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ロック画面の男


 一体俺はなにをやっているのか。
 例によって壁際の幻覚にそう呟いてみる。
 スマホの電源を入れると「午前4時8分だよぉ〜」と字面で宇佐美が教えてくれた。このあいだ、ロック画面を宇佐美に変えたのである。

 
 ロック画面を宇佐美に変えた。しかし私は変質者の常でその行為のなんたるかをいまいちわかっていなかったのだが、スクショをツイッターに載せたらびっくりしたフォロワーが何人かいいねをくれたので、ようやっと、ちょっとまずいかもしれぬとの認識を持った。しかしながら我がロック画面と成りた男は明らかに「ちょっとまずい」程度じゃ済まねえ野郎である。なればこそ、そいつをロック画面にすることは、きっとまずい。
 
 宇佐美時重、帝国陸軍第七師団第二十七聯隊所属、階級は上等兵。登場を重ねる度に「君こんなヤバかったっけ?」となりゆく人物第一位である。当初はいい意味で凡と見せかけた最強だったのだが、ホクロの落書きを刺青にしたあたりから鶴見ボーイズとしての紛うことなき天賦の才を読者諸君に知らしめることをし、後半になると異常行動が多すぎてどこから手をつけていいか一向見当もつかぬ。とりあえず……と股間回りから言葉にするなれば、これもまた三つくらいある。二瓶、辺見、姉畑、大体股間ネタというのはひとつあれば彼の変態をあらわすに充分なほどであるが、囚人でもなんでもない、むしろ囚人連中をとっ捕まえて皮を剥ぐ側の人間が、どんな囚人よりも股間ネタに事欠かぬなることこそゴールデンカムイという作品におけるダークホース(意味知らない)であろう。
 しかし宇佐美を知る紳士淑女その他の皆様方は我が申す「三つの股間ネタ」に対し、「金玉に打たせ湯」「精子探偵」までは思いついても、あとのひとつは? とおぼさるるやもしれない。それこそ「尾形百之助を殴ってるときに若干勃ってた」である。しかしこれは個人的に驚いただけで割とどうでもいい。
 
 ともあれ、そのような男が我がロック画面及び壁紙である。そして日がな一日呟いている対象である。一体俺はツイッターのフォロワーにどう思われているのであろうか。と、中一女子の言う「クラスの男子にどう思われてるか気になる」レベルでくだらない不安を抱える今日この頃だが、しかし普段は
 「栗拾った!(画像付)」
 「猫の毛繕いかわいい!(画像付)」
 「推しカプ描いた!(画像付)」
 みたいなツイートしかしない奴が、突然狂ったようにゴールデンカムイの感想を一日にざっと三十ほども呟きはじめ、そのうち宇佐美の金玉や精子について言及、彼の壁紙全八種の制作をしておれば、もしそいつを私がフォローしていたとして、心配せざるを得ない。ましてやそれが己が身のことであるのだから、多少「フォロワーにどう思われてるかな」くらいは考えるのである。他人のTLに定期的に宇佐美の顔面と下ネタを流して本当にいいのだろうか。そういえば一人二人フォロワーが減った。


 
 だが本当に心配なのはフォロワーではない。宇佐美に興味を持ってしまった自分自身の趣向である。
 なにを隠そう私がはじめて好いたキャラは、宝塚で上演されたエリザベートという作品の、中でもひときわ耽美なルドルフ皇太子である。彼はその外姿からして金髪に白皙の美貌、軍服を纏う姿は儚くも美しく、ガラス細工のような脆さと繊細さを併せ持つ人である。熱き心は祖国の繁栄のため、伸ばす手が求めるのは母の面影、しかし最後に彼が選んだのはこの世で最も幽く美しい死の舞踊であった──
 と、まあこんな調子の男が私のはじめての推しである。そのあと好きになったロイエンタールもなんかそんな感じだし、望海風斗さんも然り、康政くんはちょっと予想外だったが、基本的に耽美で美しい男(女)が好みなのだ。
 
 まあ、別に宇佐美にキャラ的に萌えているかと言われたらそうでもなく、単にあまりのヤバさに当てられているだけなので心配ない気もするのだが、耽美以外でキャラに興味を持ったことがほぼないのでちょっと不安なのだ。
 しかし宇佐美もある意味耽美ではある。愛されたい男(※鶴見)のために(※?)、親友(※仮)を殺した少年時代、二人だけの秘密の聖地、唉、風もさやかなあの日々よ。
 ……いや、注釈が三つもあるところから己の迷いが伝わってきてもう嫌なのだが、あの過去回想も耽美っちゃ耽美だ。ただしちょっと耽美のベクトルが意味不明なので、これも私が宇佐美に心引かれる所以ではない。私が求める耽美は基本宝塚とかポーの一族的な耽美である。
 
