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パリーグ新人記録達成!! ライオンズの「由伸」のシンデレラストーリー

2020年ドラフト会議でライオンズは育成を含め12人の選手を指名しました。
本指名ではドラフト1位の渡部選手を筆頭に7人の指名選手のうち5人が野手と野手を多めに獲得し、育成ドラフトでも指名した5人のうち2人が野手といういわゆる「野手ドラフト」を敢行しました。
こういったいわゆる「野手ドラフト」は西武でいえば2013年の森・山川選手や2001年の細川・中村・栗山選手、他にダイエーの1996年の井口・松中・柴原選手など大きな成功例があるためなかなか期待感が高まりますね。

そんな「野手ドラフト」を行ったライオンズですが、育成ドラフトで歴代最多の5人(投手3人)を指名し、本指名では2人しかいなかった投手を結果的に5人にまで増やしました。
その育成ドラフトでチームで一番最後に指名されたのが今回取り上げる水上由伸選手です。
育成で指名された選手が、しかもかなり指名順では後ろの方だった選手がパリーグ新人記録の「開幕17試合連続無失点」を打ち立てるとはいったいどれだけの人が予想したでしょうか。
残念ながら記録は17試合で止まってしまいましたが残りのシーズン、さらには翌年以降の活躍にも期待が高まります。
今回の記事ではそもそもなぜこんなにも速く支配下登録されたのかから始まり、次いで記録を達成できた要因、そして最後に将来性についてをデータ的に議論していきます。
(データはすべて9/7試合前最後にアンケートがあるのでよければ答えてください)

ドラフト前

いつもなら基本成績から見ていきますが、今回は新人の選手ということで軽く経歴やドラフトの際の成績なども見ていきます。
水上選手の経歴は以下の通りです。

帝京第三高等学校

四国学院大学

埼玉西武ライオンズ

高校時代にも志望届は出していましたが残念ながら指名されず、大学に入り指名されました。
大学時代、最初は野手で2年生の春には
.525(40-21) 1本 9打点
ととんでもない成績を残し首位打者を獲得するなどかなりの成果を残しました。

3年秋に投手に転向してからは最速149キロを記録するなど投手としての可能性を示し、コロナ騒動でできなかった4年春のリーグを除いた投手として過ごした2シーズンは
3年秋 4勝1敗 防御率0.69 39.1回 42三振 10四球 
4年秋 3勝2敗 防御率3.34 35.0回 34三振   5四球 

と三振と四球に関して傑出した活躍をしました。
特に4年秋の四球の少なさはかなりのもので、本人がインタビューで「フォアボールで崩れることはないですね」と語るのも頷ける数値です。
リーグが地方ということもありあまり注目されず、実際ドラフトでもかなり下位での指名になりましたがポテンシャル自体は非常によく見せていたのですね。

2軍(育成)時代

そんな水上選手でしたが多くの選手が躓くように、プロに入ってからはなかなかうまくいかない日々を送っていました。

2軍での成績は
0勝2敗 防御率 5.60 17.2回 14三振 7四球
と一見支配下登録するような特筆するような成績は残せず、5失点するような大炎上する投球もしてしまいました(しかも支配下登録された当時は防御率はこの数字より悪かった)。
しかし実際には5月13日と異例の早さで支配下登録され、6月には1軍登板を果たしました。

ではなにが首脳陣を惹きつけ、支配下登録にまで至らせたのでしょうか?
例えば以下の記事では
①インコースを積極的につける姿勢 by渡辺GM
②シュートがよい         by松坂大輔選手

という2点が支配下登録の主な要因のように思われます。
https://www.joqr.co.jp/qr/article/10684/

しかしデータ的に分析するとそれらは武器にはなっていないように思われました。
まずシュートですが以下の画像から分かるように10%も投げていません。

画像1

ファームにおけるシュートの投球割合が5%ほどなので特別多く投げているというわけではないのです。
また球の球威があるかといえばそうではなく、
水上由伸 シュート 被打率.500 空振り率 9.1% 
ファーム シュート 被打率.277 空振り率 7.4%
 
と少なくとも平均と比べてデータ上では優れた点はないということがわかります。
そのため②のシュートはデータ的には特別支配下登録の要因にはなりえないと思われます。

それでは①のインコースを積極的につく姿勢が支配下登録を決断させたのでしょうか?
こちらもデータ上からは否定されます。
以下の画像は水上選手が対左・右それぞれのどこに何%投げたのかを示しています。

