見出し画像

幸と花と言の葉 名残月と向日葵

九月の初め、
幸が空に還った。

まだ暑い日だった。

幸を失った私は
蝉の抜け殻のように
深夜、部屋に座っていた。

夜が明け、
ほんの少し、涼しげな風が
柔らかな羽のような雲を
空に描いた。
美しい、澄んだ、優しい空だった。

二週間が過ぎたある日、
私はひまわり畑を訪れた。

一面のひまわりは
夏とも秋とも言えない、
空気の暑い空の下で
風に揺れ、
ささやかに音を立てていた。

鮮やかな黄色、
鮮やかな橙色は
太陽と夏の勢いを含みながらも
大輪の花は
優しく、気品があった。

空にある
ひまわり畑で幸は走っているのかもしれない。

お友達が幸を呼ぶ。
幸は嬉しそうに走り寄る。
空では
みんな、仲良し。
優しくて、世話好き。

母として、
引っ込み思案の幸が心配で
たまらなかったが
きっと、空ではお友達に囲まれて
いるだろう。

そして
体が軽くなり、地上の悲しみも
解き放たれて。


私は
ひまわり畑を眺めながら
涙を流した。

おかあさん、泣かないで。
明るいわたしを見て!

そんなふうに幸が
ひまわり畑へ導いたのだろうに、
私は泣いていた。


名残月とは九月の呼び名。

長月、長雨月はよく知られている。


暑く盛んな
夏の名残の名残月、
去った名月を惜しむ名残か、
または感情、想いの名残。

夏の名残、
愛の名残、
ひとりきり、慟哭の中で。

すべての、名残、
幸への名残月。

おかあさん、
ひまわりは明るいお花だよ。

幸なら言うだろう。

また,夏が来る。
そして
一年が経つ。


九月、
それは悲しみの名残、
いつしか
胸の痛みはあたたかな温もりとなる。

幸を抱きしめた、
温もりの名残の、名残月。


幸について
2019年にドックトレーナー運営の
保護団体に保健所から引き出され
2020年3月に私の娘になった
元繁殖犬の柴犬。
穏やかに暮らしていたが
末期癌とわかり、2023年9月に生涯を
終える。

幸は
美しい3年半を私に経験させてくれた。
かわいらしい顔、優しい性格、包み込むような
母性を持った純粋な魂だった。

この記事が参加している募集

#創作大賞2024

書いてみる

締切:

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?