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裏切りの季節

1978(昭和53)年3月、甲斐バンドのライブアルバム『サーカス&サーカス』がリリースされた。1974(昭和49)年11月、シングル「バス通り」でデビューした甲斐バンド、そのキャッチフレーズはどういう意味なのか「九州最後のスーパースター」だった。翌1975(昭和50)年6月、2枚目のシングル「裏切りの街角」がリリースされヒットとなる。子供だった自分の耳にも、その独特なフレーズは飛び込んできた、「雨にけむる」が甲斐よしひろの手に掛かると「雨にけむ」「うる」と分解され、絞り出す様なセクシーな歌声で。さて、本格的に彼等のアルバムを聴く事になったのは、冒頭のライブ版アルバムからだった。

1977(昭和52)年12月、中野サンプラザで行われたコンサート『'77ファイナル・サーカス&サーカス』の模様が収録されたアルバム。オープニングの「きんぽうげ」は、その意味は未だに不明だが、後年バンドでコピーした。収録曲の中でも特に好きだったのが「かりそめのスウィング」だった。エレキギターで奏でるリードのメロディーとスウィングなノリは、暫くのめり込む契機となった。ヒット曲「裏切りの街角」も収録された、その前半のA面にある「裏切りの季節」というナンバーも、「裏切の…」ということで、ずっと彼等のオリジナルだと思っていた。しかし、それはジャックスのオリジナルということを知るのは、後年のことであった。

1976(昭和51)年4月、「裏切りの街角」のヒットの翌年、甲斐よしひろは、文化放送「セイ!ヤング」のパーソナリティを務める。それから1年後、1977(昭和52)年4月、音楽プロデューサーとして新興音楽出版社(シンコーミュージックエンタテイメント)の佐藤剛が彼等のマネージメントを担当することになる。シンコーミュージックは、かつて「ミュージックライフ」を出版し初代編集長として、また漣健児としては洋楽ポップスの訳詞を手がけ「和製ポップス」時代を築いた、草野昌一が会長まで努めた老舗の音楽出版社。1979(昭和54)年2月、シングル「HERO(ヒーローになる時、それは今)」で甲斐バンドがブレイクした後、その楽曲集「バンドスコア」を購入するが、出版社が同社だったのを思い出す。

1978(昭和52)年1月、甲斐よしひろは、ソロアルバムのレコーディングのため、佐藤とテネシー州ナッシュビルへ渡米している。同年5月、ザ・キングトーンズの「グッド・ナイト・ベイビー」、7月、ザ・ジャガーズの「マドモアゼル・ブルース」のカヴァーをリリースする。同時期にリリースされたソロアルバム『翼あるもの』からのシングルカットだった。当時、NHKのラジオ番組「若いこだま」のパーソナリティだった甲斐よしひろが、同番組で流していた。「マドモアゼル・ブルース」のサビは、一回聴いただけで印象に残るメロディーだった。そのザ・ジャガーズのオリジナルを初めて聴いたのはごく最近になる。筒美京平のメロディー。また、このソロアルバムに収録されたカヴァーナンバーには、甲斐バンドの前座で歌っていた浜田省吾の「あばずれセブン・ティーン」も収録されている。レコーディングしないならもらうよといった逸話が残る。ジャックスの「裏切りの季節」を甲斐バンドでカヴァーした時期、甲斐自身もソロのカヴァーアルバムに専念していた時期でもあった。

1968(昭和43)年9月、ジャックスのファーストアルバム『ジャックスの世界 (Vacant World)』がリリースされた。ジャックスは、1963(昭和38)年にヴォーカル/サイドギターの早川義夫、ベースの谷野ひとし、ドラムの木田高介、そしてリードギターの水橋春夫で結成された。YAMAHAのライトミュージックコンテストでグループサウンズとして高く評価された。アルバムのリリース時期には、早くもギターの水橋が脱退している。後にプロデューサーとして、一斉を風靡する横浜銀蝿やWinkを担当している。ドラムに角田ひろが加入すると、木田はサックスやフルート、ヴィブラフォンを担当した。ジャックス解散後、木田は編曲家となり、上條恒彦の「出発の歌」、かぐや姫の「神田川」、りりィの「私は泣いています」、ダ・カーポの「結婚するって本当ですか」など数々のヒット曲を手掛ける。1980(昭和85)年、木田は交通事故で31歳の若さで亡くなる。水橋は、「当時のフォーク系のミュージシャンは木田さんを必要としました。木田さんと瀬尾一三さんなくしてその後のニューミュージックのサウンドは語れない」とその類まれな才能を述懐している。

ジャックスを解散後、早川義夫はソロアルバム「かっこいいことはなんてかっこ悪いんだろう」をリリースする。このアルバムに収録された「サルビアの花」は後に多くのミュージシャンにカヴァーされる。ある年代の誰もが一度は耳にしたことがあるナンバーだろう。そして、ディレクターとして、岡林信康、加川良らを担当し、1972(昭和47)年、早川書店を開き音楽活動を休止する。2003(平成15)年、デビュー前のジャックスを観て衝撃を受けた音楽プロデューサー、佐久間正英とCes Chiensを結成し音楽活動を再開している。「裏切りの季節」をキーに、50年前のアルバム『ジャックスの世界』は、令和の時代でもグループサウンズでもない、ニューミュージックでもない、当時の空気を語りかけている様だ。

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