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すれ違わない恋の心地良さ/BLドラマ「君となら恋をしてみても」の魅力

2023年10月5日からMBSで放送された「君となら恋をしてみても」が11月2日、全5話をもって最終回を迎えました。

私はドラマ化で初めて原作コミックを知り、放送直前に全巻読んだのですが、原作がもうものすごくよかった…。が故に、実写化への勝手な心配も少々あったのですが、失礼ながらここまで素晴らしい実写化作品になるとは思っていませんでした。実写化してくれてありがとう…。

日本でも数多くの実写BLドラマが制作されていますが、間違いなく画期的な一作となったのではないでしょうか。個人的に思ったことや感じたことをまとめていこうと思います。ネタバレしている部分もあるのでご了承ください。


日本のBLドラマがあまり描かないもの

ここ数年アジアの実写BLドラマは盛況で、様々な国で日々新しいBLドラマが生まれています。作品数ではタイが飛び抜けて多いと感じていますが、台湾、韓国、そして日本も負けていません。特にこの夏は複数作品あったと思います。様々な国の実写BLドラマを見ていて感じるのは、国ごとの作品の雰囲気の違いです。例えば、ロマンティックな愛とともに社会問題やセクシュアリティへの差別への問題提起を織り交ぜて描く作品もあるタイのBLドラマに対し、日本の作品の多くは、セクシュアリティへの差別や個人が抱える悩みよりも、ロマンティックな愛に重点が置かれる傾向があると感じます。
(これは今の段階でどちらが「いい/わるい」という話ではなく、国によって社会背景も違うしドラマの作り方や長さも違うので偏りがある、ということだと私は思っています。)

そんな中で「君となら恋をしてみても」が原作としても実写ドラマとしても丁寧に描いたのは、主人公のひとり・海堂天のセクシュアリティとトラウマ。そしてもうひとりの主人公・山菅龍司のどこまでも言語化して対話していく真摯さでした。

天のセクシュアリティと描かれ方

TVドラマ「君となら恋をしてみても」公式X / @narakoi_dorama  より

主人公がゲイであることを自認しているBLコミックは数多ありますが、日本で実写ドラマ化となり、こと主人公が若い世代の話になると、前述したようにセクシュアリティの話よりもロマンティックなラブの話が中心となることが多いと感じます。さらに海堂天のように「大人と性的関係を持つ高校生」で「こっちは顔がいい」「いい身体つきでエロい」と観察するタイプのゲイの若い男の子が主役となる実写BLドラマは、日本ではこれまであまり見たことがありませんでした。こういった天のキャラクターは、ともすれば過剰にデフォルメされたり暗いイメージで描かれてしまうことが多そうですが、原作もドラマも、天はチャーミングで気さくで明るい高校生として描かれます。

TVドラマ「君となら恋をしてみても」公式X / @narakoi_dorama  より

その明るさの一方で、天は中学時代にセクシュアリティを揶揄された経験が傷となっていて、自分が恋をすることへの諦めと再び傷つくことへの恐れがあります。その明るさと陰りの明暗を、天を演じる大倉空人さんは見事に表現されていました。


龍司のアイデンティティの迷い

TVドラマ「君となら恋をしてみても」公式X / @narakoi_dorama  より

天が出会い恋をする青年・山菅龍司は世話焼きで親切。細かいところに気付き、損得なく周囲を助ける優しさから、これは周囲が片っ端から恋してしまうのでは……?と思わずにいられない好青年。が、原作でもドラマでも過剰にヒーローやモテという描かれ方はされず、地元で生まれ育った龍司よりもむしろ都会から来た転校生である天の方が騒がれる印象。

TVドラマ「君となら恋をしてみても」公式X / @narakoi_dorama  より

龍司は中学1年生の頃、父親を亡くしています。子どもの頃から家業である食堂の手伝いをしていて料理も好きな龍司が、父亡き後、食堂を手伝うのは当たり前のことである一方、亡くなる前に父が残した「店も母ちゃんたちのことも頼んだぞ」「心配なんだ」という言葉が、どこかうっすらと「呪い」のように龍司の心に留まります。これは個人的な推測ですけど、こういった誰も悪意がない「呪い」というのはなかなか言語化して外にも出せないし、家族仲もよく面倒見のいい龍司にとってはより難しいんじゃないかなと思います。それによって深刻ではないにしろアイデンティティがわからなくなることが起きる。そんな龍司にとって、全くの「外」から来た存在である転校生の天がもたらす言葉は、悪意のない「呪い」を少しずつほぐして整頓してくれた存在なのかもしれません。
山菅龍司役の日向亘さんは、ともすれば伝わりにくい龍司が抱えるこの迷いの感情を、細かくも自然な演技で表現されていて、正直、度肝を抜かれました。


すれ違いが起きない恋

TVドラマ「君となら恋をしてみても」公式X / @narakoi_dorama  より

ラブストーリーにおいて、「胸キュン」=気持ちが伝わらないもどかしさやすれ違い、という図式にされやすい昨今、本作はそういったすれ違いを恋の成分にはしていません。

天は本当にチャーミングで明るい性格ではあるけども、過去のトラウマから自分の外側に壁を作っています。この壁は暗く重いものではなく鮮やかで軽やかそうには見えるけれどとても高く、壁によって自身のセクシュアリティを茶化してしまうことが起こります。だけど、龍司はその茶化しが壁であることを認識し、きちんと天に対して言語化し発信することができる。天はこの龍司の誠実な態度によって「龍司になら壁の内側を話しても大丈夫」と信じることができ、それは天にとってはとても大きい出来事となる。この「信頼」こそが、天がこれまで諦めてきた「好きになること」「恋」への一歩でもあったのだと思いました。天の中では龍司が自分を好きになるかどうか、ではなく「恋をすること」が一つの到達点でもあったわけです。

