夜が明けることを知らない23歳の僕へ。
「生きるのが辛い。でも死にたくない」
そう思っている8年前の僕へ。
ある日突然、今まで無意識に働いていた重力を感じるようになった23歳の10月。相変わらず体は重たいままですか。
「毎朝、外に出て散歩すると良いですよ。陽の光を浴びながら体を動かすのは健康に良いですからね」。なんて、主治医に言われますが、こんなもんは何も喋ってないのと同じです。
でも、もし目が覚めて「今日は少し外に出れそうだ」と思う日があれば、『夜明けのすべて』という映画を観に行ってみてください。
誰にも触れられたくないようで、誰かに触れて欲しい。心の柔らかいところを、この絵画のように暖かく包み込んでくれる。一人きりの世界の外へ連れ出してくれる。そんな映画です。
嘘をつかない映画です。
最初に断っておきたいことが2つあります。
作りものですが、作りものではありません。
恋愛要素はありません。
君の日常に起きている出来事と本当によく似たことが、スクリーンに映し出されます。知らない誰かの物語だけれども、他人事とは思えないでしょう。
あと、君は恋愛映画が好きではないから伝えておくと、この映画で恋愛は起きません。男女のエモい恋愛映画の要素はひとつも入っていないので安心して観てください。
恥ずかしくなるほど自分の話でした。
生理前、会社で目も当てられない出来事を起こす新卒の藤沢さん(性質:PMS)。「コピーしといてって言うなら、もっと具体的に指示してください!」と上司にキレてしまいます。
その後、通院している主治医の元へ。「心を穏やかにする新しい薬を試してみましょうか」と言われ、その薬をじっと見つめて安堵する藤沢さん。自分の体と心なのに、自分ではどうにもならない。そんな日々を過ごしている彼女にとって、“新しい薬”はキリストよりも頼りになる実態のある存在です。
「でも気をつけて。副作用で眠くなるから」と言われるが、「新卒の私にもうミスは許されない」と業務中にこっそり薬を服用すると、激しい眠気が。夕方に行われる会議のセッティングをしている最中に居眠りしてしているところを見つけられ、そのまま逃げ去るようにトイレへ。その日に退職願を提出し、あっさりと受理されてしまいます。
時を同じくして、山添(性質:パニック障害)も会社の激務に追われ心を壊してしまいます。ある日の仕事終わり、好きなラーメン屋へ立ち寄り、麺をすすっても「味がしない」。その帰り道に発作が出て電車に乗れなくなりました。
同情よりも理解が欲しい。
そんな2人がたどり着いたのは、この2人を入れて社員数7名の中小企業。子ども向けの科学実験キットを企画・製造している地味な町工場です。
環境を変えても、簡単に自分を律することができない2人。上司のツテで、いわゆるホワイトカラーの会社から、ブルーカラーの会社へと渋々移った山添は、藤沢さんを含め周囲の社員を見下していました。そんなやる気のない山添に、内心イライラしていた藤沢さんは、またしても生理前の苛立ちで山添に癇癪を起こしてしまいます。
ただ、後日、自身も飲んでいる精神薬のゴミを会社の給湯室で拾う藤沢さん。そして、会社でパニック障害を起こす山添。
「自分は腫れ物だ」。お互いの事情を知ってから、まずはお人好しの藤沢さんが山添の力になろうと、パニック障害について調べます。
パニック障害の人のブログを読み、電車に乗れない人がいると知り、使わなくなった自転車をピカピカに磨いて山添にプレゼントしてみたり。ご飯が美味しくなくなった人がいると知り、甘いものが苦手な山添に老舗和菓子屋の漬物をあげてみたり。
ほんの少しずつ、氷山の一角が溶けていくような。2人の関係性が深まったのは、美容室に行けない山添の髪を、藤沢さんが切りすぎたシーン。鏡を見て「やりすぎでしょ」と笑う山添。「本当にごめんなさい」と謝りながら笑う藤沢さん。映画の中で、2人が初めて声をあげて心から笑っています。
この出来事をきっかけ、今度は山添がPMSを勉強するようになりました。
「自分の症状は改善されなくても、相手のを助けることができるのではないか」。そう考えるようになった2人が、最初に始めたことは「相手を知ること」でした。
きっとこれまで、多くの人に「かわいそう」というひと言で片付けられ、痛々しい目線に晒されていた2人だから、相手を1人の人間として見つめるために、その病を知ることから始めたのです。
「やばい」と否定されて救われる心があります。
気づけば、仕事終わりの帰り道、お互いが自分に起きた出来事や自分の性質をありのままで話せるように。そして、お互いの性質をいじり合って、冗談を言い合えるまでになりました。
日曜に会社で出くわすシーン。
自分すら、受け入れがたい自分の性質を、誰かに「やばい」と形容されて嬉しいことがあります。腫れ物として優しくされるよりも、本音をぶつけられる他者の存在が心の救いになることがあります。
事情を知りながら、上手く取り扱ってくれる職場の人にも恵まれて、藤沢さんは地元へUターン転職を決意。母の介護をしながら地域誌の編集・ライターの仕事をしています。山添は前職に戻ることをやめ、この会社に残ることを決意して、今を生きるようになりました。
一人きり“じゃない”世界で、時の流れに身を任せてみてください。
「前に進まなきゃ」と焦る気持ち、分かります。
何も変わらない毎日。ご飯食べて、寝て、今日起きた出来事すら思い出せない。夜寝る前も、朝起きてからも、社会から取り残された気がして。色んなものを諦めて、心を殺して、ただ時間だけが過ぎていって。
やりたいことも、やるべきこともないけれど。
それでも、この映画みたいに、一人きりじゃなければ、知らずに前に進んでいることがあります。変わろうとせずとも、変わっている自分と出会えるはず。
そんな誰かが君のそばに居るでしょう?
地元の友達かもしれない。
高校・大学の同級生かもしれない。
会社の同期や先輩かもしれない。
いざ、連絡しようとしても不安がよぎりますよね。
「重たいって思われるかな」
「痛いやつって思われるかな」
「めんどくさいやつって思われるかな」
「病気というレッテルを貼られるのかな」
色んな心配が頭を巡るけれど、勇気を持って。「久しぶり。最近、悩んでることあってさ。ちょっと相談乗って欲しいねんけど、お茶かご飯でも行かん?」とLINEしてみたら、「ひさびさ!まぁゆっくり話そや。来週のこの日とかどう?」って気兼ねなく返事が来ますから。
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