画像2

このデータから水上選手は各打者に対してインコースに
左打者 22.2%
右打者 25.3%

投げていることがわかります。
それに対してファームの右投手は平均してインコースにそれぞれ
左打者 27.9%
右打者 24.4%
投げ込んでいます。
両者を比較すると右打者へのインコースへの投球割合はほとんど変わらず、左投手に至っては5%以上投げる割合は低いことがわかります。
このため水上選手は積極的にインコースをつく投手とは言えず、インコースを積極的につく姿勢を支配下登録の要因とするには疑問符が残ります。

では一体何が水上選手を支配下登録に駆り立てたのでしょうか?
データで分析する限りでは直球とスライダーこそが本当の支配下登録の要因と考えられます。
以下の画像は水上選手の各球種の細かいデータになります。

画像3

このデータから分かる通り水上選手の直球とスライダーは目を見張るほど被打率が低く、また空振りも十分に奪えることが伺えます。※()内は平均
ストレート 被打率.194 (.274) 空振り率   7.2% (  7.4%)
スライダー 被打率.071 (.218) 空振り率 12.5% (13.0%)

この2球種の被打率の低さは上記でGMらが推した支配下登録の要因に比べ明らかです。そのため私としては水上選手の支配下登録の要因は直球とスライダーと主張をしたいと思います。
また、これは完全なる邪推ですがGMたちが主張した水上選手の強みはインコースとシュートで、これらは外へのスライダーを有効にするために使われる球種・コースになります。なのでもしかしたら記者会見を活かし相手に対し偽の情報を流し、自身最大の武器であるスライダーをより活かせるようにしたのかもしれません

(リーグ平均のデータは一番下にあるので気になる方は参照してください)

1軍での活躍

そんなこんなで6月に1軍に上がった水上選手は2軍時代とは打って変わって目覚ましい活躍をし始めました。
6月11日の中日戦でプロ初登板を果たすと3登板目には初ホールドを記録。
その後もオリンピック休暇を挟みつつ9月1日までの17試合連続で失点0を並べついにはパリーグ新人記録を更新しました(日本記録は広島の栗林選手の22試合連続無失点)。

それではそんな水上選手をデータ的に解剖しなぜ無失点記録を生むことができたのか考察していきましょう。
まずは基本的な成績から見ていきます。

基本成績
0勝0敗 2H 0S
試合数     18登板
イニング 16.2
防御率  0.53
奪三振率 8.64
与四球率 4.32
K/BB     2.00
被打率  .167
WHIP    1.02


特徴としては
①イニング数は少なく大事に起用された
②奪三振能力が高い
③ヒットを打たせない能力に長けている

という3点が挙げられ、そのどれもが無失点記録に大きく貢献したと考えられます。

①についてはそもそもライオンズ全体でも3連投の数は少なく、投手運用には気を使っていることが読み取れます。
この恩恵を上手く水上選手はあずかり、調子の悪い登板自体が少なかったと思われます。(aozoraさんのツイートより)
https://twitter.com/aozora__nico2/status/1434528575076503554?s=20


それではここからさらに詳細なデータを用い
②奪三振能力が高い
③ヒットを打たせない能力に長けている
この2つの能力が何によってもたらされているのかを明らかにします。
まず各球種のデータを見てみましょう。

画像7

このデータから水上選手は対左・右どちらも得意にしており、直球・スライダー・カット・シュートを軸にして抑えていることがわかります。
これらの球はどの球も空振り率はそこまで高くないですが被打率が一様に低いという特徴があります。
特に被打率.071のスライダーが目立ち、絶対的な武器ということができるでしょう。
投球スタイルとしては左右の揺さぶりが肝の投手と言えそうです。

空振り率はリーグ平均(10%)よりも低いことから、多くの空振りを奪うことで三振を奪うのではなく早めに追い込み相手の読みを外すことで三振を奪っているのだと考えられます。
実際に水上選手の三振を奪った球種は
ストレート 5
スライダー 5
カット   2
シュート  3
フォーク  1 (データで楽しむプロ野球様より)
とかなりばらけておりどの球も決め球として活用できる質の高さとそれを活用した読みの外しが水上選手の奪三振能力を支えているのだと考えられます。

それでは次に被打率の低さを考察します。
被打率が低くなる要因としては
①球質 相手が打ってもいい打球が飛ばない
②制球 相手が打ちにくいゾーンに投げこむ
③運  打った打球がたまたまアウトになる

