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SAC about YODAN

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どこまでを「自分」とするか、考える。

クリスマスが過ぎて急に年末モードになり、ぼんやりと2017年がどんな1年だったかなーと思い返してみた。 今年は、年始から半年間「コルクラボ」に参加して、コミュニティについて勉強をした。 それまでは持っていなかった視野でいろんなものを見て、普段は読まない分野の本を読んで、分析したり議論したり考察したりした。そこに行かないと会えなかったであろうたくさんの人たちと出会うこともできたし、なにより仕事でも遊びでもないその時間はとても楽しいものだった。 そこで勉強をして身についたこ

『セブンルール』出演と、もらった花束のこと。

先日、『セブンルール』という番組に出演させていただいた。 おかげさまで、たくさんのクッキーの注文をいただいたり(現在オンラインショップを一時休止しています。ごめんなさい)、あたたかい感想をいただいたり、久しぶりの友人から連絡をもらったりして、とてもうれしい経験になった。 そんな中、クッキー屋をはじめる前に働いていた会社の社長からLINEが届いた。 その会社では、21歳から出産の時期をのぞいた12年間、社員として働いたのだけど、番組内でわたしは「今のわたしの生活を見て”う

あの日の自分に仇討ちを。

先日、NHK『SONGS』で小沢健二氏がしていた話がとてもすきだった。 婚活サイトにあがる、斜め上から撮った3割増しの自撮りはその人のつくった神話で、現実の本人を見たらすぐに神話は崩れてしまう。「現在」には一瞬で過去のすべてをみせる力がある。という内容だった。 そして彼はその話をこう締めくくった。 切々と過去を語ったら、僕も婚活サイトの写真のように自分をよく見せてしまうかもしれない。自分についての神話を作ってしまうかもしれない。斜め上から写真を撮るように。 し

やりたいことがない「叶え組」にしかできないこと

昨日書いた note『世界は「夢組」と「叶え組」でできている』を読んだ友人から、「わたしは夢組かな?叶え組かな?」という質問や報告がたくさんあった。読んで考えたことを共有してくれてとてもうれしい。そうしてやりとりをしている中で出てきたことを、ちょっと補足で書いておこうと思う。 昨日も書いたように、わたしは「やりたいことがない人」つまり「叶え組」で、湧き出る「やりたいこと」は若い頃からずっとなかった。「夢組」の「やりたいことがある人」は「これがしたい」という動機があるのに対し

世界は「夢組」と「叶え組」でできている

ここのところ、脳内プチテーマとして「やりたいことがある人」と「やりたいことがない人」について考えていた。 ちなみにわたし自身は「やりたいことがない人」で、今のメイン仕事のクッキー屋さんも、決して「やりたかったこと」や「夢」ではない。シングルマザーが子供と生活するのに「お金と時間がない」というのがイヤで、「ひとの半分の時間でひとの2倍稼ぐ」という目的のために、自分のできることから消去法で削り出した手段で、どちらかというと「この方法しかないから仕方ないな…」と、しょうがなく始め

夢はなくとも、地図を描く。

「夢」をもてないことは欠損だと思っていた。 「おとなになったら何になりたい?」「やりたいことはなんですか?」という質問に、いつもどれだけ考えても「ないんです」としか言えない。あるべきものがないのか、あるけど見えていないのか、わからないけどとにかく自分の中に見つけることはできなかった。足りないのは計画性か、それとも想像力かと悩んだりもした。 さっき、ほぼ日の糸井重里さんの文章を読んで、深く頷いた。 大人になると「夢」を失ってしまうけれど、子どもだとか若者だとかは、「夢」で

星野源『Family Song』と家族の話

星野源『Family Song』が発売になった。 発売前のMVをふと観てなにげなく聴いたとき、ふわー!と、何とも言えぬ多幸感に包まれて自分でもおどろいた。 ちょうどお盆だった。 毎年、お盆と年末年始はなんとなく家族について考える時期だ。 我が家では、物心ついたときから父も母も親戚とは縁がなかったので、わたしには会える親戚がいない。子供の頃から自宅は賃貸で、現在はわたしの借りている部屋に母も一緒に住んでいるため、実家というのも存在しない。 まあこれはこれで気が楽で、イヤ

