哲学レポート
大学の課題で書いたレポートをバックアップも兼ねて投げます
このレポートは、『哲学ってどんなこと?-とっても短い哲学入門-(以下、「教科書」)』の単元(2)「どうやって私たちは何かを知るのだろうか」の文末で提示される三つの問い(文末参照)に対しての私の見解を挙げることを目的とし、またその見解に至った根拠、及び前提条件となる「外的世界は確実に存在するのか」についての見解を挙げるものである。
問いの中の一つである教科書p.25(3)の「もし、あなた自身の心の外部に何か存在する、ということをあなたが証明できないとすれば」という文は、「もし、懐疑論を信じるならば」という意味に置き換えても良いだろう。よって、まずはこの前提条件となる、私が懐疑論を支持する根拠について記す。ここでは、「外的世界が確実に存在する(または、確実に存在しない)ことは証明できる」という命題を否定することで懐疑論が自明であることを示す。
まず、外的世界が確実に存在する(また、それを証明できる)という仮定をする。
だがこれに関しては、証明が不可能であることから確実ではないことがわかる。
五感を判断基準にしようとしても「マトリックス」のように五感の感覚を脳に流し込まれているだけ(文献1、文末参照)かもしれないし、あるいは夢のように自身の心が現在知覚している五感を作り出しているだけかもしれない。私たちが五感に頼って生活をしている以上、その五感と外的世界がまったく同じものであるということは証明できないだろう。
次に、外的世界が確実に存在しない(また、それを証明できる)ということを仮定する。しかし、これも否定できる。存在しないことを証明するのは原理的に不可能であるからだ。悪魔の証明のようになってしまうが、「外的世界が確実に存在しない」ことを知覚するのは不可能だと言って良いだろう。
よって「外的世界は確実に存在する(確実に存在しない)」ということは否定されるため、「外的世界が存在するかは不明である」という懐疑論を私は支持する。
しかし、懐疑論を支持する上でひとつ問題が発生する。教科書にも記されている、「私たちは外的世界が存在していると実際に信じている(教科書p.23,24を要約)」という点である。確かに私たちは、普段生活をする上で身の回りの物質や現象を信じ、実際にそれらは存在すると信じて行動を起こしている。友達が「学校のテストなんて実際に存在するか分からないから勉強するのをやめようと思う」と言い出したら私は笑って意見を一蹴するだろう。これは懐疑論を支持することと矛盾するのではないか?ということだ。
だが、私は矛盾しないと考えている。
なぜならば、この二つの意見では前提条件が異なるからだ。
私たちが日常生活の中で外的世界の存在を認める最大の根拠はやはり五感だろう。送られてくる情報が正しいにせよ間違っているにせよ、私たちは五感から得られる情報をもとに日常生活を送っている。つまり、「五感情報の真偽は置いておき、私たちが五感を元に物事を感じ考えているのは間違いない。だからひとまずは正しいことにしよう」という考えである。
これに対し、懐疑論では現在の思考以外の全てを不明なものとして扱う。つまり、懐疑論について論じる時とそれ以外では五感を尺度に入れるかという前提が異なっているのである。
前提条件が異なれば結果も異なる。よって、懐疑論とこの外的世界を同時に信じることは矛盾しないと私は考える。
つまり、教科書の問いに対する私の答えは以下の通りとなる。
問(1)「あなたの心の内部だけが唯一存在するものであることーあるいは、あなたの心の外部に世界があるとしても、それはあなたが信じているものとはまったく異なるということーこうした想定は意味のある可能性なのだろうか。」
=哲学の意義そのものにも関わるが、答えが分かっていない以上想定することに意味はある。
問(2)「こうした想定が可能であるとすれば、その想定は実際には本当ではない、とあなたが自分自身に証明する方法が何かあるだろうか。」
=前述の通り、外的世界の存在は確実ではないため、それを確実に証明する方法は存在しない。
問(3)「もし、あなた自身の心の外部に何か存在する、ということをあなたが証明できないとすれば、それにも関わらず外的世界を今後も信じ続けてよいのだろうか。」
=(五感を前提条件とするならば)信じ続けてよい。私の五感、およびそれに基づいた思考は外的世界を信じているからである。(以上、本文1790字)
参考文献1:『MATRIX』1999年公開。監督:ラナ・ウォシャウスキーおよびリリー・ウォシャウスキー。
作中内にて、主人公は自身が今まで生きていた世界が真実でなく、現実の自身の身体は生まれてからずっと動いていなかったと知る(作品内0時間32分~)。このような可能性を否定できないことから、やはり外的世界が必ず自身の知覚と一致しているとは証明できないだろう。
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