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山登り人生VOL302雷山、洗谷下降

1969年9月23日から記録を始めた山日記を振り返っています。
2023年3月29日シリーズ「山登り人生」の投稿を始めもう一年経ちました。
ブログ自体は2021年9月1日から950回超の連続投稿を継続しています。

私37歳。奥様36歳、長女11歳、長男10歳、次男6歳の頃の山登りです。
昭和60年度の山行は28回56日と月2回ペースになった。

雪が多い時期の直登尾根コースは好きなコースですが、昭和61年には既に登っていたのかと納得しました。洗谷は今は登山禁止で入れません。

No420雪の雷山、洗谷下降

昭和61年3月2日
K君、I、Mと私
佐世保7:30⇒井原部落9:30→P507→雷山12:30→洗谷→井原山部落16:00

幸い寒波がやってきて土曜より雪模様である。
瑞梅寺ダムより車道にも雪が現れる。
井原山集落の小学校前のゆるやかな斜面をスノータイヤの愛車は
クリアできずバック。終点手前の駐車場に止めて歩き始める。

林道が終わり堰堤のところで洗谷と雷山中腹遊歩道に分岐している。
洗谷には先行パーティーがおり、
ノートレースの尾根コースをとることにした。積雪10cm。

井原山集落と雷山神社とを分ける大きな尾根まで30分、
ここからは忠実にこの尾根を辿ることにした。
ロングスパッツを忘れた私はラストから付いて行く。

稜線手前。2005年2月時

トップはラッセルが続く。
次第に積雪もおおくなり、50cm程となる。
縦走路では70cmの感じであった。霧氷も咲き始め楽しませてくれた。

縦走路トレースはあったが風が吹き抜ける場所は、かき消されていた。
雪庇も出来て腰まで埋まる場所も何か所かあった。

雷山山頂は長野峠からのパーティーなど、大勢が震えながら食事をしていた。背負子の子供は寒さのため泣き出した。私達も震えながら昼食とした。

また温かい弁当にやったと思った。初めての試みが成功したからだ。
GI水筒にお湯を入れ、弁当と一緒に新聞紙で包んでいたのだ。
水筒の方も冷えきった手を温めるのに充分だった。

2002年時の下降点付近。

洗谷の下降点は遠かった。
先輩の記録では直ぐと思っていたが1時間はかかった。
下降点は急斜面で注意を要した。
ズーット谷沿いに流れの中を下るので気を遣う。
一般向きしない下降であった。

数年前に遭難事故が発生し死亡者がでたためか、現在は登山禁止のコースになっています。


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