犬の話 その1
新婚旅行から帰ってそのまま夫の実家で暮らし始めた。
専業主婦の義母はプロではないが「書く人」だった。長い間文章の講座で勉強し、仲間と同人誌を出すという私とは真逆の行動力のある人だった。小学校の時に文章を褒められたのが嬉しくて、主婦になってから勉強し始めたそうだ。幾つも文章の講座を受講し、そこで知り合った方のグループに参加した後で、自分と気の合う何人かと同人誌を始めて月1回原稿を持ち寄って集まり、お互いに批評して年に一冊本に纏めるという派手さはないが着実に作品を残していた。好きな歴史上の人物を主人公にかなりの長編も書いていた。私は義母のエッセイが好きだった。構成が上手く平易な表現だが心に残る文章だ。今は亡き両親や子供の頃の生活等が多かった。私も良くネタにされた。一人息子と結婚して同居することになった離れた土地から嫁いできた私に興味もあったのだろう。こんなことまで書かないでほしいなと思いはしても口にすることはできなかった。本を読むのが好きだと知られてからは校正を手伝ったりもしていた。
その同人誌のお仲間の家に犬の子が産まれた。不妊手術を受けずに庭で飼っていたので知らぬうちに妊娠してしまい、引受手が無ければ保健所に連れて行くそうだと義母から聞いた。
根っからの犬好きの私の心が波立った。夫とは子どもができて小学生位になったら犬を飼いたいと話していた。まだ子どもは居ないが引き取りたいと思って帰宅した夫に相談して、次の休みに連れに行くことになった。小さな犬小屋を買ってきてその周りに少し間を空けて杭を打って網で囲んだ。それはその頃体調を崩して家に居た義父が引き受けてくれた。
用意を整え、車に段ボール箱を入れて1時間くらい走った。子犬が連れて行かれると知ってか母犬は不安そうにウロウロとしていた。「心配しないで大事に育てるね」と声を掛け、子犬を受け取る。子犬はおとなしくコロコロと丸い身体を私に預けてきた。今日からはうちの子だ。大事に育てよう。温かい身体が入った箱を抱いてほんわりした気持ちの帰り道だった。これが私の犬育ての第一歩であった。人間の子どもを授かることはなかったがその後もう一匹の犬とたくさんの猫が私の暮らしを彩ることになった。
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