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いい人だけの国 ジソブソ村と暗黒の森

ここはいい人だけが住む国。悪い人たちがひとり残らずいなくなったすばらしい国で、その名をギーセといいます。本当にそんな国があるのかとふしぎに思う人達もいるでしょうが、本当にあるのです。

ギーセがいい人だけが住む国になれた理由をお話しますと、法律のみに頼ることをよしとせず、国民ひとりひとりがうつくしいこころをもち、悪人たちに物おじせず立ち向かい、彼らのつながりを断ち切ったからなのです。ひとことで言うならば正義のこころ。法律はもちろんですが、彼ら彼女らが共に抱いたのはつよい正義の志で、一緒に悪い人たちを打ち倒して回ったのです。悪い人たちのいどころを突き止めてはみんなで立ち向かうことで、ギーセはいい人だけの国になったのです。

この国を支える大きな柱は、法律はもちろんですが、正義です。しかし、どんな考え方でも正義にできるわけではありません。正義を決める人たちがいるのです。法律がそうであるように、学と教養、そして歴史に学ぶ心を持った人こそが悪い人たちを撃滅するための人類普遍の正義を打ち出すことができるのです。

たとえば、もしも悪い人たちが自由勝手に正義を決めたとしたらどうでしょうか。もちろん、ギーセの人たちが悪しきこころから出てきた正義に賛成することは全くありえませんが、それでも迷惑ですし、いくら悪に立ち向かうこころを持っているとはいえ、女性や子供のような立ち向かう義務のない人たちもいます。したがって、正義を決めてみんなを導く人たちが必要なのです。

この国ができる前、まだ悪い人たちが悪いこころで悪いことを繰り返していたとき、正義を決め、いい人だけを集め、悪い人たちをこらしめ、そしてこの国をいい人だけと呼ばれるまでに導いた賢人たちがいました。賢人たちは富や名誉を必要としない誰よりも美しいこころを持ち、和や絆を大事にしてみんなで寄り添いながら、平和に村で暮らしていました。今も、その村で暮らしています。その村はジソブソ村と呼ばれています。

ジソブソ村の賢人たちはつよくただしく、歴史に学び、そして賢く、ロジックでつながっていました。その清らかなこころはギーセだけではなく、世界に広がり、日々世界をより良くするために議事堂で公開討論をしたり、外国の最新の正義を取り入れたり、問題のある表現を見つけては正義に基づいてただしく直しているのです。

驚くべきことは、このような正義の行いは賢人たちの本来の仕事ではないということです。彼ら彼女らの本来の仕事は各々の関心の向くままに好きなものを眺めては感じたありのままを格調高く文章にしたためることなのですが、賢人が賢人たるゆえん、悪を見つけて放っておけないただしいこころが彼ら彼女らを突き動かすのです。

しかし、いい人だけが住む国では悪い人たちは一体どこに行ってしまったのでしょうか。実は、主な町々から追い出されただけで、まだこの国にいるにはいるのです。

ある悪い人たちは河原へ、また別の悪い人たちはキャンプ場へ、肩身の狭い思いをしながら身を寄せ合いました。しかしいちばん悪い人たちはどこへも行きませんでした。なぜなら、彼らが元々住んでいた場所は法も正義も届かない闇の奥深くであり、彼らは昔からそこに住み着いて世界から希望の光を奪おうと活動していたからです。

そこは暗黒の森。国の東、ジソブソ村よりもずっと右側に位置していて、森の奥底には日の光さえ届かないと噂されています。そこに住みつく邪悪な者たちがこの国を悪に染めようとする元凶で、世界中に志を同じくする悪い人たちがいます。ジソブソ村の賢人たちはもちろん、ギーセの国民であるいい人たちも彼らが暗黒の森から漏れ出る暗黒の精気を大変恥ずかしく思っています。

暗黒の森の住人は大変な悪人であり、ジソブソ村の賢人たちへはもちろん罪もないギーセの国民たちまでにもこころ無い仕打ちを好み、彼ら彼女らを絶望させることに何の躊躇いも覚えないと、賢人たちは確信しています。

暗黒の森に住む彼らの行う悪いことのひとつに、暗黒の森の木を使ったまじないがあります。木の枝を折って呪文をつぶやき、念波を送ることで霊的攻撃を加えることができるのです。賢人や罪もないギーセの国民たちに加えられた霊的攻撃が原因で、あるものはこころに傷を負い、あるものは具体を悪くしてしまうことがよくありました。霊的攻撃による傷つき、つまり霊障です。霊障は賢人たちにもおよび、ある賢人のひとりは格調高い文章の執筆活動ができなくなるほどに具合を悪くしてしまいました。暗黒の森の住人が好んで桂の木を使って霊的攻撃を行うことから、賢人は自然と霊障桂(れいしょうけい)と呼ぶようになりました。

ここまでくれば改めて説明する必要もありませんが、かれらは弱く汚らしく、歴史を捻じ曲げて流布し、もちろん学位も教養もなく、皆から軽蔑され、文脈を無視した不誠実な言動を仲間内で面白おかしく表現することでつながっていました。悪く生まれたためにただしさを理解できず、悪いことばかりするようになってしまったのです。

ここはいい人だけの国ギーセ。彼らのような悪い人が好きにできることは間違っています。世界から光を奪い、そのうえで冷たくせせら笑うために公開つぶやきや差別扇動をするような人たちをゆるすわけにはいきません。

そこで賢人たちは集まってなんとかしようとしました。まずはよく声の響く会議場に集まり、口々に暗黒の森の悪いことを報告し合い、やはりゆるしてはいけないと結論に至りました。

「暗黒の森の連中は学もない愚かな差別主義者です。彼らのような歴史の正しくない側に立つ人間に自由に発言させないことが、世界の平和につながることでしょう」

「連帯します。先生の言うことはもっともです。私は大学で世界史を研究していますが、歴史を紐解いてみると、あのような悪党どもに自由にさせることが民族対立や差別、そして戦争に繋がることは自明なんですね。まあ、自己責任ですよ」

「連帯します。それにしても彼らはなぜあんな悪党に生まれたのでしょうか。きっと差別を内面化するような旧弊な田舎で育ったに違いありませんが」

「連帯します。暗黒の森に住んでいるのは主に中年男性で、彼らが悪党に育った背景には同情の余地はないでしょう」

「連帯します!暗黒の森の人でなしどもに正義の鉄槌を!うおおおおおおおおおおおおお!暗黒の森に絶望!私達は黙らない!」

こうしてジソブソ村の賢人たちは実のある議論を終え、暗黒の森の闇の波動から世界を守るために次のような正義条項を立て札に貼ったのです。

  • 根拠なく人を悪くののしってはならない。また、これを破った者や破ろうとした者と一緒に何らかの活動をすることは、無自覚的差別扇動と認定する

  • 人の変えられない属性で差別や侮辱的発言をしてはならない。ただし、変えられない属性が少数派である場合、多数派に反論するのは歴史的背景を鑑み、道徳的優位性を持つと認定する

  • 歴史的背景を無視した言動は歴史修正主義的侮辱と認定する

このようにして、ジソブソ村の賢人たちは日々守るべき正義を足したり増やしたりすることで、法律で規定されない悪い考えをこの世からなくし、世界を平和に導こうとしているのです。一刻も早く、いい人だけの国がいい人だけの世界になることができるように、彼ら彼女らはこれからも頑張り続けるでしょう。

おしまい

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