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【連載7】私の学校物語
【昭和、平成、令和の3時代を駆け抜けた私の学校物語】
1988年(昭和63年)冬
印刷室で先輩先生に声をかけられた。
「物語を印刷してるんだね。いいことだよ。教科書以外の物語をどんどん読んであげなさい」
先生の名前も顔も覚えていない。
でもその瞬間のことは鮮明だ。
30数年たった今でも、物語を読んでやる時には必ず思い出す。
物語リスト
📎ユタと不思議な仲間たち
📎最後のひと葉
【連載6】私の学校物語
【昭和、平成、令和の3時代を駆け抜けた私の学校物語】
1988年(昭和63年)冬
授業で百人一首をやることになった
経験は一度もない。
詠み方も分からない。
コマーシャルで聞いた節を真似て詠むことにした。
けれど時々節が分からなくなる。生徒に申し訳なかった。
本採用最初の学校は百人一首が盛んで色々と学んだ。
あやふやな節の百人一首から30数年、百人一首の授業は今、生徒と私の楽しみに
【連載5】私の学校物語
【昭和、平成、令和の3時代を駆け抜けた私の学校物語】
1987年(昭和62年)冬
臨時的採用期間に初めて宿泊行事の引率をした。
冬休みのスキー教室。
夜行バスに揺られて雪国へ。
2学期の終業式の夜に出発ということで、先生方の疲労は大変なものだったに違いない。
帰りのドライブインで疲れのあまり泣き出す女性教員もいた。
「教員の仕事は想像以上に過酷なのかもしれない」
そんなことをうっす
【連載4】私の学校物語
【昭和、平成、令和の3時代を駆け抜けた私の学校物語】
1988年(昭和63年)冬
もうすぐ本採用という冬。結納を済ませた。
昭和のあの頃は振袖で結納、両家で結納品を交わし合う、この形はごく一般的なものだった。
24歳同士。
この年齢も早くはなかった。
けれど親がよく結婚を認めてくれたな、とは思う。心配だったろう。
その心配通り、その後離婚することになるのだが。
【連載3】私の学校物語
【昭和、平成、令和の3時代を駆け抜けた私の学校物語】
1987年(昭和62年)秋
社会人になって2年目の夏、採用試験に受かった。
4月の本採用を待つ間、臨時的採用教員をやっていこうと思い、登録した。
すぐに連絡がきて、あっという間に私は「先生」になった
中学校1年生と2年生を教えた。
担当教科は国語。
研修など何もなく、見よう見まねで授業に臨んだ。
すぐにぼろが出た。
生徒のおし
【連載2】私の学校物語
【昭和、平成、令和の3時代を駆け抜けた私の学校物語】
1987年(昭和62年)春
新卒で勤めたのは証券会社。入社2年目を迎えた春、営業の帰り道。
よく晴れた空を見上げた時ふと思った。
私、このままだともう一生遠足に行けないのか…。
それがもう一度教員を目指すきっかけとなった。
信念も何もない。
ただ遠足に行きたかっただけ。
その時はまさかその後定年までの38年間、がむしゃらに教員人
【連載1】私の学校物語
【昭和、平成、令和の3時代を駆け抜けた私の学校物語】
1987年(昭和62年)初夏
会社の制服のまま採用試験の受験写真を撮った。グレーのベストにえんじ色のリボン。写真は白黒だったが、制服の色合いは覚えている。
教育実習は散々だった。なじみのある教室なのに知らない場所のよう。生徒の視線はきつく冷たい。教壇に立つと緊張して言葉が出ない。
私に教員はできない。
実習後、教員にはならない、いや、
お母さんも小さくまとまるなんて違うと思うよ
息子に言われた