といった3点が考えられます。
③の運では面白くないので①と②の観点から考察しましょう。
まずは①の球質についてです。
水上選手が打たれた打球はDelta様によると
ライナー 15.4%
ゴロ   46.2%
フライ  38.5%
とあり、ゴロが多い投手であることがわかります。ライオンズの守備陣は源田・外崎選手を筆頭に内野の守備力が高く外野の守備力が低い傾向があります。
このことからライオンズにおいてゴロが多い投手は被打率という面で得をしやすい環境にあります。水上選手はゴロが多い投手であるため源田・外崎・山田選手のカチコチ守備の恩恵を多く授かったと伺えます(ほかにゴロ率が高いのは髙橋光成・今井選手)。

ではそのゴロはなぜ生まれているのでしょうか?
ゴロでアウトになった打球を調べると、なんと実にその85%は直球とスライダーを打つことにより発生しておりこの2球種がゴロを多く生む要因になっていることが伺えます。また、ゴロは多くが低めの球を打つことで発生するため直球・スライダーを低めに決めることでゴロを生んでいるのでは?
と考察することができます。

そこで投球MAPを見て実際はどうだったのかを見ていきます。

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これを見るとはっきりわかるように水上選手は低めにそこまで投げておらず、むしろ高めに多く投げていることがわかります。
全体で大体30%ちょっと低めに投げているだけで、平均的には低めに40%以上投げることを考慮するとかなり高めを好んで投げていると推察できます。
特に左打者への直球は実に60%以上高めに行くなどかなり顕著です。
このため低めに決めることでゴロを生むという仮説は否定されることになります。

では何がゴロを増やしているのでしょうか
最も大きな要因としては球質が挙げられます。シュート回転が強い直球は空振りこそ奪えないもののゴロを多く生むことができます。
データがないので確実なことは言えないですが、水上選手の各球種は直球・スライダーを中心として全体的にゴロを生みやすい球質なのかもしれません。

ここまで被打率が低くなる要因として球質について考察してきましたが、制球面でも水上選手は傑出したものがあります
上の図の右側にHeart・Shadowといったものがあることがわかるでしょうか?
これは「Attack Zone」という概念でどれだけストライクゾーンぎりぎりに投げられたかを測る指標です。各用語の定義は以下のようになります。
Heart… 真ん中付近のいわゆる甘い球 平均25%
Shadow…ストライクゾーン境界の球 最も打者打ちにくい球 平均40%
Chase… ややストライクゾーンから外れた球 平均25%
Waste… いわゆるくそボール 今井選手などがこの値が高い 平均10%


このうち最も価値がある球はShadowのボールで、Wasteなボールはできるだけ少ない方が好ましいとされます。
水上選手のそれぞれのゾーンへの投球割合は
対左 Heart  16% 対右 Heart   30%
   Shadow 46%    Shadow 32%
   Chase  27%    Chase  30%
   Waste  11%    Waste   8%
となっています。

ここから対左には際どいところに投げ、対右にはくそボールを少なくカウントを揃え相手のボール打ちを誘うことで相手からの強い打球を避けていると考えることができます。

これらの考察から水上選手の被打率の低さはゴロをもたらす球質と、強い打球を打ちにくいゾーンに多く投げる(もしくは相手にボール球を打たせやすいカウントにする)制球力によってもたらされるということができます(もちろん運もあると思われますが)。

まとめるとそれぞれの球の完成度・球質・制球に加え、首脳陣の慎重な判断が水上選手の17試合連続無失点という記録をもたらしたといえるでしょう。

将来性

それでは最後に水上選手の将来性について考察していきます。
将来性といってもかなり幅が広いのでここでは今後の起用についてに限定して考えていきます。
端的に言えば将来的には先発を任せられる可能性についてです。
2018年からライオンズの投手陣は悲惨の一言です。
4年連続の防御率最下位が目前に迫り、特に与四球の数はリーグでもダントツです。
チーム与四球ランキング
1位 楽天     283
2位 日本ハム   311
2位 オリックス  311
4位 ロッテ    321
5位 ソフトバンク 357
6位 西武     445

