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Feeling/Mrs. GREEN APPLE

ピュレグミのCMソングに起用され、爽やかでハッピーな印象を与えたであろうこの曲。

今日もfeelingに 手を取られ引っ張られ
出会うべく学ぶべくと 私に寄り添ってる

カラフルな風船に導かれた女の子のセリフ、「迷う私がいたっていい。トキメキよ、私をつれていけ」は、まさにこの歌詞を表している。

Feelingが先行して自分を導き、楽しい方へ連れて行ってくれる。新しい出会いや学びに踏み出していける、という感じの前向きなメッセージが伝わってくる。

だけど、一曲丸ごと通して聴いたらそのイメージはちょっと変わるかもしれない。

終わったことだから 振り返ったりしない
綺麗になるにはまだかかるけど
「貰ったものは宝物」とは まだ言えない

こんな歌い出しがありますか。

ピュレグミのCMとは打って変わって、大事〈だった〉人との別れを感じさせる、この歌い出し。

何かを失って、振り返らないと決めた。
積み重ねた思い出や手元に残ったものが宝物だって、そう思えるようになりたい。
今はまだ、難しいけど。


こんな切ない歌詞を誰が想像しましたか。
ピュレグミから来た人は「えっ」ってなるでしょ。

2023年にリリースされたアルバム「ANTENNA」の、大トリ曲。
初めてアルバムを通して聴いた時、最後の最後に流れたこの曲に、私の心は鷲掴みにされた。

ジャズっぽいピアノ、しっとりしたメロディ、力強いサビ。傷付いた全ての人に寄り添う歌詞。
大森元貴の真髄という感じ。

ただfeelingに
任せてしまえばいいよ
尖って鈍って忙しいこのワンダーランド
そのfeelingに
背負わせてしまえばいい
出会うべく学ぶべく
試験のこのワンダーランド


私達は日々何かを選択し、その責任を負う。
その結果傷付くこともあるし、後悔することもあるし、何かを失ったりもする。

選択して、間違って、泣いて、また前を向く。

この繰り返しって、すごく心がすり減るよね。

いっぱい悩んで頭を使って何かを選ばなきゃいけないのが人生だけど、もしそれが難しくて苦しかったら、自分の気持ちに従ってもいい。

世間的にこれが正しいとか、周囲の目とか、誰かの意見とかじゃなくて、ただシンプルに自分のFeelingに従う。それもありだよ。

だって何を選んでも、あーだこーだ言ってくる人はいるし、何が起きるかは分からないし、世界は広くて複雑だ。
感情任せでちょっと楽をして、難しい責任はその時の気分のせいにしちゃえばいいよ。

きっと、そんなことを伝えてくれている。
大森元貴は徹底的に傷付いた人の味方で、肯定者で、赦しを与えてくれるから。

シャワーを浴びて空想してるよ
限りないものって本当に無いんだろうか
諦められるようになってきたような
正常すぎる危険サインを感じてるよ

ちょっと独特な、早口Aメロの歌詞。
聞き取りにくさもあるので(そこも好き)、歌詞は目で読んだ方がいいかもしれない。

「限りないものって本当に無いんだろうか」

一瞬、どういうこと?となる、大森哲学。

人生には限りがある。
一日は24時間だし、欲しいもの全部手に入れることはできないし、同時に何人も愛することはできない。
だけど本当に、全てのものに限りがあるんだろうか。限りないものって、本当に存在しないのかな?

シャワーを浴びながらふとそんなことを思う。

あー、分かる。お風呂場というリラックス空間で、ぼんやりしているようでいて、何か深いことを考えること、ある。

大人になって、いろんなことに対して「仕方ない」と諦めて自分を納得させることも出来るようになってきた。
それが社会的に正常だし、それが出来るのが大人ではあるんだけど、それは心を蔑ろにしている証拠でもある。

だから、たまにはFeelingに任せてもいいよ。

そうさfeelingに任せてしまえばいいよ
尖って鈍って難しいこのボーダーライン
そのfeelingを信じて疑わなきゃいい
憎むべき愛すべき心のコックピットで
今日もfeelingに手を取られ引っ張られ
出会うべく学ぶべくと私に寄り添ってる

何とこれがラストサビ。
曲自体がすごく短い。短い中にギュッッと詰まっている。

「憎むべき愛すべき心のコックピット」というフレーズは一度聞いたら忘れられない。

自分しか乗り込めない、一人分の操縦席。
そこに乗り込むのは責任が伴うし、苦しいこともある。後悔もあるし、反省もある。
そしてもちろん喜びもあり、ワクワクもときめきも、愛もある。

そんな風に心を捉えたことなかったなぁ。素敵。

「どうしなきゃいけないか」じゃなくて、「どうありたいか」で生きるのって大事だよね。

“他人からどう見られるか”じゃなくて、自分はどうしたいの?

その気持ちを信じて進んだ先に、また出会いや学びがある。自分の気持ちに寄り添って、人生を歩いていく。

ここでいうFeelingは、決して投げやりな「その場の感情任せ」ではなく、「自分の心が導く方へ」という意味よね。

いつでも感情任せで突き進めという暴論ではなく、むしろ心に反した選択をしがちな人に向けて、背中を押す歌。あぁ素晴らしい。

そして、この曲は最後こんな言葉達で締め括られる。

愛されてた

宝物だ

試されてる

私はきっと

愛されてる

どこか自分に言い聞かせるような、そんな言葉。

スッと受け取って、心のコックピットにしまっておこう。

「私はきっと 愛されてる」
と信じること。愛を受け取ること。

確信を持って「愛されてる」と言い切ることがすんなりできないからこそ、自分に言い聞かせる。

じんわり心に染みる、愛のセラピーのような曲だった。

〜まとめ〜
ここまであれこれ書いたけど、元々あまり曲の深い考察はしない(できない)派なので、「大森元貴はそんなことを言ってるわけじゃない」って思う人もいるかも。

でもまぁ、音楽とか芸術って、一人一人解釈が違って当然なので、私が書いたことが正しいわけでも間違っているわけでもなく。

みんなそれぞれ「振り返らないと決めた、終わったこと」があって、「Feelingで何かを選択」している。

人生の数だけ受け取り方があるのが、音楽の面白いところだなと思うから。

みんなはどんな風にこの曲を聴くのかな。
何か心のどこかに響くといいな。

最後に、Studio Session Liveで生演奏されたアレンジバージョンをどうぞ。

生演奏、生歌で更に魅力を増す、Mrs. GREEN APPLE。その実力をぜひ見て聴いて感じていただきたい。

ApplePencil購入資金、もしくは息子に酢だこさん太郎を買い与える資金になります。