光沢があり、そして臆病で、逃げ足が速く、ときおり飛びもする、卑しい生き物、いや、私たちから忌み嫌われる哀れな生き物、について

榎本 今日は家庭でよくおみかけする、チャバネゴキブリ、ワモンゴキブリ、クロゴキブリのみなさんにお越しいただきました。いやあ、見ていられないですね、気持ちが悪くて。今回はどうして気持ち悪いと思ってしまうのか、検証してみたいと思います。まず、私が思うのは、その光沢なんですよね、なんなんですか。

クロゴキブリ ただいまご紹介にあずかりました、クロゴキブリです。この光沢は、主に脂質なのですが、簡単にいえば身を守っているわけですよ。関東では「アブラムシ」なんて呼ばれたりしますけど、本物のアブラムシとはまったく別の昆虫ですからね。

チャバネゴキブリ 体表面に脂を塗っておくことでいろいろな雑菌から身を守ることもできますし、実は、泳ぐのも得意なんですよ。脂は水を弾きますからね。

クロゴキブリ 泳げるといっても、熱湯には弱いんですけどね、チャバネの場合なんか、四五度以上の環境では生きられませんから。

チャバネゴキブリ そんな、僕の弱点を……。

クロゴキブリ どちらにせよ、光沢があるのがそんなに気持ち悪いというのなら、ならなんでカブトムシやクワガタムシは嫌われないのか、という疑問も抱きますよね。

榎本 私は昆虫全般苦手なので、カブトムシもクワガタムシも気持ち悪くて。でも小学生はみんな好きですよね、意味がわからない。クワガタムシなんか、ときどき何万もの値がついて売られていますでしょう。そんなお金があるなら美味しいもの食べたいな。

ワモンゴキブリ 俺なんか、人間でいうと首筋、肩にあたりますかね、黄色い模様がありまして、それなりにおしゃれだとも思わないでもないんですよ。

チャバネゴキブリ そんなこと言ったら僕だって、頭の後ろに二本黒い線が入っていてかっこいいじゃないですか。

クロゴキブリ 僕らはアフリカ原産らしいんですけどね、海外にはもっとたくさんの種類がいて、日本にも五十種類くらい仲間がいるらしいんですけど(世界には約四〇〇〇種)、ペットとして珍重されているやつらもいるんですよ。そうかと思えば、人間の食材にもなっている。

榎本 意味がわからない。ゴキブリをペットに?

クロゴキブリ そうです、ヨロイモグラゴキブリなんていうずんぐりむっくりして、翅もない豚みたいなデブがですね、海外ではポピュラーらしいですよ。日本にも愛好家はいるらしいし。

チャバネゴキブリ それにアマゾンには黄緑色をした神秘的なゴキブリもいますし、金色のやつもいます。日本にも(これはウィキペディア情報で、実物に会ったことはないのですが)ルリゴキブリという、いわく日本一きれいなゴキブリもいるそうです。

榎本 とはいえゴキブリの形をしているわけでしょう? あの左右別々に動く長い触角。それもあなた方の気持ち悪さの要因のひとつですよね。

クロゴキブリ 猫の髭と同じで、僕らはあまり眼がよくないので触角を頻りに動かして周囲を探っているわけです。

榎本 それから驚異的な脚の速さ。動かないと思って殺虫剤を噴射しようとしますでしょう、するとさっと、走って逃げていく。

クロゴキブリ スプレー缶を向けられた時点でなんとなく、わかるんですよ、敵がいるな、と。でもどうでてくるかわからないから様子をうかがって、噴射されたときに移動した空気圧で異変を察知するわけです。

チャバネゴキブリ 僕は特にそうなんですが、飛ぶのが苦手で。だから敵から逃げるとしたら走るしかない。

榎本 飛ぶの苦手なんですか? 夏になると活発に飛んでいません? 音もなく黒い物体が視界の端を横切ると、もう体中の毛が逆立って寒気がして、失神しそうになります。何年か前の話ですが、お風呂からあがって扉を開けた瞬間飛んできたんです、素っ裸でしたから慌ててバスタオルでそれを避けて。もしバスタオルがなかったら私の素肌に停まっていた、もしかしたら私の身体を這ったかもしれないと思うとどうにもぞっとする。狙いを定めて私に向かって飛んできたくせに、苦手だとおっしゃる。

チャバネゴキブリ 僕は飛ぶというよりジャンプする、という感じですね。翅はちゃんと四枚ありますが、飛翔はできません。

榎本 たしかにあなたではありませんでした。けれども子供の頃、昼寝をしていたときです。起きたら口のなかになにかがあって、とりだしてみたら潰れたあなたがいた。

チャバネゴキブリ そんなことは知りませんよ、結局死んでいたんでしょう、あなたの口のなかで。

クロゴキブリ 今もあるのかは知りませんが、僕らを包んだ飴がありましたよね、食べられる僕らからしてみたらとんでもないことですが。それで、僕らの飛翔能力ですが、たしかにとても低いです。ただ、湿度が七〇パーセント以上、温度が摂氏三二度以上になると元気がでてきますね、体中にエネルギーが漲って、飛べる。しかしそんなにうまくは飛べません。あまりうまくコントロールもできない。あなたをめがけて飛んだかどうか、僕にはわかりませんが、まっすぐ飛ぶのは苦手です。それからたとえば、五階以上の階層には僕らは住めません。荷物に混じって侵入した場合は別ですが、身体が重いので、五階にあたる高さまで飛んでいけない。

