誰かのことを思い出すこと、買って帰ること
クローゼットの整理をしていたら、小さなリュックサックが出てきた。星の王子さまの絵が描いてあるピンクのかわいらしい子供用のリュックサックで、10年くらい前に当時働いていた会社の社長が娘にくれたものだ。
素直に「ありがとう」と言えないタイプの人がいる。身近な人にほど言えない。その社長もそうだった。
わたしはその会社で、頼まれて仕事をしたことがほとんどない。いつも勝手に課題を見つけては解決したり、仕組みを作ってみたり、会社にくる外部からの連絡の全てを受けて返したりしていた。
社長はというといつも忙しく動き回っていて、社内の細かいことはやっといて、という放任主義というかなんというかそういう感じだったので、組み合わせとしてはまあちょうどよかった。
社長も他のスタッフもわたしがどんな仕事をしているのかよくわかっておらず、「なんか困ったらとりあえずこの人に言っておこう」「この人に聞けば大体のことは知っている」くらいの認識だったように思う。
なんとなく大事な仕事をしているという自覚はあったが、わたしの勤務時間は子供の保育園のお迎えの都合で他のスタッフよりだいぶ短かったし、その会社には評価の制度がなかったこともあって、お給料が(今思うと)だいぶ少なく、自分の仕事の価値がよくわからなかった。
お給料も少ないうえに、社長から感謝されるどころか「おせっかいでやりすぎないで」とまで言われていた(わたしの勝手さもよっぽどだけど)ことに、傷ついていないのかと聞かれるとだいぶ根に持っていなくもないが、どうして続けられたのか思い返してみると、それは社長が年に一度フランスへ出張に行ったときに、お土産を買ってきてくれたからだと思う。
それはいつも社員みんなへのお土産(研究のためのお菓子)とは別にこっそりと買ってきてくれた。バスクで見つけたきれいなトーション(布)だったり、サロンドゥショコラで見つけた子供用のショコラティエエプロンだったり、ギャラリーラファイエットで見つけた星の王子様のちいさなリュックサックだったりした。
しょうがないな、と年に一度すべての不満がチャラになるくらいは、旅先で何かを見つけたときにわたしのことを思い出して買ってきてくれるのはうれしいことだった。
きれいな景色やかわいいものを見たときに、誰かの顔を思い出したり、よろこぶかなとそれを買って帰ることは、人の愛おしい行動ベスト3に入ると思う。
わたしがお店屋さんを始めるときに、「誰かのことを思い出すクッキー」で「ひとにお菓子をあげたいという気持ちを動かす」という設定から入ったのも、毎年お土産をもらってうれしい気持ちになったことが、その会社での経験のひとつとして入っていたのかもしれない。
社長から「ありがとう」と言われた記憶はほとんどないけど、こっそりくれたお土産にはせいいっぱいの感謝が入っていたんだな、ということにして、もう小さくて使うことはないリュックをクローゼットにしまった。
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