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訪問診療における医療安全の指標

 訪問診療を研修するにあたってどういったことを目標とし、目指していくべきかということでマイルストーンについて書きました。

 この中で、「安全管理」として医療安全が挙げられていました。

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 なんとなく目標として分からないではないものの、レベル1の「枠組みに沿って」の「枠組み」って?とか、「地域のリソース」って?など、実践しようと思うと具体性に欠けている印象を受けました。

 そこで、訪問診療に特化した医療安全について何か資料はないかと探したところ、今回の文献に行き着きました。

訪問診療における医療安全の指標

 医療安全については、WHOが2009年に世界基準の枠組みを構築しており、これを「Conceptual Framework for the International Classification for
Patient Safety」としてまとめています。

 ここでは以下のような概念図で枠組みが提唱されています。

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 WHOはこの枠組みが、「患者の安全性データと情報を整理するために必要なモデルを提供できるよう設計され、それを集約および分析して、分野間、組織間、および時間と国境を越えて患者の安全性データを比較できる」としています。実際に臨床現場に適用しうまくいった事例の報告(PLoS One 2012, 7(2):e31125.J Hosp Med. 2012 Feb;7(2):142-7.)もあれば、この分類に否定的な意見(Stud Health Technol Inform. 2009;150:502-6.)もありますが、今回の文献では、このWHOの枠組みを用いて、在宅の患者さんやその介護者の安全性に影響する要因について検討しています。

 注意点として、この文献で情報を集めるにあたっては、慢性閉塞性肺疾患と慢性心不全の在宅ケアに関する文献から得ています。そこから得られた情報を、上記WHOの枠組みに当てはめたものが以下になります。それぞれを解説していきます。

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寄与/危険要因

 この要因は、エラーやインシデントの発生や進展に関与し、そのリスクを高めると考えられる状況・行動・影響と定義されています。ここについては、独居・変えられぬ議題・家族以外の人・全ての職業、の4つの指標があてられました。

 「独居」については、言うまでもなく、自宅で療養するにあたってのリソースや支援が不足してしまうことが問題です。ここで、自宅での療養を、適切な情報やサポートがなくても自分で病気に対処することを自分に任されていると感じると表現されています。「変えられぬ議題」とは、病気に関して医療提供者により提供された情報はどうしても専門用語になってしまうため、患者や介護者にとって外国語のように聞こえ、理解に苦しんだり誤解してしまったりしてエラーやインシデントにつながることを指します。「家族以外の人」は、在宅ケア患者と、ケアを提供するために自宅に来る複数のさまざまな医療専門家との間の相互作用として定義されます。「全ての職業」は、介護者が引き受ける責任や役割が増加することを意味します。

 患者やその介護者は、医療関係者に対して質問したり、必要な情報を提供されたり個々のニーズを把握してもらったりする時間が不足していると感じていることが分かっています。そのために、患者や介護者がケアに関与する能力を十分に発揮できず、ケアに関する不適切なアプローチにつながっており、情報や健康に関する教育、コミュニケーションの不十分さが、薬の管理や転倒のような事故、介護負担につながっています。それが、患者や介護者の不安や負担につながり、症状の管理ミスを招き、急性増悪に伴う急性期治療や入院を増加させました。この言葉(元文献では異なる言語であるための問題も指摘しています)・表現の問題は、在宅ケアに関わる医療職同士がお互いの健康や癒しを認識するためのコミュニケーションの障壁にもなっています。 

 患者や介護者は、様々な医療介護施設やその多数の医療職と協働が求められます。そういった多くの関係者が自宅にやってくることで、不安・不快・混乱・心的負担の原因になります。これにより、医療従事者と患者の間で協力関係に支障をきたし、それ自体が患者のストレスや疲労、家庭内の管理不十分に由来する不安と抑うつ、エラーによる再入院などにつながることが分かっています。

 それ以外にも、患者側の要因として、認知症や疾患・薬物による機能障害によって、情報の受け取り・理解の困難をきたします。また、慢性疾患の患者では、注意力の低下や身体機能の低下によって、必要な医療機器やツールの使用の習得や活用も困難となります。さらに、今回対象となったCOPDや心不全は、抑うつや不安、QOLの低下、症状による苦痛(息切れ、疲労、不眠症、頭痛、転倒、移動能力の低下など)、疾患進行の予測不可能性などが特徴的であり、ADLや社会参加を制限してしまいます。