「卒母」するために必要なことを考えた。

先日、毎日新聞の朝刊で連載されていた西原理恵子さんの漫画「毎日かあさん」が終了した。その理由は「お母さんが終わったから」だ。娘さんが16歳になったタイミングで「卒母」宣言をしたという。 この先、私は学校に行かせたりするなど経済的な支援は必要でしょうが、それ以外はもう要らないなって。この子たちはもう絶対に大丈夫だと思っている。「後は君たち好きにしなさい。私も好きにさせてもらうので」って。(中略)私も十分お母さんやったので、後は自分の好きな人生を送らせてもらいます。子育

幼少期になにを浴びたか?英才教育について考えた。

先月、柳本浩市さんの展示を観に行ったとき、展示されていた彼の年表をみて驚いた。 柳本さんは、超人的なコレクターとして活動し、そのモノや情報から考察し、文脈を作り、未来へ社会へ再定義してひろげていく編集者として活躍していた。 年表によると、彼は4歳で神保町の古本屋巡りをし、6歳でアメリカから通信販売で洋服屋雑貨の買い付けをはじめ、ファイヤーキングの食器を集めはじめる。7歳の夏休みの自由研究ではビーチ・ボーイズの未発表のアルバムを自分で音源を組み合わせて完成させた。11歳でヴ

『ボクたちはみんな大人になれなかった』で、言葉はヒーローになった。

喫茶店で、となりのテーブルにいた5歳くらいの男の子が、右手になにかしらのヒーローを持ち、活字では表現しがたい男児独特の擬音語を発しながら、空を飛ばせたり敵と戦わせたりしていた。 わたしはその隣で『ボクたちはみんな大人になれなかった』を読んだ。 モノクロでもセピア色でもなく、気だるくぬるい紺色の映像が頭のなかで再生される。背景にはずっと音楽が流れている。小沢健二が、ジョンレノンが、ジャミロクワイが、バネッサパラディが、テレサテンが、UAがきこえる。匂いもする。エクレアの

お墓参りの言い訳

もしも父が生きていたら 毎年命日に、そう思う。 坂の上にある墓地で、乾いた墓石にお水をつるつるとかけながら思い出す。 16年前、蒸し暑い夜の深い時間にプルルと電話がなったとき、わたしも母もなぜかコール音の少し前に目が覚めた。きたね、と母は言った。きたな、とわたしも思った。父が倒れてから4年間の入院生活に終わりを告げる音だった。 脳梗塞をおこし、駅の階段から落ちて脊髄を損傷し、言語と身体のほとんどが不随になったまま、意識だけははっきりとある状態で4年をすごした。ま

しいたけ占いとソールライター展

今大人気の「しいたけ占い」の2017年下半期の占いが公開された。 しいたけて。と、すこしバカにしながら今年のはじめに2017年上半期の占いを読んでおどろいた。これ、占い?わたしのこと知ってる人が書いたんじゃないの?ていうか、わたしが書いたんじゃないの???と。 まあその当たるとか当たらないとかは各自で確かめていただくとして、わたしがおどろいたのは、しいたけさん(35歳 調子がいいと平井堅似の男性だそうだ)の言葉だ。 たとえば、 2017年の下半期、あなたはただワクワク

編集すること、自分を知ること。

先日、編集ができるようになるには、「自分を知る」必要がある と書いたのだけど、それはなぜなのか。わたしが今までしてきたことから考えてみる。 昨年、今までしてきたことを書き出してみて、自分がなにが得意なのか、どこに価値があるのかがなんとなくわかった。それは、とりあえず全部書き出してみたら、読んだ人が「ここがおもしろいよ」という部分を教えてくれたからだった。 まず自分の考えや立場表明をしたから、受けとった人がリアクションをしてくれて、その情報の中のどこに価値があるのかを教えて

編集、コミュニティ、おすそわけ

今年に入ってから半年間、わたしは勉強をしている。 コルクの佐渡島さんが主催している「コルクラボ」というコミュニティ運営について学ぶ場に参加していた。 編集者の佐渡島さんがコミュニティについて学ぶのは、クリエイターから作品を引き出す従来の「編集」に加えて、今後、編集者は作品を届ける先のことまで編集しないといけないという仮説のもとだった。そして、その届け先を編集、デザインすることを「コミュニティをつくる」としてすでに実践している。 わたしはこのラボで、コンテンツ論や編集につ