電動アシスト自転車をサイクルショップまで軽トラックの荷台に乗せて運んだ話。
次男(5歳)が「ブラック・ホール号」と名付けた電動アシスト自転車が故障した。
いよいよ夏が始まりそうな朝、幼稚園バスが停まるバス停まで次男を送ろうと、ブラック・ホール号の後部に付属したチャイルドシートに次男を乗せて、いざ出発とスタンドを外したその時、後輪から「ガンッ」という鈍い音と手応えを感じた。タイヤから空気がすっかり抜けていたのだ。
私はプランA(自転車送迎)からプランB(車送迎)に切り替え、バス停まで車を走らせた。次男を無事見送り、帰宅するとブラック・ホール号の後輪を調べた。
タイヤに傷は無い。ひとまず空気入れでシュコシュコとタイヤに空気を入れてみる。空気は入るようだ。
私は家に掃除機をかけ、水回りを掃除し、ゴミを出し、洗濯物を干した。飲みかけのコーヒーを飲んだ後、改めてブラック・ホール号のタイヤを確認すると空気は抜けていた。これはいよいよパンクだなと諦め、車にブラック・ホール号を積んでサイクルショップに駆け込もうとしたが、ブラック・ホール号は思いのほか大きく、そして重たかった。車に全く入らない。
サイクルショップに電話してみると、「軽トラックを貸出することはできます」とのことだったので、一旦サイクルショップまで軽トラックを借りに車で行き、サイクルショップの駐車場に車を置いて軽トラックで帰宅し、妻の手も借りてブラック・ホール号を軽トラックの荷台に乗せてロープで固定した。
軽トラックに乗ってサイクルショップに向かう途中、バックミラー越しに見えたブラック・ホール号は軽トラックの荷台の上に横たわってカタカタと頼りなく揺れていた。まるで病院へ行く途中の後部座席で震えている子供のように。
思えばブラック・ホール号に子供たちを乗せて色んなところへ出かけた。
幼稚園やブランコのある公園、亀と鴨の居る公園や恐竜の化石公園、小田急線沿いの公園。(子連れで出かけると言えばほぼ公園だ)
それからおもちゃ付きのお菓子を買いに行くドラッグストア、緑が生い茂る木漏れ日のトンネル、風が吹き抜ける川沿いの遊歩道。私はブラック・ホール号を漕ぎなぎら、子供達はチャイルドシートに座っていろんな話をした。目に入った物の名前をひたすら呼んだり、恐竜の歌を歌ったり、家に帰り着いたと思ったら二人とも眠っていて、二人を抱えてソファに運んだこともあった。
子供達との思い出の側にはいつもブラック・ホール号の姿があった。
「大丈夫、きっと良くなる。」
軽トラックのバックミラー越しに私はブラック・ホール号に語りかけながらサイクルショップまで辿り着いた。
自転車整備士に点検してもらったところ、ブラック・ホール号は後輪のチューブ交換のみで修理完了とのことだった。
私は車で帰宅し、カレーを作って次男を車で幼稚園までお迎えへ行き、再び帰宅して子供達にカレーを食べさせ、妻と車でサイクルショップへ行き、修理の料金を支払い、妻は車で、私は後輪の修理が完了したブラック・ホール号に乗って帰宅した。
日々暮れていく一日は膨大なイヴェントを明日へ運ぶ乗り物である。
まるで我々とその思い出を乗せて走るブラック・ホール号のように。
思い出は物に宿る。物を大切にするということは思い出を大切にするということだ。これからも私はブラック・ホール号のことを、子供達との思い出を大切にして過ごしていきたい。
やがて走る役目を終えるその日まで。
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