榎本 いいことを聞きました。五階以上のところへ住めばいいのか。

チャバネゴキブリ とはいいつつ、下水管を伝って侵入できるので、僕らから完全に逃れることはできません。

クロゴキブリ それに僕らはどのような環境にでも対応できます。極度に寒いのと暑いのは苦手ですが、飲まず喰わずでも一箇月は過ごせますし、体内に蛋白質分解酵素を持っているので、どんなものでも栄養に変えられます。あなた方のフケや髪の毛、本や糊なんか、いいですね、どこにでもありますから。

榎本 ときどき本棚にずっとしまってあった本にゴキブリの卵鞘がついていることがありますよね。

クロゴキブリ ええ。僕らはもともと熱帯雨林の生まれなので、木材や紙束の側がもっとも安心できるんです。本についている黒い小さな染みは僕らの糞なので気をつけてください。

榎本 共喰いするとも聞きました。

チャバネゴキブリ たしかにします。弱っているやつや死んだやつの命をいただいて飢えを凌ぐこともします。『ヒカリゴケ』や『アンデスの正餐事件』のようでしょう。

榎本 そんな、美化しないでくださいよ。さっきからワモンゴキブリさんは静かですね。

ワモンゴキブリ こんな鼎談やってられるかよ。結局俺らの弱点を知って出会したときにうまく対処できるように心がけよう、とかそういう企画なんだろ。

クロゴキブリ まあまあ、おさえておさえて。僕らを家で一匹見つけたとしますよね、するとその家にはあと四〇匹はいます。人家で天敵といえそうなのは人間のほかに猫やネズミ、クモなどですが、それ以上に仲間も怖い。けれども住環境は特別によいので、孵化してから成虫になれる確率も高いんです。だからあなた方の見ていないところ、見えていないところに僕らはいくらでもいます。なにもあなた方に仲間の一匹を殺されたからといって恐れることはなにもないんです。

榎本 ああ、気持ちが悪い。どうしてこんなに気持ちが悪いのか。

クロゴキブリ はっきり言いましょう、そんなのはそちらの勝手ですよ。意味もなく忌み嫌われて、気持ち悪いとかなんだとか、そんなの刷りこみじゃないですか。僕らがあまり住んでいない土地の人間には珍しがられますよ。怖がられもしないし。それにさっきゴキブリ飴の話をしましたが、僕らを食材としている地域だってあるわけです。僕らを油で揚げたり炒めたりするのが主流だそうですが、生のまま食べる人間んだっているでしょう。昆虫食は珍しいことでは決してないことは、あなた方が一番ご存知でしょう?

榎本 イナゴの佃煮は食べたことあります。でもハチの子はさすがに……。そういえば、中学生の頃、友達からのプレゼントで、スズメバチがそのまま漬けられ、壜詰めにされた蜂蜜をもらったことがあります。気持ち悪いとは思いながらも、ときどき嘗めたりしました。ちょっと普通の蜂蜜とは違った味がした気がする。

クロゴキブリ いずれにせよ、僕らの先祖は三億年前からこの地球上で生活してきたわけだし、種が絶えなかったのは、それだけ適応能力が高かった、ということです。食物連鎖の頂点にはありません。ですが、たしかに僕らは生きている。さきほどあなたは昆虫全般が苦手だとおっしゃいました。しかしですよ、昆虫が生活できない環境で、人間が生活できるはずがないんです。これだけ世界中に僕らゴキブリなどの害虫などと目の敵にされる昆虫が繁栄しているのは、それだけあなた方人間があなた方や僕らにとって住みやすい環境を作りだしている、ということです。

榎本 はあ。それはわかりますが……。本当ならあなた方を素早く退治する方法、あなた方を排除する方法まで伺おうと思っていたのですが、そうおっしゃられますと、返答に困りますね。だからといって愛することはできない。

クロゴキブリ それは僕らも同じです。あなた方は脅威ですから。

榎本 そうですよね、人間も、自然が生んだわけで、いわばみなさんとは兄弟みたいなもの、だとは、とても思えませんが、おっしゃることはよくわかります。さて、時間も迫ってきましたので、ここでお開きです。今まで貴重なお話、ありがとうございます。

ゴキブリ一同 こちらこそ、有意義な時間でした。ありがとうございます。

榎本 二回目の開催は、なさそうですが。



(2012/5/15 自宅にて)

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