 介護者の行動、パフォーマンス、認識、コミュニケーション、感情、その社会的要因は、患者の在宅ケアに大きな影響を与えます。介護者がそういった複数の役割を担わなければならないこと、ケアに係る様々な責任や負荷がかかること、在宅医療において家族の力学と境界の変化が大きく影響することに注意が必要です。以下に介護者が担う責任について列挙します。
□薬や症状のマネジメント
□衛生面、栄養ニーズ、運動療法への配慮
□身体的、心理的、感情的な支援の提供(移動や社会的支援)
□緊急時のマネジメント関連(呼吸困難や痛みの管理、徴候の認識など)
□身体的負荷(患者の移動介助、掃除や洗濯など)
□医療機器などの管理(除細動器、点滴、VAD、インスリン、透析など)
□患者の振る舞いや性格への対応
□家族や疾病に関連した出費の管理
□問題解決のためのニーズや意思決定の実行

 このように過剰な責任は、不満・恨み・不安・ストレス・疲労につながります。そのため、介護者の健康状態が悪化したり、不満や憤りを感じた介護者による虐待が生じたりと、結果として患者が様々なリスクにさらされることとなります。

 ケアの場が移行するとき、つまり病院のケアがどこで終わって家のケアがどこで始まるのか、またその逆について、バトンタッチする細かな部分は不明瞭になりがちです。医療提供者は、患者宅を自らが作業する環境と見なし、患者は自宅を個人的な領域と見なすというギャップが生じています。家という生活の場において、患者や介護者、関わる医療関係者のダイナミクスを適切に考慮し、物理的環境・制度的環境の双方を意識することが重要です。

インシデントの特徴

 ICPSでは、インシデントが発生した場所と時間、関係した者、インシデントの報告者など、インシデントを取り巻く状況に関する情報を分類するものとして定義しています。ここでは、主要な概念として、インシデントの発生、インシデントの発見、インシデントの報告が含まれました。

 在宅医療におけるインシデントの特徴として、「薬へのこだわり」ということで、服用し管理する必要がある薬物の数や用法用量の複雑さが特定されました。慢性心不全であるだけで5つ以上の薬剤を飲んでいることが多いですが、multimorbidityであれば10を超えることも稀ではありません。患者にとっても介護者にとっても、管理が複雑であると、薬の重複・自己中断・薬物の誤用をきたし、基礎疾患の悪化や増悪、過剰摂取、健康状態の悪化をきたしてしまいます。こういった問題を発見するのには、どうしても介護者へ依存してしまいます。なので、薬の管理に関わる(関わることができる)人が誰なのか、どのタイミングで管理されているのか、介護者のリテラシーがどうか、といったことの確認が重要です。特に、介護者自身も慢性疾患を抱えていると、自分の薬物管理だけで手一杯になってしまい、患者の薬剤管理という複数の負担を感じてしまいます。医療者側から積極的にその負担を察知することが求められていると言えます。

患者のアウトカム

 患者自身のアウトカムとして、Out of pocketMy health for yoursが挙げられています。Out of pocketは、患者にとっての経済的・社会的影響、心理的・金銭的コスト、資源・薬・ケアの欠落、ストレスといった見逃されやすい問題を指します。My health for yoursは、ケアにかかるコスト、疲れ、ストレス、介護者の健康状態不良など、在宅医療において「患者は一人でない」、つまり介護者の健康状態やコンテクストが患者のアウトカムに影響することを指摘しています

 たとえば、患者と介護者に共通の経済的問題として、患者の健康状態と患者の労働能力が直接影響していたり、患者の状態によって介護者が労働時間を減らす必要があったりと、患者のケアのために収入が減るという問題があります。収入の低下によって雇用の変化が生じ、さらに金銭的ストレスや悲観的な将来像に寄与することが指摘されています。さらに、必要な家の改修、受けるサービス、使用する医療機器も経済的な負担に影響します。

 介護者の健康状態の悪化は、介護者が家族の健康のために自分の健康を犠牲にすることを示唆する指標とされています。ケアの責任の多さやその複雑さによって、抑うつ、体調不良、疲労、孤立につながり、結果として患者ケアに影響してしまいます。

まとめ

 WHOのICPSの枠組みに沿った、在宅医療における医療安全の指標についてまとめました。ケアに関する理解の確認・関わる医療職とその方々含めたコミュニケーション・実存的な問題(仕事やお金のこと)・介護者のケア、といったところがキーワードでした。個人的には、地域のリソースについても言及してほしかったですが、さすがにコンテクストが異なると単に利用できるリソースのレベルではなく、地域の文化レベルでだいぶ気をつけるべきことや実際にできることと出来ないことが違ってくるので、難しいのではないかと思います。この文献自体、筆者らは完全なものではないとしていますが、マイルストーンに書かれていたことを少し具体的に実践できるのではないでしょうか。

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