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あの頃へGO!

1973年

1973年、この年のブロマイド売り上げ年間ランキングで、前年デビューしたひろみが9位から一気に1位になった。このバロメーターで人気の急上昇ぶりが窺える。岩谷/筒美コンビによる楽曲は、ひろみの特異な声質を活かしたサウンド、そして中性的な魅力を引き立てるリリックで制作されていった。3月、シングル「愛の出発」がリリースされた。“しゅっぱつ”を“スタート”と読ませる岩谷の感性は何を意図していたのだろうか。バンド色の強いファズ・ギターと青春歌謡っぽい鉄琴のリエゾンで始まるフュージョンのイントロ。平山みきと共通する特異な声質は、筒美にとって格好の素材だった。ブロマイドでルックスNo.1のアイドルが、ティーネージャー向けに男女の別れを歌う。サビはカラッと明るく卒業しようと諭(さと)している。展開はさらに複雑で、それが愛へ向かっているのだと言わんばかりに難解だ。B面に収録された「不思議な子」は、A面とは一転気が抜けるほど朗らかなナンバー。コーラスで始まるイントロのメロディーを聴けば、1982年リリースされるうなずきトリオの「うなずきマーチ」と誰もが頷(うなず)ける。大瀧詠一の笑った顔が目に浮かぶ。この2タイトルと前年末にリリースされたシングル「小さな体験」が収録されたアルバム「愛の出発」が5月にリリースされた。

アルバム「愛への出発(スタート)」収録曲
『題名(邦題)』作詞(訳詞)/作曲/編曲
1.『愛への出発』岩谷時子/筒美京平/筒美京平
2.『はじめての感情』岩谷時子/筒美京平/高田弘
3.『不安なとしごろ』岩谷時子/筒美京平/高田弘
4.『不思議な子』岩谷時子/筒美京平/筒美京平
5.『小さな体験』岩谷時子/筒美京平/筒美京平
6.『卒業』岩谷時子/筒美京平/筒美京平
7.『ハロー・アイ・ラブ・ユー』千家和也/馬飼野康二/馬飼野康二
8.『ピクニック』千家和也/馬飼野康二/馬飼野康二
9.『二人の五月』安井かずみ/葵まさひこ/葵まさひこ
10.『ママに黙って』安井かずみ/葵まさひこ/葵まさひこ
11.『紙ヒコーキ』寺山修司/宇野誠一郎
12.『君にお月さまをあげたい』寺山修司/宇野誠一郎

アルバムの構成は、A面が岩谷/筒美コンビ、うち2曲を「ブルー・ライト・ヨコハマ」の高田弘が編曲を分担している。楽曲はバリエーションに富んでいるが全体はロック色の強い印象を受ける。2曲目に収録された「はじめての感情」は、ベースギターで始まる。ドッドッドッドッとビートを刻むスラッピングはそのまま「2億4千万の瞳」が始まるかの様なイントロだ。そしてコーラス手前で入るベースのおかずは、1968年にリリースされたステッペンウルフのシングル「Born to Be Wild」を彷彿とさせる。そんなサウンドをホーンとストリングスが支えるようにしっかり組まれている。アルバムのジャケットに目をやると、キックボードを漕ぐひろみ、カートを運転するひろみ、野球、スキーに興じるひろみがカットアウトされている。それは1949年に公開されたジーン・ケリーとフランク・シナトラのミュージカル映画「私を野球に連れてって」の過去と、1987年に公開された映画「私をスキーに連れてって」の未来をつなぐ図柄にも見える。B面の楽曲も興味深い。3組の作詞家と作曲家のコンビが各2曲提供しその順番に収録されている。1曲目の「ハロー、アイ・ラブ・ユー」は、1968年にロサンゼルスのロック・バンド、ドアーズがリリースしたシングルと同名だ。エンディングに収録された「君にお月さまをあげたい」は、唯一ジャズっぽい異色のナンバーだ。メロディーも伴奏も変則でライブ演奏になると難易度が高そうな楽曲だ。作詞の寺山修司は、1967年に「天井桟敷」を立ち上げアングラ演劇ブームを巻き起こしていた。作曲の宇野誠一郎は、井上ひさしと組みを国民的に有名な人形劇「ひょっこりひょうたん島」の歌を作曲している。テレビアニメの楽曲も手掛け、1971年にテレビ放送が始まった「ふしぎなメルモ」の主題歌を作曲している。手塚治虫が性教育をテーマに描いたこのアニメだが、作詞を手掛けたのは岩谷だった。メルモとひろみが岩谷の頭の中でどう処理されていたのか興味深い。このアルバムで安井かずみの詞が初めて採用されている。

6月、シングル「裸のビーナス」がリリースされた。フィレンツェで活躍したサンドロ・ボッティチェリが描いた「ヴィーナスの誕生」には大きな貝に乗ったヴィーナスが描かれている。ルネッサンスの香り漂うタイトルには、新しい時代の男性アイドルが酔うビーナスに何を語らせようとしたのか。楽曲には現実の夏の砂浜を重ねるように壮大な世界が広がる。サウンドはモータウンをイメージさせるが、ひろみのささやく甘い歌唱が心にジーンと迫ってくる。

1973年、シングル4枚、アルバム1枚リリース。
3月 シングル「愛の出発(スタート)/不思議な子(作詞・岩谷時子/作曲・筒美京平/編曲・筒美京平)」
5月 アルバム「愛の出発(スタート)」
6月 シングル「裸のビーナス/僕たち(作詞・岩谷時子/作曲・筒美京平/編曲・筒美京平)」
9月 シングル「魅力のマーチ(作詞・岩谷時子/作曲・筒美京平/編曲・筒美京平)/逢いたい君(作詞・岩谷時子/作曲・筒美京平/編曲・)」
12月 シングル「モナリザの秘密/この愛はどうなる(作詞・岩谷時子/作曲・筒美京平/編曲・筒美京平)」

9月、シングル「魅力のマーチ」がリリースされた。この楽曲は月刊誌「明星」の企画が原案となった。1952年、平凡出版の月刊誌「平凡」に対抗として創刊された同誌は、1975年、175万部の売上げを記録し人気雑誌としてピークを迎える。12月、シングル「モナリザの秘密」がリリースされた。パイプオルガンの前奏はパリのルーヴル美術館を想起させる。ほのイントロからダンサブルになるビートを一貫してベースラインがリードするノリのいいナンバー。この楽曲でオリコンで初の2位を記録した。同じモナリザで1967年にリリースされたザ・タイガースのシングル「モナリザの微笑」は、オリコンチャートが始まる以前で、集英社の音楽雑誌『ヤング・ミュージック』11月号でランキング1位を獲得している。奇しくも筒美京平を作曲家へと誘(いざな)ったすぎやまこういちと学校の先輩・橋本淳コンビの作品だ。なおこの年オリコン1位を獲得したのは、浅田美代子のデビューシングル「赤い風船」と麻丘めぐみのシングル「わたしの彼は左きき」の2曲になる。

最後に、シングル「モナリザの秘密」のB面「この愛はどうなる」について記(しる)して終わりにしたい。この楽曲を初めて聴くならば、ヒットの兆しを感じることだろう。その秘密の答えは翌年9月にリリースされるシングルだった。


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