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番外編「サチコ、テーラーに行く」

こんにちは。

サウナのサチコです。皆さん、4連休をいかがお過ごしですか?

今日の話はサウナとは全く関係ありません。粘土も出てきません。日常の小さな出来事ですので、お時間のある方だけどうぞ最後までおつきあいください。

タイトルにもある通り、今日はテーラーに行ってまいりました。別にオーダースーツを作るわけではなく、スーツの「お直し」のため。家の近くの商業施設の中にも、洋服を直してくれるチェーン店があるのですが、今回はどうしてもちゃんとした「テーラー」で直して欲しかったのです。

というのも、

昨年大奮発して、自分の身の丈に合わないお高めのスーツを買ったんです、私。もちろん既製服ですが。「セオリー」という、女性なら大体の人が知っていると思われるお店のスーツです。スーツはこれ一着しか持っていません。高価で大切なものだからこそ、これだけは腕のいい職人に直して欲しい!という、私の小さな見栄があったのです。

さて。

テーラーというとイギリスの格式高いお店を想像しますが、私の地元にある昔ながらのテーラーは、夜になると「テーラー」と書かれた看板の文字が、ギラギラ回るような店です。でも大事なのは店構えではなくて、職人ですから。何十年と潰れずにやっている店ですから、ご主人はきっと腕がいいに決まってる! そう信じて出かけました。

「こんにちは」

初めて入る店に、ちょっと緊張しながら声をかけました。

でも振り向いたのは英国の紳士でも、仕立てのいいシャツを着た品のいい中年男性でもありませんでした。わかってます。ここは田舎。それくらいは想像してました。ただ想像以上にすごかった・・・。

色あせたTシャツの裾をゆるゆるのチノパンから半分出した、笑顔のおじさんが立っていたから。マスクもしていません。もしかしてこの人は事務の人? 職人は奥にいるのかな。

「スーツのパンツのウエストを、直していただきたいのですが」

「はいはい」

と、そのおじさんが私の手からスーツを受け取り、テーブルに広げ始めました。・・・やっぱりこの人が職人でした。

テーブルには布の切れ端もありましたが、それ以上によくわからない紙の切れ端が散乱しています。壁には何の飾りもない、むき出しの大きな鏡が一つ。スーツの布地が反物のようにズラ〜っと並んでいる棚もなく、色とりどりの糸もない。足元には薄汚れたカーペットがべろんと敷いてある。普通の店なら適当に商品を見るふりをしてとっとと帰るところですが、ここはテーラー。入ったのにそのまま出てくることはできません。しかも、もう私のパンツを人質に取られてるし。

パンツのウエスト部分を眺めていたおじさんが、私の顔を見て言います。

「ウエストを詰めるってことは・・・・・・痩せたの?」

「え・・・はい(それ大事?)」

「どのくらい詰める?」

「え・・・(自己申告?) あの、ここで履いてみていいですか?」

「ああ、そうね」

試着室らしきところにも物が散乱していて、それを片っ端から拾い上げて着替えのスペースを作るおじさん。しばらく使っていない感が否めません。これならチェーン店の方が良かったかなと半ば後悔しながら、スーツに着替えました。

出てきた私のスーツのウエスト部分を、横からつまむおじさん。

「これくらい?」

「え?」

「もう少しゆるい方がいい?」

ウエスト部分の生地を、つまんだり緩めたりするだけのおじさん。

「えっとそのくらいで」

「このくらいね」

おじさんは片方の手でスーツの生地をつまんだまま、もう片方の手でテーブルの奥にある巻尺を取ろうとするので、私まで巻尺の方に歩かなければなりません。

「あれ、数字が見えない」

今度は別のテーブルに置いてある老眼鏡に手を伸ばすおじさん。そっちの方に私もついていくことに。ほとんどコントです。

「よし・・・。あ、ちょっとヒップも計らせてね」

ウエストを詰めるのに何でお尻のサイズを測るの? 巻尺を私のお尻の上の方と下の方に2回巻きつけます。それから口の中でモゴモゴ数字をつぶやきながらペンと裏紙を取り出し、机の上で何やら数字を書き始めました。そうか、部屋に散乱していた紙はこのためかと思いました。

「もういいよ、わかったから」

投げ捨てるように言われ、すごすごと試着室に戻りスーツを脱ぐ私。もう不安しかありません。出てきてスーツのパンツを手渡すと、おじさんは再びそれをテーブルに広げてお尻のあたりを測っています。

「ヒップはこのままでいいみたいだね」

ハッとしました。そうか。ウエストを詰めるとヒップにも影響するんだ。だから私のヒップのサイズを測ってたのか。でもそれならウエストもちゃんと測って欲しかった。何でウエストは余った生地をつまんだだけで、ヒップはちゃんと測るのか。・・・やっぱり謎です。

それでも結局おじさんにお任せすることにしたのは、お直し代2000円という安さだけではありません。私が試着室にいるとき、近所の人がおしゃべりをしにやってきたんです。でもすぐに私(客)が奥にいることに気づいたらしく「忙しい時に来てごめんね」と言ってその人は帰ろうとしました。その時、おじさんが言ったんです。

「また来て。用事がなくてもいいからさ」

英国紳士でもないし、品のいい中年男性でもないけど、多分適当な仕事はしない人だと思いました。多分だけど。

最後におじさんが私に言いました。

「このパンツ、柔らかくて履きやすそうだね」

おじさんにはこれが、私の憧れのセオリーのパンツだなんてこと、絶対分かってないんだろうけど。

店からの帰り道。1週間後の仕上がりが、ちょっと楽しみになっている自分に気がつきました。

それではまた。


サウナのサチコより。




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