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いつも背中にシャウエッセン【ポレポレな日常/第16回】

「背中にシャウエッセン挟んで!落とさない!」

先日、ダンススタジオの発表会があった。そのレッスン中に先生から言われた言葉がずっと頭に残っている。

私は猫背だ。ライターをはじめてからはパソコンに向かっている時間が長いこともあり、ますます背中が丸くなってしまっていた。いつものレッスンでも「肩甲骨を寄せて」と繰り返し指導されているのに、ちょっと気を抜くと忘れてしまう。そこで出たのが冒頭の言葉だ。

意識としてはわかる。肩甲骨の間に挟んだシャウエッセンを落とさないように姿勢を保って踊れということだ。なのだが、頭の中がもうシャウエッセンでいっぱいになってしまった。シャウエッセン、細いし短か過ぎないか?肩甲骨で挟むならもう少し太くて長さのあるもの、例えばバナナとかくらいはほしくないか?レッスン中なのに気が散ってしかたがない(おい、こら)。

どうしても気になって、帰りにシャウエッセンを買って帰った。あとから食べられるようにサランラップで包む。実際にやってみればより感覚が掴めるはずだ。頭の中でイメージするだけだと忘れてしまうことも、一度経験すると身体に染み込んで自然にできるようになるものだ。

いざ、シャウエッセンを肩甲骨で挟もうとした時、別の問題に気づいた。肩が硬くて、つかんだシャウエッセンが肩甲骨の間にとどかないのだ。ふむ。踊る人としてはこれも致命的ではあるが、今は肩甲骨にシャウエッセンだ。どうやって挟もう。

シャウエッセンを机の上に置き、それを肩甲骨で挟むという作戦に出た。ここで新たな問題が見つかった。机の上のシャウエッセンを掴むには、かなりのけぞらなければならない。イナバウアーだ。しかもその体制で、正しいシャウエッセンの位置を把握するのが意外と難しい。シャウエッセンの気配すら背中に感じられない。

諦めればいい。これは比喩だ。本当にシャウエッセンを挟んで踊れとは先生も思っていないはずだ。それなのに、あぁ、それなのに。私の好奇心が邪魔をする。正しい姿勢とかもうどうでもいい。肩甲骨でシャウエッセンを挟んでみたい。挟んだまま踊る感覚を味わってみたい。いや、正直に言う。踊らなくてもいい。挟んだまま仕事したり掃除や料理をしたりして、そんな自分のことをゲラゲラ笑ってみたい。

どうにかして肩甲骨でシャウエッセンを挟む方法を考え、壁に貼ったシャウエッセンを挟むことにした。これならイナバウアーも必要ないし、位置の目安もつきやすい。やっと夢が叶う。ありがとう、貼って剥がせるテープ。ありがとう、サランラップ。ありがとうシャウエッセン。

大抵のことは想定通りにはいかないものだ。背中にシャウエッセンが触れる感覚はあるのに、いっこうに掴めない。微妙に位置がずれているのかな?ずらしてみるが掴めない。もしかするとシャウエッセンではなく、肩甲骨の位置の問題かもしれない。自分で思っているより肩甲骨が上の方にあるとか。

鏡で肩甲骨の位置を確かめてみることにした。そもそも、最初にこれをやればよかったのだ。正しい情報がないまま闇雲に努力しても結果は出ない。むしろ無駄な時間を過ごすだけである。でも今なら間に合う。気づいた自分、グッジョブだ。

はたして、鏡にうつる自分の背中に肩甲骨はなかった。いや、肩甲骨はある。しかしその上にふんわりとかぶさる柔らかな脂肪によって、その姿はベールに包まれていた。背筋をグッと伸ばして肩甲骨をこれでもかと寄せた。やっぱりない。脂肪という名のやわらかな地表が波打つだけだ。肩甲骨が主張できるようなポーズをいくつか試してみたが、私の背中に肩甲骨は現れない。

現役で毎日踊っていた頃、確かに肩甲骨はそこにあった。けれども今はその頃よりも体重は5kgほど増え、服も2〜3サイズアップしている。そんな自分の身体が情けなくて再び踊ることにしたのだ。けれども週に1〜2回のレッスンでは身体は戻らず、恥ずかしがり屋の肩甲骨は隠れたままだ。

先生、シャウエッセンが挟めません。シャウエッセンどころか、バナナもおそらく空のペットボトルでさえも挟めません。肩甲骨よ、もう一度また君に会いたい。実際に肩甲骨でシャウエッセンを挟めるのかどうかは別として、挑戦ぐらいしてみたい。

不思議なものでシャウエッセンが挟めないとわかった途端、常に背中にシャウエッセンを意識するようになった。日常生活ではまだまだだが、レッスン中に気を抜いて忘れることがなくなった。一度でも本気でコミットすると、ちょっとやそっとじゃ忘れなくなるんだな。ということは、これまで真面目に意識していたつもりでも、ちっとも本気じゃなかったのかもしれないな。

今年の新たな目標に、肩甲骨でシャウエッセンを挟むが加わった。成功したら発表するので、その時は褒めてください!


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