TVドラマ「君となら恋をしてみても」公式X / @narakoi_dorama  より

龍司にとって天は初めて出会うタイプの人間で、軽やかで明るいけども、彼に壁があることに気づきます。それは龍司の世話好きからくる観察眼でもあるのかもしれないし、龍司自身も父の死において、心の外に出すことのないモヤモヤとしたものを抱えていることで何か感じたのかもしれない。天からの言葉や一緒に過ごした時間は龍司にとって大切なものとなりますが、それは天ほど明確に恋と呼べるものではないことを自覚しつつも、そういった明確ではない感情を自覚して全て天に打ち明けることができることが龍司のすごいところ。

TVドラマ「君となら恋をしてみても」公式X / @narakoi_dorama  より

本作では実写化されている部分では主に天と龍司の2人だけが描かれます。誰かに相談したり、意見や見解を受け取る、ということがありません。天も龍司も、向き合うのは自分の気持ちであること、そしてその全てを言語化ししてに伝えることで、2人の恋はスタートします。

ここ最近のタイBLにも日本の日本の実写BLドラマでも、すれ違いではなく対話によるときめきを描く作品もありますが、1話23分・全5話という短さの中でここまで描く作品は稀有だと思います。ラブストーリーの恋の成分には、言葉足らずのすれ違いや勘違いでおこる苦しさからくるときめきもあれば、こうして自分のセクシュアリティやアイデンティティにとことん向きあい言葉にすることで起こる心地のよいときめきもあることを、本作はとても鮮やかに描いてくれました。

作中の女性の描かれ方

もうひとつ私が好きなのは、少しだけ出てくる家族や女性たちの描かれ方です。天の祖母、龍司の母、そしてクラスメイトたち。実写BL作品に出てくる女性たちは、時にToxicだったり、ステレオタイプな女性役割に留められていたり、背景としてあまり自我がなさそうに描かれますが本作は違いました。
天の祖母はほんの少ししか出てきませんが、その中でも彼女がおしゃれであり、孫である天がソワソワと服を気にしていても見守るだけで「デート?」のようなからかいやお節介はしないことがわかります。龍司の母も同じく息子をからかったりはしません。加えて単なるステレオタイプな母としてではなく、夫を亡くした妻でもあること、息子である龍司にも「ずっとお父さんが好きなのよ」と話せる人であるという描かれ方をしています。
クラスメイトの女の子たちは、天に「好きな女の子のタイプは?」と賑やかに聞きますが、ゲイであることを知らせていない天にとってはどう答えるにも嘘をつくしかなくなります。それは天が繰り返してきた傷つきでもあるわけで。彼女たちの無意識の思い込みにより天を傷つけたのだ、ということを描くこともできますが、ドラマでは必要以上に傷つきを強調しませんでした。この後彼女たちは花火大会に来ている龍司と天に一緒に見ようと声をかけますが断られます。断らられればあっさりと引き、天や龍司を困らせることはしません。短く僅かな役割である女性たちの、こういった何気ない描写にも、女性への描き方の意識がとてもあるのではないか、と思いとても感動しました。

TVドラマ「君となら恋をしてみても」公式X / @narakoi_dorama  より
クラスメイトの伊藤瑞季役の内田奈那さん、福田彩役の宮下結衣さん


まとめ

ドラマが終わってから書こう書こうと思ってきたのになかなか進まず、気がつけば秋から冬になっていました…夏の江ノ島に心を置いたまま…。
偶然同時時期に放送配信されていた、タイトルが似た作品とまとめられがちで、放送前は「またキラキラ青春ピュアBLか…」という声も結構見かけたのですが、蓋を開けてみれば(当然ですが)全く違う作品になっており、少なくとも私のX(旧Twitter)の観測範囲では盛り上がっていたと思います。どうかどうか盛り上がってくれ、とずっと願っていますし、今も願っていますし、2期かせめて映画が欲しい。そのくらい思い入れのある実写BLドラマとなりました。

私は普段様々な国の実写BLドラマを楽しんでるのですが、ひとつづつの作品はもちろん違うけども、ドラマの傾向として似通う、というのはどこの国の実写BLドラマでもあることだと思います。最初に書いたように、「いい/わるい」という話ではなく、国によって社会背景も違うしドラマの作り方や長さも違うので。日本の場合は予算や時間や人員や環境など制作側の理由も大きいというのは想像に難くありません。環境のようななかなか変え難い部分があるにしても作品数の積み重ねとは別に、表現されるものの幅広さは必要だと思いますし、日本の実写BLドラマもそれができる、と示してくれたのが私にとっては「君となら恋をしてみても」でした。

原作者の窪田マル先生のX(旧Twitter)でのスペースを聞いていると、とにかく対話であり開示であり、他者を軽んじることを良しとしないというぶれない芯があることがよくわかりました。その原作の芯をぶらさず、オリジナルの視点を加えながら脚本にしてくれた森野マッシュさん、江ノ島の美しさと彼らの息遣いを美しく優しく何よりも自然に描いてくれた松本花奈監督、そして海堂天役・大倉空人さん、山菅龍司役・日向亘さんという映像化のチームの力が本作をここまで素敵なものにしてくれたのだな…奇跡…感謝…。という気持ちです。

繰り返しますが2期かせめて映画が欲しい。そしていろんな人に見てほしい作品です。


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