日本語教師になる!133日目

やったー!「鹿男あをによし」を読み終えた!めちゃくちゃ面白かった。今まで読んだ中で1番好きな本かもしれない。読みやすいのに、その中には奈良の歴史や文化、剣道のことなどたくさん書かれていて最初から最後までずっと飽きなかった。すごい人気があるのは良くわかったし、この人の文章好きだなと思った。他の本も読んでみようと思う。そして、「複合汚染」は三分の一くらい読めたが、お盆中貸出期限が過ぎてしまったのでいったん返した。そして、「パナマ運河の殺人」と言うのを借りてみた。「平岩弓枝」と言う人は聞いた事がなかったけれど、スペイン語を習っているので一度は行ってみたいと思っていた「パナマ運河」。「パナマ」についての本は少ないので興味本位で借りてみて読み始めたらめちゃくちゃ面白い。私は現実主義なのか?女性の作家は漠然としてたりするのが多く人気ある作家でも読むとすぐに違う事を考えてしまったり中々その本の中に入れない。すぐに飽きてしまってたけど、この人は少し「松本清張」に似てる感じで色んな所で色んな人が生きているのを描くけれどそれが全て繋がっていて、しかもそれなのにとても読みやすい。文章が洗練されている感じがした。

私は昔から周りに「よく見てるよね〜すごい分析力」と言われることが多かった。それは、噂話や他人や物事について話している時によく言われた。確かに、そう言われると無意識に自分に関わる人はその人について色々思う事があった。と言うより、私は頭の回転が遅いので、例えば、人と話している時、特に大勢で会話する時は、いつも頭の回転の早い子に先を越される。同じことを思って言おう、言おうと自分の中で考えをまとめて処理するのに時間がかかったり、その話題について理解するのに時間がかかったりで、頭の中で意見がまとまった時には既にその話は終わってたりする。それか、他の人に同じようなことを先に言われている。結局自分で考えをまとめても発表する場がなくなっていた。しかし、自分で分析しまとめた意見や考えは意外とそのあと発表しないと忘れない。いつまでも記憶の片隅に残っている。なので、同じような話題がその後誰かと一対一で話す時や少人数で話すときに、話題になるともうすでに自分の中で意見をまとまっているのでしかも人数が少ないと話すタイミングも私に回ってきやすいのですぐに発表できる。すると、「いつもよく見てるねー」とか「すごい分析力」と言われる。しかし、これは多分発表する場面を失った物だと思う。その時にパッと思いついて言えないのでそうだと最近気づいた。しかし、自分に関してはそれが出来てない事に気づいた。というか、自分への分析の仕方が分からなかった。人の事は噂話や他の人との話題で良く話すが、自分のことはわざわざ人と話さないのでそう言う機会がなかったし、もし人と自分のことを話すとしたら、「喧嘩しちゃったけどどう思う?」とか聞く場合で、そう言う時は私はついつい自分目線で話すので自分の良い面だけを言ってしまうし相談相手も自分のことを否定しない人を無意識に選んでしまっていた。結局、客観的に自分を見れずいつも自分のことは良い面から見ていた。仮に反対意見が出ても、それは違うと否定して無意識に却下し酷い時は聞かなかった事にしていた。人のことは色々やいやい言えるが自分の事は結局よく分からなかった。そして、人の変化などはすぐに気づく。例えば、部屋の模様替えしたり、髪型を変えたりすると何か私生活に変化があったのかなとか考える。そんな事ばかりしていたから自分には余計目がいかず、気づくと私はいつも同じ髪型、同じ服を着ていた。一人暮らしの頃、学生の頃の友人が何年かぶりに遊びに来ると、「部屋が全く変わらないねー」とすごく驚かれた記憶がある。人を分析し評価するのは良いがそれをしていても自分にとっても分析されたその人にとってもなんの意味もない。なんなら、その人にとっては私が分析結果を言うと「本当は私はそうじゃないのに、、」と思われて迷惑なだけだったかもしれない。私も他人から「あなたはこういう人だね」と断言されると、そのほとんどは自分が思う物とは違い素直に認められなかったりする。私に分析された人もそう思ってたと思う。そして、人のことを貶したり褒めたりしてばかりいると段々自分が嫌になるし自信がなくなっていく。最近は自分の事をこれに書いて客観的に分析する様になり、本来の自分が段々わかってきた。共感者と話すと自分はこのままでいいのだと勝手に思い込んで意味のない自信が出るので結局何か自分を変えられる出来事があっても何にも変わらなかった。と言うか、変える必要がなかった。と言うか、変え方がわからなかった。しかし、こうやって客観的に色んな角度で自分を見ると、例えばセルフカットで頭の形はこうだからこのヘアスタイルの方が合うかなとか、家にいる時間が増えたので花を飾ろうかなとか、この机と椅子の配置の方が本が読みやすいかなとな、少しずつ自分と自分の周りの環境が変わってきたのを感じる。変えられない他人より変えられる自分を見つめて分析して変えていく方が面白いと言うことに気づいた。
自分の事を分析した後、それに従い行動してみてその結果どう変わったかを見ることでそれがうまくいってもいかなくても、変化を見るのも面白いし変わっていく自分が今は楽しい。自分に集中すると他人を分析する時間がないので自然と今までやっていた他人の噂話や褒めることが減り、周りにとっても自分にとっても良い循環ができるようになった。「智の青春」を読んでいて、智は外の世界へは出れないが、自分の世界に集中しだしたことで、それまで外へぶつけていた癇癪とかストレスがなくなってきたと書いてあり、その通りだと思った。外の世界も広く広がっているが自分の内側の世界はもっと深く広がっていて、外の世界は終わりがあるが内側の世界は見た目はこんな小さな生き物だけど無限に広がっている。そして、毎日毎日こうやって色んな事に気づくので果てしない。自分の内側を分析していく時をこれからもっと大切にし増やしていこうと思う。その方が人生がもっと面白く豊かになっていく気がする。

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