日記④

「あ」
 朝食を食べながら朝のニュースを見ていた俺は、とあるニュースの内容に、持っていた箸を取り落とした。
『再びの変死体!犯人は人間か?猛獣か?猟奇殺人事件の謎に迫る』
 山道で胸に大きな穴の空いた死体が発見されたというニュースだ。それが人の犯行か、はたまた獣の仕業かとニュースでは芸能人あがりのコメンテーターや専門家(笑)が熱い議論を交わしている。
 俺は落とした箸を拾ってから、ちゃんちゃらおかしいわと鼻を鳴らす。
 なにが猟奇殺人犯?なにが新種の猛獣や寄生虫?そんなもんで人体に人が頭入れられるくらいの穴が空くとか本気で思ってるんだとしたら、コメンテーターも専門家も辞めちまえ。
 俺は押し入れの方を向く。少しだけ開いた押し入れには何も無い。別にそれは今に始まった話でも何でもなく、前から”何も無い”。だが、前は”何も無い”があったんだ。今は本当に何も無いんだけど。
「あーあ。俺が飼ってた虚無が逃げて、それが人を殺して回ってるなんてバレたら困るなぁ」
 独り言のついでにあくびをひとつ。
 そう、俺は虚無を飼ってた。虚無は真っ黒で、何も無くて、とても愛らしかった。俺はずーっと甲斐甲斐しく世話をしたのに、あいつときたらある日突然いなくなった。俺が窓の鍵を閉め忘れたせいだ。虚無は窓の鍵を閉め忘れると逃げるんだ。
「でもまぁ、そのうち戻って来るかな」
 逃げ出した虚無はしばらくすれば帰って来る。飼い猫と同じだ。まぁ、スパンは猫より長いが。

ピンポーン。

 朝食に使った食器を洗っていると、インターホンが鳴った。
「はーい」
 俺が返事をすると、玄関からは「警察です」の声。
 警察?嘘だろ。まさか本当に俺の飼ってた虚無がやったことってバレたのか?
「はいはい」
 俺は動揺を出来る限り隠して何食わぬ顔をしてドアを開けた。
「どうも。荻野林太郎さんですね?」
「ええ、ええ。えーっと……あの、何の御用でしょう?」
 俺が平凡な一般市民めいて首を傾げると、警官は1枚の紙を取り出した。
「捜査令状が出ています。危険生物飼育及び脱走の罪です」
「へっ」
 こういう時、人間は意外にも冷静だ。頭が冷えて、俺は俺自身の上ずった声を認識し、羞恥心を覚えた。おいおい、変な声を出すなよ俺。
「署まで同行願います」
 警官は俺の手に手錠をかける。
 平凡な一般市民の俺に、国家権力に抵抗する術は無い。大人しく捕まらざるを得ないだろう。
 いや、しかし?そうだそうだ、俺が飼っているのは虚無だったな。
 目の前の警官の胸に穴が空く。穴の向こう側から、虚無が顔を出す。鏡の様なその体表には、愛する虚無が帰ってきた俺の満足そうな笑顔が映り込んでいた。

お題『飼っていた虚無が逃げ出した』
特定制限『開始直後に死体』

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胡乱日記のお題を募集中!単語でも1フレーズの文章でもなんでもいいので、何かしらの手段で送ってもらえれば何かを出力します。なんか創作料理の店みたいな一文だぜ。よろしくお願いします。





















あんたの街にも虚無が出る。アハハ。

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