見出し画像

バイクツーリング 〜静岡 富士山〜 その14


車の後ろをゆっくり走る。

行きは全く車がいなかったことが
不思議なくらい。


突然、現実世界に戻ってきたような
不思議な気持ちになる。


やまぼうし。喫茶店の看板。
奇石博物館の大きな文字。

いつも、必ず
奇石博物館の文字を合図に
右に曲がっていたことを思い出す。

そこには、温泉があった。


天母の湯



天然温泉ではないけれど
数ある温泉の中で
わたしは、ここが一番好き。

関東圏、はたまた遠方でも
出かけた先で必ず温泉に入るわたしは
かなりの数の温泉に入ってると思うけど
ここには敵わない。

そう思う。


なぜか?


露天風呂が絶景なのだ。

富士山の裾野に
ここしか施設がないのか

真っ暗闇の裾野の先に
富士宮の夜景が見える。


他では見たことのない風景。


周りに建物がないので暗く
人工物のない黒い裾野のはるか先に
人の気配がする街が見える。

そんな不思議な景色。


光がないので
夜は、満点の星空のもと
露天風呂に浸かる。


見上げると、星空。
前方には夜景。


広大な景色の中
一人、風呂に浸かっていると

サーキットの疲れは
全て、溶けてなくなっていた。


あんなにリラックスできた場所は
わたしにとって、他にはない。



今日の走りを振り返る。


あの一周が
今日のベストだった。


あの時、あのコーナーで
ああ走ったから
次の直線がこうなったんだろう。


そう思えない日もある。

どうして
あのラップがベストだったんだろう。


いつもと何が違ったのかな?


狙って出るタイムと
狙ってないのに出るタイムがあった。

(あっ。ピアノの音色と同じだ。笑)


狙ってないのに出る時が
わたしにとっての伸びしろだ。

いつもと何が違ったのか考える。
心の中で反すうする。


いつもより
コーナーの立ち上がりで
スピードが乗っていた気がする。

一つ前のコーナーで
いつもと少し違う
進入角度で入ったから?

あのラインの方が
立ち上がりでスピードが出るんだろうか。


0.1秒を詰める作業はこんな感じ。

一つ一つのコーナーの
ほんのわずかなロスを減らしていく。

一周で10箇所程度のコーナーの
一つ一つを0.01秒ずつ詰めて

ようやくベストタイムが
0.1秒上がるわけだから。


悠々と抜いていく
夫や友人の背中を追う。

一周のタイム差は0.6秒。
一周は、39秒前後。


じりじりと離される。

1コーナーずつ
立ち上がりで、ほんの少しずつ。


いつも悔しかった。

自分が不甲斐なくて。
みんなについていけないのが
残念でたまらなくて。


と同時に、燃えていた。

全力をぶつけても
なし得ないレベルに。

どれだけ打ち込んでも
その先があり、その上がいるということに。


その領域に達したいと願う自分と
どうあがいても達することができない自分。

初めて思い通りにならないこと
初めて味わう挫折感


世の中には
どれだけがんばったって
叶わない人、叶わない領域がある。

それを知ることができたのは
人として謙虚になれた
貴重な経験だったと思う。



天母の湯は
内風呂も良い。

(わたしにとって)
湯温がベストだったから。

お湯の深さもいい。

少し深さがあって
お湯に包まれるような
水圧を感じるのが好き。

ブクブクした泡の中に入ると
疲れがあぶり出されて

周りの泡とともに
パチンと消えてなくなるようだった。


サウナに入ることもあった。

低温サウナだから
わたしでものんびり入れた。


さっき言わなかったけど

女風呂だけ
露天風呂で振り返ると
富士山が見えた。

ここは
男湯と女湯は入れ替わらないから

男性は永遠に
この露天からの富士山は見られない。


それも、わたしをワクワクさせた。



夕焼けに染まる空と富士山
裾野に広がる夜景と満点の星空


それを何も身にまとわず
温かいお湯に浸かりながら見る。

自然と同化していることを感じる。


あのひと時が
今日の疲れを癒やし

「また次もがんばろう。」と
勇気をもらえたあの場所があったから

サーキットで走り続けられた。
間違いなく、そう思う。


わたしの青春。
もう一つの忘れられない場所。


わたしにとって
白糸スピードランドと天母の湯は
そういうわけで、セットだった。



今度は、天母の湯に入ろう。


奇石博物館の前を抜け
木立の中を車について走る。

大きな改修工事箇所で
膝を擦れるかなと思うくらい
半周くらい円状に走って
交差点に来た。


さっきのガソリンスタンド。

帰りは止まらずに
心の中で挨拶だけして
通り過ぎる。


間に合うかな。


前の車のスピードに
傾いてきた日の光がさらに
焦る気持ちを大きくさせる。

信号はなく
道はそれなりにカーブして
見通しは良くない。


県道から国道に入った。

帰りこそ
ゆっくり停まって
大好きな景色を見ればいいのに・・・


道が広がった。今なら抜ける!


前の車を抜くことしか
考えていなかった。



車を抜く。
上り坂を加速する。

先を急ごうとしたら
また、車がいた。


ああ。


少し落胆したら
前の車が直線で道を譲ってくれた。


よかった!


抜いた後
後ろの車に向かって
軽く左手を挙げる。

こんな時に思う。

カッコよく乗れているかな?と。


さらに、先を急ぐ。

行きとは違い
周りは、色づいている。

木々の濃い緑
ススキの薄黄色
灰色のアスファルト

時折差し込む
オレンジ色の日の光


気持ちの焦点は合っていたけれど
急いでいた。

今日が終わってしまう前に
間に合うなら。

行きたい。最後に。


トラックが見える。
あっという間に後ろにつく。

抜けない。

しばらく、後ろについて
抜けるタイミングを待つ。

直線だ!

対向車を確かめて
右車線に出る。

アクセルをひねる。


えらいぞ!


アクセルを開けた分だけ
加速してついて来てくれる。


優秀だね。


相棒をねぎらう。


抜きたいと思う頭と
アクセルをひねる手。

それにストレスなく
スムーズに反応する車体。


あぁ。
このバイクの限界を試したい。


相棒の限界が先に来るのか。
わたしの限界が先に来るのか。


直線での限界
カーブでの限界


色んな限界があるけれど

いずれにしても
公道は無理だ。

危なすぎる。


やっぱり、サーキットかな。


トラックにも
軽く左手を挙げて

先を急いだ。






この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?