 では私はなぜこんなに宇佐美宇佐美と言っているのか。
 多分、登別で鶴見の風呂を覗いてたのがあまり斬新な衝撃に過ぎたのであろう。如何にせよ私は鶴見中尉が好きなので登別の全裸シーンは幾度も目を通したのであるが、しかしそれでいて全く宇佐美の存在に気づけなかった。ゆえに結局最後はツイッターの力を借りて宇佐美を発見した。その折の私の心をよくよくご想像願いたく、又、我が吃驚のこれに勝るものやなし。あの宇佐美は完全に真夏の怖い話である。お分かりいただけただろうか、じゃねえ。というか居るなら岩陰とかだろうと思ってたら上空かよテメェ。
 いや、宇佐美ならやりかねんと思う瞬間もあったのだ。鶴見中尉の全裸くらい宇佐美なら見たいだろうと。しかし私は心のどこかで彼を信じていたようだ。畢竟、本当にやるとは思わなかった。気分は
「本当にやりやがった! 姉畑支遁すげー!」
 の杉元である。だが姉畑支遁は感動のエンドを迎えたのに対し、宇佐美時重の風呂覗きは不気味なままスルーされているので、私の中でどうも消化不良を起こしたようだった。
 というか、宇佐美の鶴見への「好き」は「風呂を覗きたい」方向の好きだったのか……。そうか……、うん…………変態だな!!!!!!(そして今に至る)。
 ちなみに宇佐美の風呂覗きを発見した私はリビングで思わず
「うわー! 宇佐美居る最悪!!!!!!」
 と叫んだのだが、それを聞いたゴールデンカムイを知らぬ父になぜか
「どう最悪?」
 と突っ込まれ、
「上司の風呂を覗く方向の最悪」
 とだけ伝えたので、およそ宇佐美は女上司の風呂を覗く野郎だと思われている。ちなみに尾形は「本部の飼い猫」「山猫」など呼ばれていることから女スパイかなにかと思われている。早くゴールデンカムイ読んで欲しい。
 
 然しまあ宇佐美、金玉プレイヤー且つ精子探偵且つ覗き湯は癖が強すぎる。狂気と下ネタを全身で体現する男、宇佐美時重。小顔でぱっちり二重、睫毛バサバサで唇ぷるぷるとかなりスペック高いのに全体の印象が悪すぎるしシコッてるときとか怒ってるときの顔がアカンせいで美しさが絶滅しててなんか草。
 第一金玉に打たせ湯は本当にわけがわからない。その直後、菊田に挨拶してるときにチンポが左右にふよんふよんしてるのもなんなんだ。
 噫、惜しむらくは己が身にチンポのついておらぬことである。有らばそのメカニズムも解ろうと云うに、ならぬがゆえ、金玉に打たせ湯をするとチンポが左右にふよんふよん揺れることの真実が判らぬ。
 ところでさっきから金玉々々と連呼しているが、これでも私は中学の途中までお嬢様キャラで通していたので、間違っても「金玉」などと口にして天道に恥じぬ人間ではなかったのだ。私が金玉とうっかり言葉したのは「銀魂はどうして銀であって金ではないのか」という疑問を呈した折、また「ゴールデンボンバー」と言おうとして「ゴールデンボール(金玉)」と口にした際ばかりである。それでも思春期の脱却に伴う自我の確立につれ、私の舌は漸う下ネタ方向に回転をはじめ、セックスから金玉、金玉からチンポへとむしろ失われた小学生時代の下ネタを取り返すが如くこの頃では成っている。幼い私から下ネタを遠ざけ、クレしんすら見せなかった両親の努力も浮かばれぬ。
 我が身を振り返り仮にこの一事から教訓を得るなれば、
「どれほど禁止しても本人に素質があればいつのまにかすりぬけるので、禁止行為にさしたる意味は無い」
 である。世の母君諸君、並びに父君諸君はこのことをよくお含みいただき、例え貴殿のご令息ご令嬢その他が両親の意に背きチンポだのなんだの言い始めてもあまり気にせぬが宜しかろう。気にするのは他人の精子を分析し始めてからで充分だ。
 
 さてこそ精子探偵は金玉プレイに続く第二の衝撃であるが、私はこのくだりを「精子探偵事件」と呼んでいる。事件を解決するはずの探偵が自ら珍事件を起こすことの矛盾を呈そうとしてのことである。それこそ初見は気味が悪すぎて直視できなかったのだが、冷静に考えれば宇佐美の喘ぎ声と精子の顔(扉絵)が公開された貴重な瞬間であり、宇佐美推しの方々はさぞ喜ばれたのではないか。知らんけど。
 だがあのときの宇佐美の精子分析の精度の高さ、少し考えれば疑問がひとつ浮かんでくる。一体宇佐美はいつどこで、他人の精子の分析という高等技術を会得したのだ? 練習したとすれば、どういうタイミングで他人の精子とコンニチワするのだ?
 ──宇佐美時重の謎は尽きぬ──
 
 そして私はもういい加減宇佐美に囚われるのをやめたい。自分がどういうテンションで宇佐美の話をしているのかわからなくなるからである。
 そう思ってスマホを閉じた。しかし直後にツイッターが開きたくなったのでまた電源を入れた。そんな私にロック画面の宇佐美が告げる、
「午前七時三十分だよぉ〜」

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