思わへん。
 今でもや。
 何や知らんけど事情があったんやろ。そんなん知ってもどうしようもあるかい。」
「…………」
「せやから…このことで、『かわいそう』て思うてほしくないんや。
 それだけは、言うてほしくない。」
「…………言えないですよ…………そんな無責任なこと…………」
「(微笑)ありがとうな。『そういうことが、無責任や』て思うてくれることがいっちゃん嬉しい。
 同じこと体験して、同じこと感じて、同じこと思うたこともない奴に
 俺の事情を、自分の物差しで測って、勝手に哀れまれたり
 説教されんのはまっぴらや。」
「…………」
「俺は、寂しいとかそういう気持ちはあれへんけど…………
 ずっと、俺はホンマにこの世に存在しとんのやろか?って気持ちが、漠然とあった」
「…………」
「名前だけあって…それも施設の人から、だいぶ大きなってから知らされたことや。
 『受け入れられるやろ』て思われたんかな…
 でも、産着や手紙見せられても、誰が書いたもんかも分かれへんやろ。
 そうなんや~て、他人事みたいに聞いとって…」
「…………」
「俺がUDMに入隊したのは、公務員やさかいっていうんは詭弁や。
 UDMが未知の敵対生物と戦うための特殊機関やいうんは分かっとった。
 死ぬ危険もあることも分かっとった。
 俺は…敵対しとらん未知の生物や。
 未知対未知や。お似合いやんけ。」
「…………」
「死に場所を探しに来たんやない。
 自殺するんは意味があれへん。
 隊に入ったら、未知の生物から何かを守るんやろ?
 少なくとも、隊に入ったら同じ隊員を守るんやろ?」
「…………」
「誰かを守って死んだら、まさか幽霊に守られて生き延びたって人はおれへんやろ。
 その時確かに俺はそこに存在しとることになる。
 せやから、俺はここにおるんや。」

さっき確認させられた、夕食の時の言葉を思い出す

 『おれへんくなって、初めてその人の存在の大きさを実感する』

「…………」
「そう簡単には死なへんで。
 あがいて、もがいて、全力で戦うて、ほんで誰かのためになる死に方をせんと意味があれへんのや。
 生き方の方を見ぃやって言われるやろうけど、俺にとって死に方を見るんは生き方を見るのと同じなんや。」
「…………」

「柚ちゃん。 俺を、存在させてくれ。」


…字面だけ見れば、プロポーズのようにも思えるかもしれない言葉…
でも…少なくとも今は…そんな甘く、ロマンティックな話ではない…

もっと大きな意味…

 『あがいて、もがいて、全力で戦って、誰かのためになる死に方をしないと意味がない』…

「誰かに感謝されたい」とかじゃない。
どんな困難があろうと立ち向かって…利己的ではなく…他者のためになる人生を歩みたい…
それができたなら、自分は確かにこの世に存在したと言える…

でもそれは自分だけでは確信できない…
シュレーディンガーの猫のように…自分という箱を開ける誰かに…確認してもらわなければならない…

だから充斗さんは…
私に「箱を開けて中を見る役をやってくれ」と言ってるんだ…


まっすぐ私を見る充斗の目に、そう感じる。
私は視線をそらさず言う。

「…………じゃあ…………私は、充斗さんより先に死んじゃダメですね」
「…………」
「私も簡単に死なないし、死なせませんよ!?
 人の存在の証明なんて超難問がすぐ解けるわけないじゃないですか!
 たっぷり守って、たっぷり守ってもらって、お爺さんお婆さんになって、その時がきたら言います。
 『Q.E.D.』って。」
「ははは、ええなあ…Q.E.D.証明完了か…
 お互い同時やったら俺も柚ちゃんに言うたるわ。」
「お願いします」

ほほ笑む私に充斗さんもほほ笑む。
二人で見上げる夜空には星が瞬いていた。

星が充斗と重なる。

星は儚くも美しく、確かに目に見えて、在るのだけど、手が届かない遠くにある。
充斗の存在意義の探求は…生のあり方を考える上で死を意識しているもので…それは一見儚いけど美しく思える。

でも充斗には触れることはできる。
物体としての距離は星とは違う。
ただ…彼の「死」は…星くらい遠くにあってほしい…

「私は…充斗さんがどんな生い立ちだろうと関係ありません。
 私が見た充斗さんが全てです。実際見てきたものだけが『事実』です。」
「そうやな…それでええ。それがええ。
 俺も柚ちゃんの『事実』しか見ーひん。」
「はい!」
「そうか…せやから俺は成保には言わへんかったんやな…」
「え…?」
「これを話したんは柚ちゃんだけなんや」
「なんで…」
「成保は言わんでも…今だけを見てくれるから…言う必要ないんや。」

その言葉に充斗の成保への信頼を感じる。そして私への。
と、充斗はこちらを向いて言う。

「簡単に死なせへんからな?覚悟しいや?
 柚ちゃんと成保は、初めて失いとうないと思ったもんなんや。」
「私もです。覚悟しといてくださいね。あ…隊長のこと忘れてた…」
「…あの人は…殺しても死なへんやろ。失わせられる奴がおったら見てみたいわ。
 ミレニアム懸賞かかっとんとちゃうか?」
「くすくす、そうですね。」

充斗が立ち上がる

「そろそろ冷えてきたな。帰ろか。」
「はい!」

隊長の部屋へ帰り、静かにドアを施錠すると、私たちはこそこそ自室へ戻った。
重い話をしたにもかかわらず、心はなぜか晴れやかで、
忍び足で自室に向かうお互いを見合っては、笑いをこらえるのが大変だった。

<つづく>

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