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接吻

 それを見たとき、子宮がクッと締まって硬くなり、少し膨張する感じを味わった。その硬く膨らんだ子宮が膀胱と胃を押し上げてくる。それは、なんとも言えない感覚で初めての体感だった。
 痛いとかでもなく気持ち悪いとかでもないのに、膀胱から心臓にかけての内蔵全部がゾワゾワグルグルっとする。身体が変になったと思って焦ったが、どこかでこの感覚を待っていた自分が潜んでいたことにも気がついた。「あぁ、これが多分みんなが言ってる『感じる』ってやつだ」と、クリムトの「接吻」のレプリカを見ながら19歳の私は悟った。

 私は、どこか野暮ったい女だ。肌のコンディションは悪いわけではないけど、ツルンとしたタマゴ肌でもない。顔についているパーツの形や大きさは悪くはないが、全体的な配置が良くない。太っている印象は与えないけど、洋服がフィットしにくい体型。随所に野暮ったいポイントが存在した容姿。
 中身だって野暮。性悪女ではないと自負できるけど、気の利いたお節介ができるわけでもなく、人徳があるわけでもなく、特に話題にのぼる性分ではない。
 野暮ったさをあげれば枚挙にいとまがない。どこかどころか、まんべんなく野暮ったい気もさえしてきた。

 それは今も昔も普遍的。いつごろからだったか、結構最近な気もするが、野暮ったいのは私の個性なんだと思えるようになって、今はやっとそんな自分を受入れつつ人生を楽しめている(と、思う)。
 けれども、多感な10代はそうも思えることなんてできなくて、野暮な自分にギリリと歯を食いしばった多くの時間を通過してきた。
 ファッション雑誌で抜群のスタイルと、垢抜けた顔面を武器にポーズをとっているモデルさんや、恋愛ドラマに出てくる女優さんに憧れては、鏡の前に映る自分の姿に落胆し苛立ち、自分が何回も嫌いになった。「私なんか無理」と、考えるようになるまでには時間はさほど要さなかった。そんな青春時代を過ごした私は、恋愛したい気持ちはあるものの、自分の見た目に絶賛卑屈だったので、自ずと恋愛とは距離を置いていた。「私なんか無理」と。

 そんな私に遅い春がやってきてしまったのは、社会人2年目の夏だった。初めて任された仕事を通じて知り合った、少し年上の男性に、万年「私なんか無理」女は、あろうことか一目惚れ。初めて任された仕事で大いに張り切ってクライアント先に行った私は、音を感じるほどのガーンビビビッという衝撃を受けたのだ。野暮ったい私の初恋の始まりだった。

 初恋は実らない。誰がそんなことを言って定説にしたのか、それとも本当にそうなのだろうか。私の初恋は、いとも簡単に崩れることが予見できた。それは、彼の薬指には少しくすんだシルバーの指輪があったから。

 「あの人は既婚者だから好きになれない。好きになっても無駄。ダメダメ、だめだめだめ。」と理性が言い聞かせても、なぜ心の力学は反対を向かせるのだろうか。そう考えれば考えるほど、好きという感情が強くなる。「不倫」というのは、どこか甘美な一種の麻薬のような効能があるのか。その存在に気づき、それでも好きになって欲しいと僅かでも思うものなら、その沼にどんどんと引きずり込まれていく。ヌルっとした土の感触がアリアリと感じ取れるまでに。

 頭でなんとか心のブレーキをギリギリのところでコントロールしているはずなのに、どうも言動に心が出る。それを察してかどうなのか、だんだんと彼が私に興味を持ち始めたのが、恋愛経験ゼロの私にも分かった。そこからは、ジェットコースターどころじゃない。一気に奈落の底に落ちるかのように、私は彼に恋をした。

 一緒に仕事をし始めて3ヶ月ほど経った頃、彼から食事に誘われた。デート!?と一瞬心弾んだが、向かったお店はなんてことのない、どこにでもあるチェーンの居酒屋。ちょっとオシャレにイタリアンとかフレンチとか、そんなのがデートなんだと思いこんでいた私はガックシ。「やっぱ既婚者だもんね、そりゃそーだ。私なんか無理だよ」と、落ち込む。そして自分に言い聞かせた。せっかくなんだから、大衆居酒屋でも楽しまなきゃと。そーだそーだ、と言い聞かせた自分に応えるように、居酒屋料理にサワーにと、彼と二人でいれる時間を楽しんだ。

 それで、終わるんだと思っていた。

 食事を終え、明日も仕事だし終電になる前にと健全に駅に向かってあるき始めた私達。少し静かな境内を肩を並べて歩いてるとき、急に彼が手を握ってきた。恋愛と距離を置きすぎていた私は、心臓が喉まで上がってきたんじゃないかと思うくらい自分の脈拍を感じた。矢継ぎばやに、彼は体をぐっと寄せてきた。初めての異性からの包容だった。私は酔った。

 私の顔のすぐ横に彼の顔がある。彼の耳が生え際のあたりに触れている。耳って本当に冷たいんだ。彼の髪の毛が、私の髪を間をすり抜けて、頭皮に当たってくる。結構、ゴワゴワと硬いんだ。彼はちょっと苦くて焦げたような匂いがするんだ。洋服からは柔軟剤の匂いがした。奥さんはダウニー使ってるんだ、そんなことを数秒の間で思っていたり感じていたりして、少しでも冷静さを保とうと必死だった。
 そして、さっき食べた餃子の大蒜とアルコールの混ざった甘ったるい空気をはきながら「好きに、なっちゃった」と、彼の声が私の右の耳元で囁く。思いもよらない言葉が、耳をくすぐり、耳の横にある脳みそをぐちゃぐちゃにかき混ぜた。なんと返すのが正解なのか、どんな言葉が私と彼には必要なのか、、分からない。頭が回らなく、グルグルした。

 そんな私の混乱は裏腹に、彼は少し遠慮が混じった雰囲気で自分の唇を私の唇に合わせ、そして優しく唇で私の上唇と下唇を順にを挟んできた。その瞬間、クリムトの接吻が脳内を陣取った。自分が吸い込まれていく。あのときに知った感覚が体中に走った。彼と交わっているのを、唇で、唇の細胞という細胞が口を広げて感じた。

※ ノンフィクションのようでフィクションのような文章練習です
※ 不倫ネタ嫌いな方、不愉快に感じられた方、ごめんなさい


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