四球は何ももたらさない、投手にとって最も忌避すべきこと
です。
制球の良い投手に多くのイニングを稼げる先発を任せていくことは四球を減らしていくためにも非常に大事な取り組みになります。
そこで白羽の矢が立つのが水上選手です。
ライオンズの投手陣で平均以上にストライクゾーンに投げられる投手は28人中9人だけいますが水上選手はそのうちの1人です。
特にDelta様のデータでは水上選手よりもゾーンに投げられる先発は存在せず(ダーモディ選手は水上選手より上位にいますがどっちつかずなので換算せず)、四球少なく試合を作ることが期待されます。
さらに考察で述べましたが水上選手はゴロが多く、被弾のリスクが比較的低い選手です。
ここに今年見せている奪三振能力を発揮できれば三振が取れ、四球は少なく、被弾も少ない各球団のエースのような活躍も将来的には期待できるかもしれません。

そのためにも奪三振能力の向上は欠かせません。救援から先発になるということは想像以上に大変で、特に球威の低下に悩まされます
水上選手が今主体にしている球は直球とスライダー・カット・シュートと横の変化球が中心で、左右の揺さぶりで打ち取る投球スタイルです。
ある意味先発っぽいですが先発をするとなると相手を圧倒する球がない分球数がかさむ可能性があります。
そこで筆者が主張したいのはフォーク・チェンジアップといった縦系の変化球の精度向上です。1軍ではほとんど投げていませんが2軍ではチェンジアップを少し投げており、空振り率は15.4%と悪くはない数値が出ています。
この球を成長させることができれば左右の揺さぶりでゴロを打たせるというパターンだけでなく、三振を狙って奪うというパターンも増え相手を打ち取ることがより容易になると思われます。

そんな簡単に新しい球を覚えられるか?
という問題はありますがドラフト前の項目で述べたように水上選手は投手経験が浅く、伸びしろは他の選手よりも大きいと思われます。
かなり浅い投球経験にもかかわらずチームでも上位の制球・スライダーという絶対的な武器を取得しているその素質は素晴らしく今後の発展に大きな期待がかかります。
スタミナや先ほど述べた奪三振能力の維持など多くの課題はありますが、水上選手のポテンシャルを含め先発に挑戦する意義は十分にあるのではないでしょうか?

まとめ

ここまで水上選手についてドラフト時から現在に至るまで分析してきました。
ここまで長かったので簡単にまとめて経歴と特徴を整理しましょう。

①大学時代から奪三振能力と制球能力に優れていた
②2軍では見た目はあまり成績は良くなかったが直球とスライダーは光るものがあった
③1軍昇格後は武器のスライダーを主体に持ち前の制球と各球種の球質も合わせ、首脳陣の丁寧な起用により記録を達成
④制球能力はライオンズの投手陣でも有数で、チームの与四球を減らすためにも大きな役割(例えば先発)を任せることも検討できる
⑤今後の発展性としては落ちる球の精度向上に期待


以上が簡単なまとめになります。
ライオンズの新人投手が1年目から傑出した成績を残すというのは2017年の平井選手以来(平井選手は2017年に15試合連続無失点を記録)で、その平井選手がチームに欠かせない戦力になっていることから水上選手の将来にも大きな期待がかかりますね。


ここまで見てくださりありがとうございました。
なんと7000字を超えたので読むのも大変だったと思います(書いてる側も大変だった(笑))が水上選手についてより深く知ってもらえたならこれ以上嬉しいことはありません。
ちなみに水上選手のファンクラブがあるので今年の投球で惚れたという方はチェックしておくといいかもしれません。将来性も豊かですしね。
由勝会
https://ym.yoshinobukouenkai.com/

感想や次回やってほしいテーマなどについても募集しています。
どんどん文字数が増えているので次回は10000字を超しちゃうかもしれませんが(笑)。
もしよければハートやコメントと、あとグーグルフォームから各種の簡単なアンケートに回答などをしてくださると嬉しいです。
Google Form
https://forms.gle/itrBrB4mZqfj7q9B6

それでは ( ´Д`)ノ~バイバイ

参考文献

ドラフト・レポート
https://draftrepo.blog.fc2.com/blog-entry-3419.html
データで楽しむプロ野球
https://baseballdata.jp/
1.02 Essence of Baseball (Delta)
https://1point02.jp/op/index.aspx
データ元 スポーツナビ1球速報
https://sports.yahoo.co.jp/
TOP画(東スポweb)
https://www.tokyo-sports.co.jp/baseball/npb/3288033/

以下ファームの右投手全体の成績(かなり汚いですがあまり気にしないでください)

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